第4-3話

「生きてさえいれば、か。生きてたって、何もいいことなんてないのにさ」


 とはいえ、まなの側にいろと言われたので、僕は再び眠ってしまった彼女を見つめていた。不法侵入だが、父親公認なので、問題なし。


 そのとき、小さく扉がノックされた。僕はまなの袖を戻してやってから、静かに様子を見に行く。


「あれ、ユタくん、どうしたの?」

「お姉ちゃん、元気なさそうだったから、どうしたのかなと思って……」

「君も、優しいねえ」

「は!? 優しくなんて、ねーし!」

「まなちゃん寝てるから。しーっ」


 僕はユタを部屋に招き入れる。


「あかりって、お姉ちゃんと付き合ってんの?」

「んー、まだ、だね」

「そのうち付き合う?」

「まだ分かんないかな。ユタくんは、どうしてほしい? あ、実はユタくん、まなちゃんと結婚したいとかあー??」

「は? 姉弟で結婚なんて、できるわけねーだろ。どっちにしろ、お姉ちゃんなんて、死んでも願い下げだね。いちいちうるさいし、チビだし、怒ると怖いし」

「あ、そう……」


 わりと、現実主義だった。


「オレ的には、あかりにお姉ちゃんは任せられないけど、お姉ちゃんがそうしたいって言うなら、まあ、しょーがないかなって……」

「いい子だねえ」

「いい子じゃねーし!」

「はいはい、静かにねえ」


 まさに、まなの弟といった感じだ。さて、そんな優しい彼の気持ちを尊重してやろう。


「よし、僕は今から、まなちゃんのために、ご飯を作ろうと思います。手伝ってくれる人ー?」

「はーい!」


 そういうところは素直だ。やはり、まなに似ている。


***


 自分でも最低だとは思いつつ、僕はまなを慰めることで、心の距離を縮める作戦に出た。ハイガルというライバルもいなくなったし、これで狙いやすくなった。


 しかし、今朝のまなは、いつもなら起きている時間だというのに、頭から毛布を被っていた。


「まなちゃん――」

「行かない。ハイガルをあんな風にしておいて、一人だけ学校になんて、行けるわけない」

「でも、まゆみちゃんを、元に戻すんだよね?」


 それを聞いたまなは、ゆっくりと起き上がる。


「なんで、知ってるの」

「少し考えれば分かるよ。それに、魔法があれば、忘れないからさ」


 すると、まなは乾いた笑みを溢した。


「はは。あはははは……っ。……あーあ。あたしのしてきたことって、全部、無駄だったのね。だって、魔法さえあれば、お姉ちゃんを忘れずにいられるんだから」


 嫌な予感を連れて、まなが続けようとする。


「あたしの願いは――」


 咄嗟に、僕は彼女の口を手で覆う。


「んーっ!!」

「やめなよ! そんなことに願いを使ったら、死んでも後悔するって! もっとよく考えて使わないと!」


 瞳が鋭さを増す。そんなこと、と言ったことを責めているのだろう。


 ――だが、魔法なんて、使えるようになっても、本当に、意味がない。


 それでも、どうしても、魔法を使いたいと言うのなら。


「僕が君の魔法になるよ。君が忘れたくない人のことは、僕が覚えてる。君が守りたいと願う人は、僕が守る。君の辛い気持ちを、僕が半分持ってあげる。だから、魔法なんて、君にはなくていいんだよ」


 それで、やっと落ち着いたまなは、口から静かに僕の手をどける。


「……ユタを守りたい」

「守るよ。僕にとっても、ユタくんは、弟みたいなものだから」


「お姉ちゃんを、忘れたくない」

「僕が忘れない。だから、こんな風に、自分を傷つけてまで、覚えていようとしなくていい」


「ハイガルがあんな目に遭ったのは」

「君のせいじゃない」


「……どうして、そこまでしてくれるの?」


 そんなの、願いを利用するためだけだ。


「君のお父さんに頼まれたんだよ。側にいてあげてって」

「お父さんが……?」

「うん。実は僕も、魔王サマにはちょっとお世話になっててね」

「そう」


 まだ、足りない。だが、もう少し、あと一歩というところだろう。


 彼女の殻を多少、壊すことはできたらしい。それは、声や表情、口調の柔らかさから伝わってくる。


「それに僕、学校行けなんて、言いに来たわけじゃないよ」

「そうなの?」

「うん。なんなら僕、学校なんて行ったことなかったし」

「へえ――。実は、私もなの」


 知っている。君の過去は、すべて。


「へー、そうなんだ。お揃いだね?」

「うんっ」


 まなが初めて、僕に、嬉しそうな笑みを向けた。


 その笑顔が、ドキッとするほど、魅力的で。



 もしかしたら、僕は、君を好きになっていたかもしれない。


 ――アイより先に、君に出会っていたら。



 そんなことを考えた。


「あかり。これからも、頼っていい?」

「うん、もちろん。むしろ、頼って頼って」

「あはは、ありがとっ」


 良くも悪くも、ハイガルのおかげで、まなの他人に対する警戒心は薄れていた。


 今度こそ、僕は彼女をおとす。


***


 そのとき、王都トレリアンの一室にて。


「ん――」


 桃髪の少女が、吐息とともに、ゆっくりと薄黄色の瞳を開く。


「誰か、誰か来てくれ! マナ様がお目覚めになられたぞ!」

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