第3-9話

「あたしが無理やり、連れて行ってほしい、って頼んだの。ハイガルは悪くないわ」

「だとしても、置いていくべきだったと、僕は思うよ」


 アイの気持ちより、自分の都合を優先したことを、きっと、僕はまだ、心のどこかで、悔いているのだろう。


 だから、この二人の綺麗な関係性に、醜く嫉妬している。気持ち悪いと、そう思いながらも。


「まな、逃げ――」


 言い終えるよりも先に、まながハイガルの手を引いて、人混みの中へと駆け出す。


「あ、ちょっ! ……嘘だろ」


 無理無理無理。人混みとか、一番嫌いなやつ。人に触るのですら無理なのに、人がたくさんいるところとか、もはや地獄。


「やられた……っ」


 やっていることが、「いいこと」とは言えない以上、ここで目立つわけにもいかない。こんなのでも、みんなは僕を、勇者だと思っているのだから。


 となれば、空を飛ぶなどの目立つ魔法を使うことはできない。


「ほんと、頭いいよねえ……」


 無理やり追うことも一瞬、頭をよぎるが、考えただけで全身に鳥肌が立つ。絶対に、無理だ。


 小さな虫サイズの監視カメラを創造し、宙に放つ。まなに触れている間、ハイガルの視界は完全に塞がれる。


 探知と変身なら、前者の方が簡単な魔法だ。それでも、変身は使えて、探知は使えない理由。探知は、魔力の細かい制御が必要となってくるからだ。


 まなの魔力封じを振り切るほど、大きな魔力を込めるとなると、微調整が難しくなり、結果、ハイガルの視界は塞がれるというわけだ。


「あー、いたいた」


 二人はすでに、人混みを反対側まで抜けていた。僕がその姿を捉えた瞬間、二人は繋いでいた手を離し――カメラが破壊された。十台は用意していたのだが、全部壊された。


 だが、ただ映像を見ていただけではない。位置は特定できた。


 人の少ないルートを通り、先回りする。ワールスから海外のカルジャスに行くには、飛行機と船が主流だ。


 転移魔法陣や鳥渡しもいるが、前者については、まなは利用できない。後者は事前の確認が必要となってくるが、おそらく、使わないだろう。


 となれば、どの道を通っているか、予想はつく。


 そのとき。カラスが鳴いた。


 はっとして見上げると、一羽のカラスが、二人の上空をくるくると回っていた。


 間違いない。あれは、カラスではなく、


「こんなところまで、追ってきたのか、ルジ!!」


 ルジの真の姿だ。カラスとなったルジは、ハイガルの怒声に羽ばたきを止めると、真下、二人に向かって急下降する。


「まな、人がいないところまで走ってくれ!」

「え、ええ!」


 戸惑いつつも、まなはハイガルの手を引き、走っていく。その背後で、見ず知らずの人がルジのくちばしに突き破られそうになるのを、僕は魔法で止める。


「いや、殺すにしても、こんな往来のど真ん中はマズイって……!」


 ワールスは、人間の領土だ。その人間の領土で、罪もない人間を魔族であるルジが殺すのは、問題が大きい。


 ルジは防がれたことに対して、何の反応も見せず、追跡を続ける。僕はその羽ばたきを追いかける。



 ――人気のないその場所に、足の遅い僕は一足遅れて、到着する。


 着いたときにはもう、ハイガルとルジが激しい攻防を繰り広げていた。魔法が効かないまなは、ハイガルの前に立ち、自らを盾としていたが、彼女を見ることのできないハイガルが、それに気づいているかどうか。


 などと考えていると、不意に、時が止まった。僕ではない、誰かによって。


「誰だ……っ!?」


 僕は新たに〇地点となった場所に現れるはずの、桃髪と白髪を見つける。


 それから、その場所にいる、時を止めた誰かを目で捉えようとする。が、その前に、時間停止が解除された。


 咄嗟に時を止めるも、先ほど時を止めたと思われる人物は、もう、そこにいなかった。


 元々、魔力消費が大きい魔法なだけに、日を置かずに連続使用すれば、そう長くは持たない。だが、無理やりにでも、時を止めていなければならなかった。


「何あれ。ギャグみたい」


 何かを避けるようにして、首を傾けるルジ。まったく反応できていないハイガル。同じように反応できていない、白髪サイドテールの少女、まな。




 ――その心臓を、弓矢が、貫通していた。




「はは。笑える」


 当然、僕の独り言に反応できるのは、二人だけだ。白髪ハーフアップの少女は、酷く動揺した様子で、へたり込み、桃髪の少女が、その震える体を、ぎゅっと抱きしめる。


「なんとか、ならない、かな」


 今ならまだ、弓矢が刺さっているだけだ。まだ血も流れていない。時を進めれば、心臓は正常に動こうとするだろう。痛みも感じていないだろう。彼女はまだ生きている。


「……あの子は、魔法が使えない。心臓を撃ち抜かれて、それでも生きていられるのは、この世界で魔王だけ」


 頭のいい愛の返答を聞いた僕は、まなの元へと歩み寄る。そして、彼女に触れないように気をつけながら、心臓を貫く、安っぽい矢を引き抜く。


 時が止まっている中で物体を動かし、運動の最中に時を進めれば、物体は音速で移動する。だから、こんなものでも、人を殺せてしまう。


「……何するつもり?」


 赤い瞳の問いかけには答えず、弓矢の強度を増幅させる。




 そして僕は、胸に風穴の開いた彼女の、鼻先めがけて、弓矢を振り下ろした。

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