第3-10話

「――随分、躊躇いがないんだね」


 いまだ震える白髪の少女を抱きしめながら、愛が淡々とした様子で僕を責める。対する僕は、血や臓器のようなものがこべりついた弓矢を時空の歪みに収納し、ゆっくりと彼女たちに近づきながら話す。


「魔力使いすぎてて、時を戻せないからさ。それに、戻したって多分、結果は同じだよ。犯人、見たんでしょ?」


 白髪がわずかに揺れる。僕は犯人を見てはいないが、予想はついている。


「心臓を一突きされるって、怖いんだよ。心臓がさ、血液を全身に送るはずのポンプがさ、血を吐き出すんだよ。生きようとあがけばあがくほど、血がなくなっていく。穴が開いたポンプの音がする。ぽこっ、ぽこって。それが、命が溢れる音なんだって思うと、死にたくないって怖くなる。肺に、血液が送られてきて、息ができなくなる。だんだん、血が、冷たくなっていく。一瞬が永遠にも感じられるくらい、ゆっくり、ゆっくり、焦らされながら」


 二人の手前で立ち止まり、続ける。


「そんな想い、まなちゃんに、させたくないじゃん?」


 人は、鼻先をめがけて銃を撃つと即死させられる。そう、組織で教わった。


「それに一回、壊してみたかったんだよね。脳幹ってやつをさ」


 二人を素通りしてもとの位置に戻り、視線の向きまで合わせる。この場の誰にも、違和感を抱かせないように。


 さて、時を進めようとした、そのとき。


「待ちなさい」


 やっと、震えの収まった白髪の少女が立ち上がった。


「嫌だね」



 しかし、その言葉の続きを待たずに、僕は時を進めた。



 まなは、抗うことなどできるはずもなく、その場に倒れる。


「まなちゃん!!」


 わざと声を上げ、走る。盲目の青髪に気づかせるために。


「……まな?」


 血の匂いがするのか、異変に気づいたハイガルが、四つん這いになり、手探りで彼女を捜す。


 やがて、その白い指先が赤い血液に触れる。それを舐めると、ハイガルの表情が一変する。


「まな、まな」


 ぺたぺたと手を動かし、やがて、白髪の少女に触れる。その身体を起こしてやれば、いつもより、さらに軽くなっていることには、すぐに気がついただろう。


 だが、目の見えない彼には、何が起こっているのか、視認できないのだ。血が流れていると分かっても、どこから流れているのかも分からない。どれほどの出血なのか、助かる見込みはあるのか、それすらも分からない。ただ、むせかえるような血の匂いが、異常を知らせる。


「まな! おい、返事をしろ! まな!」


 どれほど揺すろうとも、それは死体だ。反応できるわけがない。


「まな、まな、まな……」


 死んだかどうか、目で確認できないというのは、一体、どんな気持ちなのだろう。いつも落ち着いている彼が、今だけは取り乱しており、


「うあああああッ!!!!」


 叫び、悲痛を訴えるハイガルを眺めながら、僕はすでに、僕自身の願いを叶える、別の方法を検討していた。まなはもう使えないのだから、いつまでも残念がっているわけにはいかない。


 僕が、とどめを刺したのだ。生半可な覚悟でやったわけじゃない。こうなることは、分かっていたのだから。僕は、悲劇には加われない。



 そのとき、目の前の光景に、僕だけでなく、少し離れて立つルジまでもが、釘づけになった。



 光の粒子が、魔法が効かないはずのまなの傷を、塞いでいく。ハイガルの血液が管の形をとって、まなの体内へと流し込まれる。


 数多の魔法陣が宙に構築され、まなの身体を覆う。それらが一斉に、まばゆい光を放ち、僕は思わず目を瞑る。




 光が収まるのを待って、ゆっくり目を開けると、そこには、まばたきをする、まながいた。


「何が――」


 まなは起き上がろうとして、お腹の上に真っ白なフクロウが乗っていることに気がつき、動きを止める。


 フクロウを抱き抱えたまなは、考え込むようにして――何かに気がついたように、顔を驚愕に染める。


「ハイガル!?」


 腕を伸ばして顔を正面から見れば、片目を瞑ったそのフクロウには、まばたきがあった。


「ハイガル?」


 しかし、まなが呼びかけるも、反応がない。からかっているにしても、あまりにも、無反応だ。すると、ルジがゆっくりと近づいてきて、ハイガルの額に手を当て、目を閉じて意識を集中させる。


 その手を離して、ルジは首を横に振る。


「何があったの?」


 まなに尋ねられて、彼はこう答えた。


「これは、あなたを生き返らせた罰です」

「あたしを生き返らせた、罰? ……一体、何の話?」

「――身体が動かせないのでしょう。魔法も使えなくなっているはずです」


***


 魔法の使えないまなに対して、ハイガルは、禁忌でありながら、現実には不可能とされている、「蘇生魔法」を行使した。そのために、魔力を使い果たし、身体の自由と、魔法を失った。


  また、強力な魔法には、代償が伴う。蘇生魔法の場合、その代償は「死」。




 ハイガルは、全身の自由と魔法を奪われた上に、不老不死となったのだ。まなの命と引き換えに。



~あとがき~


次回、番外編です。

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