第4-2話
「また忘れると面倒だな」
記憶に刻みつける魔法を使う。そんなものがあるのなら、テストも余裕だろうと思うかもしれないが、残念ながら、簡単な言葉を二、三程度しか覚えておけない。古いものから順に消えていく仕組みだ。
「間違いない。まなちゃんの願いは、その子を元に戻すことだ」
あれだけ仲良しだったハイガルよりもずっと、彼女は、まゆみが大切なのだろう。
まなの色違いのサイドテールに、手櫛を通す。やや赤みがかったそれは、恐らく、ウイッグか何かで、まなの髪ではないのだろうとは、常々、思っていた。
「ん――」
そのとき、まながゆっくりと目を開け、
「お姉ちゃん……?」
と、僕の顔を見て、呟く。
「ごめん、お姉さんじゃなくて」
「ああ、あかり。なんでここに」
「今は、何も考えなくていいから。ゆっくり、おやすみ」
頭を撫でると、まなはその言葉に従って、目を閉じる。それから、静かに涙を流す。
「私のせいだ」
「まなちゃんのせいじゃないよ」
「私が、あたしが、ハイガルに、連れて行ってって、頼んだから」
「まなちゃんのせいじゃない」
「私が魔法を使えないから、動くことも、魔法を使うこともできなくなった」
「違う。君のせいじゃない」
「あたしが、ハイガルに、想いを伝えたりしたから」
「違うよ。伝えなかったら、きっと、もっと後悔してた」
「私のせいだよ。私の周りの人は、みんな、不幸になる。大切な人は、みんな、いなくなっちゃう。だから、私は、一人でいた方がいい。そんなこと、最初から分かってたのに」
まなは布団を引き寄せて、壁側に顔を向ける。
――はあ、めんどくさい。
「そんなに、悲劇を演じてたいんだ?」
まなが、びくっと肩を震わせる。
「たいそう、愛されてきたんだろうね、君は。皆から愛される可哀想な自分が大好きで、自分の思い通りにならない世界が受け入れられない」
「……そうだね」
「そんな君を愛するような人は、不幸になって当然だって、そうは思わない?」
僕自身は、そんなこと、少しも思ってはない。
すべては、運命のせいだ。そう、僕は考えている。
「僕は、君のことが、大嫌いだ」
まなは、怯えたように、肩をすくめる。
「だから、僕のことは、好きになってもいいんだよ」
返事はない。背中だけでは、反応もうかがえない。
「ま、考えておいてよ」
――そう言い残して、僕は魔王の元へと移動する。
「ハイガルくんのこと、もう知ってるよね、きっと」
「ああ」
「さすが魔王サマ」
おそらく、ルジから聞いたのだろう。四天王についてとやかく言われると面倒だと思い、僕は続ける。
「こうなるって、分かってたから、引き離せって言ったのにね」
「そうだな」
「タマゴ、ハイガルくんが持ってて、時空の歪みに収納したんだって。ハイガルくんが魔法使えないと、ずっと取り出せないのに」
「今さらだ」
「ごめん。僕のせいだ」
「……命の石を、マナに譲ってはもらえぬか」
魔王は不意に、そう切り出した。命の石――使えば不老不死になれると言われているそれは、僕が所持している。ユタが探していたときから、ずっと。
だが、それは、できない。
「――僕は妹を生き返らせて、不老不死にしてから、永遠の孤独に置き去りにする。そのために、命の石が必要なんだ。だから、譲れない。何度も言ってる通りだよ」
僕には、魔法で朱里を生き返らせることも、不老不死にすることもできない。だから、道具や他人に頼るしかない。
「それなら、別の方法を取ればいい」
「別の方法って?」
「妹の前で、貴様が死ねばいい。そうすれば、妹は確実に貴様を生き返らせる。そして、その代償として、不老不死になる」
「はは。それは、いいねえ」
本当にそうするのなら、命の石は、もう必要ない。
だが、どちらにせよ、まなを不老不死にすることには、躊躇いがある。
「君は、人間の奥さんを亡くしてるから、不老不死に憧れるのかもしれないけど。死なないって、最高につまんないし、何より、すっごく、寂しいよ」
「それは、マナに決めさせればいい」
「今のまなちゃんなら、即決だろうね。だから、もう少し、落ち着くのを待ってからじゃないと。絶対、後悔する」
「良かろう。しばし待つ」
思ったよりも怒らない魔王を、僕は却って不気味に思う。なんとなく、意識がここにいないような感じだ。
「それで、次はどうすればいい?」
「次とはなんだ?」
「契約の話。まなちゃんに関する命令を聞く代わりに、僕の『呪い』を解いてくれるんでしょ?」
「ああ、そうだったな。――ならば、マナの側にいてやってくれ」
もちろん、「マナ」とは彼の娘の、白髪の少女のことだ。
「君がいてあげればいいじゃん?」
「余よりも、貴様がいてやった方がいいだろう」
「……ま、いいけどさ。その代わり、僕に頼むなら、あの子が、あの子のままでいられるとは、思わない方がいいよ」
「どうなっても構わぬ。生きてさえ、いれば」
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