第4-6話

 部屋に戻ったまなを、追いかけることはしなかった。


「お別れくらい、言わせてあげればいいのに」


 僕がそう呟くと、ルジはぎろっと僕を睨みつける。


「わそは、貴様がまな様を殺したと疑っている」

「……は。いやいやいや、僕じゃないって! なんで僕がまなちゃんを殺すのさ。殺したら、願いが叶わなくなるじゃん?」


 確かに、脳幹、グサったけど。あ、グサってやったってことね。


「あの場で、まな様を撃つことができたのは、貴様だけだ。おおかた、時でも止めたのだろう。とはいえ、凶器は回収済み、証拠も残すような真似はしていないようだが」

「だから、違うって!」

「信じてほしければ、犯人を見つけてこい。このままだと、ついうっかり、手にかけてしまいそうだ」


 まなちゃんと上手くいきそうになったら、今度は命の危機に晒されました。このブラック世界め。休みを寄越せ。


***


 次の日。意外や意外、まなは学校に来た。時折、隣の席を寂しげに見つめつつ、休んだ分を取り戻すべく、先生に質問したりしていた。


 ふと、まなの机を見ると、同じ内容のノートが二冊、並べられていた。不思議に思って、尋ねてみる。


「まなちゃん、同じノート、二冊作ってるんだ?」

「ええ」

「なんで?」

「なんでって、マナの分に決まってるでしょ。まあ、マナのことだから、こんなノート、いらないかもしれないけれど」

「アイちゃんのために?」


 確かにアイは、高校で習うことくらいなら、すべて習得済みだ。数ヶ月休んでいたからといって、遅れを取るようなこともないだろう。


 だが、彼女のためにしてくれたという事実が、僕にはすごく、嬉しかった。


「今日の放課後、届けに行こうと思ってるの。最近、あまり行けてなかったし」

「新幹線で? めちゃくちゃ時間かかるけど」

「いいえ。ルーク――ハイガルの鳥に乗っていくつもり」

「……一人で大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ」


 放課後、まなは王都へと飛び立った。


***


 まなが王都に向かった後、実は、僕も王都に瞬間移動していた。とはいえ、城がある区域には入れてもらえないので、目的はアイ以外にある。


「あんれぇ? あかりん、どしたのん?」


 相変わらず、頭空っぽそうな話し方をするのは、フードを深く被った女性、れなだ。まなの姉であり、賢者なんて大層な名前までついている。


 前回訪れたときに、魔力を覚えておき、今度は探知で探し出した。――この前会ったときより、腹が膨らんでいる。前回は確信がなかったが、間違いなく、妊娠している。


「ちょっと、教えてもらいたいことがありまして」

「ってゆーけど、わざわざあたしに聞きにくる必要、ある?」

「まなちゃんに関すること、なんですけど」


 まなの名前を聞いた途端、れなの目の色が変わる。


「まゆみちゃんって子のこと、教えてもらえませんか?」


 彼女は、くるくると回していたカップを置き、こちらに向き直る。


「目、見て」


 れなはフードを外し、赤い瞳でこちらを覗きこんでくる。僕がどこまで気づいているのか、探っているのだ。


 そして、数秒と経たないうちに、背もたれに深くもたれかかり、


「知らない」


 と短く答え、再びカップを手にした。すんなり聞き出すには、情報が足りなかったらしい。


「その反応は、何か知ってるってことですよね?」

「どーしても教えてほしいなら、何かちょーだい」

「やっぱり知ってるんじゃないですか」


 金銭に換算すると、賢者であるれなの情報は、嘘のように高値がつく。そのため、モノ――たとえば、命の石などと交換するのが定石だ。だが生憎、差し出せるようなものは何一つ、持っていない。


 となれば、交換に使えるものはただ一つ。――情報だ。


「何が知りたいんですか。こっちの言語じゃ上手く説明できないと思いますけど」

「さらっとこの国の民じゃないって強調してきたねん。今、一番知りたいのは、『属性』かな」

「――それ、誰から聞いたんですか」

「上で聞いた。いーでしょ、あたし、『死神』なんだし」

「……あいつかあ」


 今すぐにでもシめてやりたいところだが、色々と都合が悪く、今すぐとはいかないのが現状だ。だがまあ、知られてしまったものは仕方がない。


「誰のが知りたいんですか?」

「あかりんの、って言ったら?」

「勘違いしてるみたいですけど、僕の属性に面白いことなんて、何一つ、書いてありませんからね」

「そーなの?」

「異世界から勇者を呼び出すときに巻き込まれた、って書いてあるだけです」

「ふーん。なるほどなるほど」


 れなは、一から十どころか、百を知ることができる。迂闊に教えすぎない方がいい。


「じゃあ、そろそろ、まゆみちゃんについて、教えてもらえますね?」

「んもう、せっかちだねぃ」


 悪態をつきながらも、れなは、まゆみという少女について、語り始めた。

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