第4-7話

 まゆみ――久留夜檀(くるやまゆみ)。れっきとした日本人で、物心つく頃に、こちらに飛ばされてきたらしい。


「物心つく頃って言うと?」

「まゆは十八歳だから、十五、六年前だねん。まー、生きてればの話だけども」


 ……そういうことか。


「まなちゃんの記憶から――いや、世界から、まゆみちゃんを消そうとしてるのは、れなさんですね?」


 れなは、肯定も否定もせず、ため息をついた。


「あかりんとかは特別として、普通、この世界に来たら、願いの魔法が使えるよーになるじゃん? でも、別の世界から来ると、八歳になっても魔法に還元されるシステムが発動しない。――それでまゆ、何を願ったと思う?」

「元の世界に帰りたい、とか?」


「死にたいって願ったんだよ。あのとき、まゆはまだ、十歳だった」


 れなの鋭い瞳を受けて、僕はわずかに目をそらす。


「死にたいって願ったところで、結局、魂を刈るのは、死神のあたしでしょ? だから、放っておいたの」

「…………え? うえええ!? 願いを放っておいた!? しかも、魔法以外の願いを!?」

「うるさーねー。別にいーじゃん。だって、れな、神だよ、神。死神だよ」


 うーわ、開き直った。


「死神なんだから、それくらいしっかりしてくださいよ……。てか、神の仕事に、私情挟まないでくれます? いくら、まなちゃんが可哀想だからって、ひいきはダメですよ」

「れなは、まなちゃが大切なの! そんなこと言ってると、ジェノサイドするよ!」

「響きがカッコいい! けど、意味が分からないです」

「がっくし。大量殺戮のことね」


 なるほど、忘れよう。本気でやりそうなのが、れなの怖いところだ。


「それで、どうしたんですか?」

「魂刈らないと、今度はこっちが消えちゃうからねぃ。ちゃんと刈ったよ」

「それは当たり前ですけど。僕が聞いてるのは、記憶の話です」

「……はあぁ。あかりんって、実は真面目だよね」

「うーわ。真面目とか、一番言われたくないやつ」


 れなは、べーっと、赤い舌を出す。それから、小さくため息をついて、


「小さくてかわいいあの子に、つらい思いなんて、させたくなかったの。小さい頃に大切な人がいなくなったら、どれだけ苦労するか。あかりんには、分かるでしょ?」

「じゃあ、なんでまだ、記憶を消したままなんですか? むしろ、逆効果になってますよね?」

「まなちゃって、魔法が効かないっしょ? あたしの魔力じゃ、まなちゃの記憶の一部しか消せなかったから、天界から魔法をかけたのよん。したらば、まなちゃの魔法抵抗値が無視できるっしょ?」

「なるほど。それで、そんなことをしていたら、天界と天上を繋ぐ門が一方通行になったから、天界に行けなくなって、魔法を解く術がなくなったと」

「せーかい!」


 馬鹿じゃん。いや、半分、僕のせいだけどさ。


「まなちゃん、すっごく苦しんでますよ。死神なんて役、放棄したらどうですか? 一方通行でも、天界に行くことはできるんですから」

「そんなの、言われなくても、あたしが一番よく知ってるね。そういうわけにいかないってことも。――でも、あかりんは、門を開けてくれないんでしょ」


 僕が門を開けば、れなの手により、まなが、まゆみを忘れることはなくなる。僕ならそれができる。


 だが、それは、できない。


「そりゃ、開けるわけないですよ。まゆみちゃんを忘れててくれた方が、僕にとっては都合がいいので」

「……あたしが死神じゃなかったら、あんたなんか、すぐに殺してやるのに」


 まなと同じ赤い瞳が、鋭い光を湛えて、僕を睨みつける。


 ああ、なんと美しい殺意か。


「何へらへら笑ってんのよ、気持ち悪い」

「自分に向けられる殺意って、興奮しません?」

「この異常者が」

「ありがとうございますっ!」


 こんな性癖を打ち明けられるのは、れなくらいのものだ。


「あ、あと、もう一つ聞きたいんですけど」

「なんだね?」

「まなちゃんを撃ったのって、れなさんですよね?」


 れなは、黙ってカップを傾ける。


「なんでそう思ったの?」

「見てた子がいたんですよ」

「そ。でも、仕方ないじゃん。それが、死神の仕事なんだから」


 それを聞き流しつつ、僕は時空の歪みから、汚れたままの矢を取り出す。


「これ、返しておきます」

「……またやれってこと?」

「いや、拾ったので、持ち主に返そうと思って。――今度は、外さないようにしてくださいね」


 れなは、手が汚れるのも構わず矢を握り、拳を震わせる。


「絶対に、許さない。永遠に後悔させてやる」

「はははぁ……! そんなに僕を想ってくれるなんて、嬉しい限りですねえ。でもお、僕の心は、アイちゃん一人のものなんでえ」

「気持ち悪い」


 グサッときた。


***


 アイが学校に復帰した。相変わらず、すれ違う全員が揃って振り向くが、それは以前までの彼女の美貌や知名度による、いわゆる、憧憬の眼差しとは異なっていた。


 相変わらず、アイは僕の隣の席だ。以前は、隣から僕の横顔をちらちらと覗くアイが、たまらなく可愛かったのだが、


「アイちゃん、おはよー」


 今は、挨拶をしても、無反応。そっぽを向かれるわけでも、罵倒を浴びせられるわけでもない。まさに、無。まるで、いないもののように扱われている。


 とはいえ、それは僕に対してだけでなく、クラス全員に対してだった。

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