第4-10話
「まなさんと付き合ったのか」
まなとロビーで話していると、ギルデルドに尋ねられる。
――あれ、付き合ってるんだっけ? ま、どっちでもいいか。
「うん、そうだけど、なんで?」
「いいや、別に」
別にと言っておきながら、ギルデルドはこう続けた。
「そうやってずっと、二人で傷を舐めあっていればいい」
その通りだ。本当に。
***
付き合ってみると、まなはなかなかに、僕好みだった。というよりも、僕に合わせて変化するのが、限りなく、速い。
一日目。まなが、手を繋いで登校しようとして、引っ込めた。
「手、繋がないの?」
「いい。あかりが、みんなに見られるの、好きじゃないみたいだから。それに、二人の秘密って感じで、いいでしょ?」
ハイガルとは、あんなにいちゃついていたのに、学校では何事もなかったかのように振る舞っていた。
二日目、並んで歩くときの位置が、道路の外側から、内側に変わった。
「外側じゃなくていいの?」
「うん。あかりが私を守ってくれるから」
もともとは、そうして、まゆみを守っていたのだろう。
さらに、その次の日。宿舎で、宿題を写させてくれるようになった。
「本当は、自分でやらなきゃダメだよ?」
「うん、ありがとう」
特に何も考えず、僕はそれを写した。
その次。
「今日から交代でお弁当、作り合いっこしよっ」
「え、でも、僕のも作るの、大変じゃない?」
「あかねは、私にお弁当を作ってあげたいんでしょ? 私もね、あかねに作ってあげたいんだ」
彼女は、僕が人前であかねと呼ばれたくないのだと分かっている。だから、二人のときだけ、あかねと呼ぶ。
そうして、一ヶ月と経たないうちに、彼女は僕がしてほしいと思うことを、してほしいと思うタイミングでやるようになった。
なんとなく疲れたな……なんて思っていると、
「あかね、マッサージしてあげる。そこに寝て?」
「おー、ありがとう、まなちゃん」
まなは僕の背中に乗り、懸命に足を動かす。とはいえ、まなは信じられないくらい軽いので、あまり効かない。
「ん、もう少し、強い方がいい?」
「何考えてるか、よく分かるねえ。そんなに僕のこと見てるんだ?」
「ふえっ!? み、見てないわよっ!」
と、たまに口調が戻る。照れ隠しに、思いっきり踏みつけられた。
「あでっ! そんなに強く踏まないで!? うどんじゃないから!」
とまあ、お決まりの展開を繰り広げる。
まあ、これはこれで……などと、不覚にも思ってしまっているが、本来の目的は別にある。
――そう、朱里を生き返らせることだ。
とはいえ、付き合い始めたばかりの今、そんな話を切り出したら、まなはどう思うだろうか。
もしかしたら、僕が彼女と一緒にいる本当の理由はそれだと気がつき、絶対に叶えない、と言い出すかもしれない。
念には念を入れる。
さてさて。ここでもう一つ、問題となってくるのが、アイの存在だ。
「ねえ、私たちのこと、マナに言わないの?」
「別に、言わなくてもいいんじゃない? どうせ、もう付き合ってないんだし」
「でも、マナのこと、好きなんでしょ?」
こういう、何の悪気もない、素朴なのが、実は一番、くる。いくら僕が異常でも、しっかり傷つく心は持っている。
「……私、何か、傷つけるようなこと、言っちゃった?」
察しが良すぎるというのも、困りものだ。だが、まなに非はない。
「いいよ。じゃ、今から言いに行こっか」
「……ありがと。私のわがままにつきあってくれて」
たまに、ドキッとする。だから僕は、笑顔というやつが苦手だ。
そうしている間に、まなが僕の手を取り、指を絡ませる。
「にへへっ」
「変な笑い方」
思わず、口から本音が漏れてしまって、慌てて訂正しようとするも、
「にひーっ」
と、まなはさらに、笑みを大きくしたのだった。
***
「やはり、お付き合いなさっていたんですね。おめでとうございます」
まなが感情豊かになった分だけ、アイは無表情になった。瞳の奥の感情を読み取ろうとしても、僕には少しも分からない。
「うんっ、ありがと」
だが、その刹那、アイの顔に驚きが生じたのを、僕は見逃さなかった。彼女は迷う素振りを見せつつも、口を開く。
「まなさん、少しの間だけ、あかりさんを貸していただけますか?」
その言葉に従い、まなの手を離そうとすると、逆にしっかりと掴まれた。それから、まなは僕の服にしがみついて、
「嫌」
と、首を振り、小刻みに震え始める。そんなまなにも驚きを示すアイは、声色と表情を柔らかくして、
「本当に、少しでいいので――」
「嫌だッ!」
まなの拒絶を受け、彼女は表情に痛みを走らせる。
「ずっと一緒にいるって、約束したもん。嫌だ嫌だ嫌だあぁぁ……! うわぁああん……!」
そう、あれ以来一度も、僕たちは離れていない。お風呂は、洗ってほしいとせがまれる。トイレにもついてきて、学校にいる間は、人目を避けるか、我慢するしかない。起きてから寝るときまで、まさに、ずっと一緒だ。――まるで、妹みたいに。
つい、離れようとしてしまったが、それが気に入らなかったらしい。
「大丈夫だよ、まなちゃん。一緒にいるから」
そうして、まなの背を擦る僕を見て、アイの顔は、信じられないものを見た、とでもというように、大きく歪む。
「なぜ、そんな顔を」
アイには、尋ねる言葉を言いきることさえ、できなかった。
それでやっと、僕は自分がどんな顔をしているのか、気がつく。
「可哀想にねえ」
そう呟く僕はきっと、最高の笑みを浮かべているのだ。
~あとがき~
次回、番外編です。長いです。
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