第4-8話
久しぶりに学校に来たアイは、まるで、機械みたいだった。
いつもなら、誰に対しても笑みを向け、話しかけられれば丁寧に対応するのだが、まるで、誰もいないかのように振る舞っていた。
席に着くなり、アイは本を読み始めた。前の席のまなが、躊躇いを振り切り、振り返って話しかける。
「マナ、この間のことなんだけど……やっぱり、なんでもない」
まなすら諦めて、前を向いた。さすがに、あれだけ大好きなまなを無視することはないだろうと思っていたのだが。ノートは無事、渡せたようだったし。
――結局、放課後までアイは誰とも話さず、終わるなり、早々と一人で帰った。
僕はいつも通り、まなと二人で帰宅した。
「アイちゃんと何かあったの?」
それぞれの部屋に分かれる直前、まなの部屋の前で尋ねる。何かあったとしたら、例のノートを渡しに行ったときになるが、
「それは……」
まなが、言ってもいいものか悩むようにして、口をもごもごさせていると、
――バンッ!!
と、一番奥の部屋から、アイが扉を開け放ち、つかつかと歩いて来る。
その音にまなは体を硬直させ、近づくアイを視線で追う。
じりじりと、後ずさるまなを扉まで追い詰めて、アイは、おもむろに、顔の横辺りに手をついた。俗に言う、壁ドンというやつだ。僕にとっては羨ましい限りだが、まなは怯えきっている。
「分かってますよね」
「で、でも……」
アイが扉を蹴る。その大きな音に、まなはさらに、体を縮こまらせる。
「返事は、分かりました、でしょう」
「何もここまで――」
まなが何事か言い終える前に、アイはまなの白髪を、鷲掴みにして、扉に押しつける。
「うっ……」
――さすがにやりすぎだ。
そう判断した僕は、すぐさま、アイの手を掴み、その細い手を、少し強く握る。
「離しなよ」
少しドスを利かせるが、アイに離す気配は見られない。まなは苦痛に顔を歪ませて、頭上に手を伸ばし、僕の手を掴む。
「絶対に言うなよ。返事は?」
桃髪の少女から発せられる、黒い感情の込められた声には、聞く者の心を閉じ込める力があった。
「返事は!!」
「……ごめんなさい」
まなが謝罪すると、アイは雑に手を離す。
「そういうところが嫌いなんですよ」
僕の手を引き剥がし、アイは部屋へと戻っていく。その背中を、まなは黙って見守る。
「それで、何があったのさ?」
「別に何もないわ」
今度は即答で、平然を装っていた。正確には、殻を被っていた。
とはいえ、アイがああまで怒っているところを、僕は見たことがない。――いや、僕、殺されかけたんだっけ。
「僕が守るから、大丈夫だよ」
まなの髪を整えてやりながら、どさくさ紛れに頭を撫でるが、なかなか、口を割ろうとはしない。
――さあ、アウトプットの時間だ。学んできたことを最大限生かそう。
簡単な話だ。ハイガルの真似をすればいい。あの青髪になら、きっと、打ち明けていただろうから。
――あのマナ様が怒るなんて、相当だな。
頭に浮かぶハイガルの声を、僕の言葉に変換する。
「あのマナが怒るなんて、よっぽどだよねえ」
――怒らせる方法がまったく思いつかない。モンブランの栗でも盗って食べたのか?
「どうやったらあんなに怒らせられるのさ。ケーキのイチゴでもつまみ食いした?」
「あんただって、怒らせてたじゃない」
よし、返事が返ってきた。
――むしろ尊敬する。さすがだな。
「いやあ、一周回って尊敬するよ」
「人の話を聞きなさいよ……まったく、誰かさんみたいね」
少しだけ、まなの表情が柔らかくなった。
「聞くだけしかできないけどさ、話してみてよ?」
「ありがと。もう、大丈夫」
意思は固いらしい。であったとしても、他に聞きたいことがある。
僕はさりげなく、彼女の背後の扉を開け、まなの部屋へと入り込む。まなは戸惑いつつも、靴を揃えて部屋に上がる。
後ろ手に鍵を閉め、防音魔法を施す。
それから僕は、ベッド脇に座り、膝をぽんぽんと叩く。
「膝に座るの?」
「うん、おいで」
高くて座れないと言いたげなまなを、後ろから抱き上げて、座らせる。片手で体を支え、もう片手で彼女のサイドテールに繰り返し指を通す。
緊張気味のまなが落ち着くまで待ってから、切り出す。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
「うん?」
「このサイドテールって、多分、まなちゃんの髪じゃないよね」
「どうだろう――」
「え?」
僕の指から髪を奪い、まなはサイドの毛先を観察する。
「私も違うと思うんだけど、考えようとすると、頭がぽわーってなるの」
「もしかしてだけど、それって、まゆみちゃんの髪じゃない?」
「お姉ちゃんの? それはないよ」
「なんで?」
「だって、お姉ちゃんはここにいるもん」
ここと言って、まなは前方を指差す。
「そこで寝てるのがお姉ちゃん」
誰もいない空間を、彼女は指差した。
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