第4-4話

「意識が戻った!? ほんとに!?」

「……ああ」

「良かったあ――今、どこにいる?」

「会わせることはできない」

「えっ。なんでさ!?」

「他でもない、マナ様の意思だ。帰ってくれ」


 いつものように、アイに会いに行くと、そこにギルデがいて、門前払いされた。あれ以来、わだかまりがあるのは事実だが、それによって、僕が態度を変えることはない。


「無理やり、城に入るって言ったら?」

「間違いなく、牢屋行きだ。それよりも、マナ様は、もう少し体力が快復したら、学園に戻ると仰っていたから、それを待った方がいい」

「いやあ、男って、馬鹿な生き物じゃん? そこに好きな子がいるのに、待ってられるわけないよね」

「……そう言うと思ったさ」


 すると、すんなり門が開かれて、僕は肩透かしを食らう。


 その奥にある、城内に続く扉が開かれて、中から、待望の桃髪の少女が現れる。


 しかし、少女は車椅子に乗っていた。昔、足が不自由だった僕には馴染み深いものだが、アイが乗っているとなると、不自然に感じる。


 駆け寄ろうとすると、左右に立つ二人の門番とギルデに止められた。


 仕方なく、ゆっくりと押される車椅子が、だんだん近づいてくるのを待つ。


「アイちゃ――」

「来ないで」


 その声には、強い拒絶の色が、ありありと現れていて、仕方なく、僕は足を引っ込める。


「元気そうで、よかった」


 本当に。心の底から、安心した。そんな感情から、溢れそうになる涙を堪える。


 すると、アイは淡々とした表情を、激しい怒りに変えて、椅子から飛び降りた。足が動かないのは本当のようで、アイはその場に投げ出されたように倒れる。


「マナ様!」


 その場の全員が駆け寄ろうとすると、アイが、殺気を放つ。それだけで、誰もが、ネコに睨まれたスズメのように、動けなくなる。


 ただ一人、ギルデルドを除いて。


「マナ様、あまりご無理は……」

「ギルデルド。肩を貸しなさい」


 アイは無理やり立ち上がり、僕の眼前に顔を近づけて、言い放つ。


「よかったって、何?」


 何か、言ってはならないことを言ってしまったらしい。だが、それは本心だ。


「ほんとに、すっごく心配だったからさ。アイちゃんがもう、起きないんじゃないかって」

「心配……?」

「うん。だから――」

「ふざけないでッ!」


 あまりの剣幕に、僕は思わず、一歩後ずさる。


「私は、死にたかったの! あなたのいる、こんな世界で生きるくらいなら、いっそ、殺してほしかった! 永遠に目覚めたくなかった! あなたの顔なんて、二度と見たくなかった!!」


 アイに遮られて、自分がなんと言おうとしたのかすら、忘れてしまった。


「なんで会いに来たの。二度と私に関わらないでって言ったよね。あなたの顔なんて、もう見たくないって。消えてって。私の目の前からいなくなってって。死んじゃえって、そう、言ったのに。どうして、まだ、生きてるの?」

「君が好きだから」

「本当に好きなら、私の願いを叶えて!」


 それが彼女の本心なら、僕は喜んで死んでいただろう。


「死んだら、君を守れないじゃん」

「あなたが私を遠ざけ――っ!」


 急に、彼女が胸を押さえて、その場に座り込む。


「マナ、どうしたの!?」

「マナ様、これ以上は」


 ギルデルドの制止も聞かずに、彼女は僕を睨みつける。


「私は、あなたに都合のいい、ゲームのキャラじゃないの。決められた通りの台詞を言えば、いつでも上手くいくなんて思わないで!」


 返す言葉が見つからなかった。


 ――まったく、その通りだと思ったから。


 果たして、なんと言うのが正解なのか。答えを模索してみるが、何しろ、こんなことを言われたのは生まれて始めてで、答えが見つからない。


「何も、言い返してくれないんだ」


 そうか、すぐに言い返すのが正解なのか。


 次があったら、そうさせてもらおう。


「そんなこと思ってないさ」

「もう、遅いよ」


 それだけ言い残すと、アイはギルデルドの力を借りて、車椅子に戻り、僕に背を向けた。


***


 夏休みが始まった。


 ハイガルを病院から引き取ってきて、宿舎で世話をすることになった。ルジの許可を得て、まなの部屋で面倒を見ている。


 世話と言っても、食事は不要。霧吹きで水をかけてやったり、爪や嘴を切ったりするくらいだ。完全にフクロウの飼育である。


「ハイガル、今日はすごくいい天気よ」


「ハイガルの羽根って、綺麗よね」


「半分目を閉じてるってことは、半分寝てるのよね。……野生でもないのに、一日中起きてる必要ある?」


「あたしのこと、散々小さいって馬鹿にしたくせに、あんたの方が小さいじゃない。――でも、その方が、どこまでも抱えていけるわね」


「今日ね、ロアーナがクッキーを焼いてくれたの! にひひ……。今度、何かお返ししようと思うんだけど、何がいいかしら?」


「こうして動けないと、触りたい放題ね。くすぐったくても動けない、生き地獄を味わわせてあげるわ。前に首をくすぐってきたお返しよ。わっしゃわしゃわしゃ……ふわふわー。気持ちいいー」


 そんな日々が続き、気づけば、もう、夏休みが終わろうとしていた。

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