第3-8話

 まなとハイガルを見たという、露店の男性に、情報料を請求され、五百万の杖とドラゴンの鱗を交換しようとしていた。が、僕が勇者だと知るや否や、目つきが変わった。


「鱗なら、五枚はもらわないと釣り合わない」

「五枚は欲張りすぎでしょ。多くても二枚だよ」

「四枚」

「三枚。三枚しか持ってない」

「……三枚と交換だ」

「おっと、その前に、商品と情報をくれるかな?」


 鱗二枚と交換に杖をもらい、二人の手がかりを聞く。


「しばらくこの辺りを散策するらしい」

「嘘だね」

「さあ、どうだか?」


 逃げようと思っていたのだが、仕方なく、鱗を追加で一枚、計三枚渡す。


「今日中にカルジャスに行くらしい」

「うわ、やっぱりか。ま、とにかく、ありがとう」

「おう、また来てくれ」


 その場から立ち去ろうとして、止まる。


「ところで君。なんで二人がカルジャスに行くって、知ってたの?」

「なんでって、この店に来たときに、そう話して――」

「嘘だね。あの用心深い二人が、簡単に情報を漏らすわけがない」


 男は答えない。


「アタリだね。そこにいるんでしょ、二人とも。出てきなよ」



 背後に殺気を感じて、咄嗟に魔法で障壁を張る。



 が、障壁が割れた。すぐさま飛びのき、振り向く。そこには、案の定、まなとハイガルがいた。


「今のを、避けるか」

「僕、反射神経だけはいいからさ」


 当然、攻撃してきたのは、ハイガルの方だ。まなにはほとんど戦闘力がない。とはいえ、何もしてこないと侮るのは得策ではない。彼女は頭がいい。


「それで。なんで逃げたりしたのさ?」

「あのまま、あそこにいても、タマゴを盗んだオレは、おたずね者だ。当然、何かしらの、罰を、受ける」

「じゃあ、タマゴ、返せばいいじゃん」

「それは、できない。最低でも、孵化するまでは」


 魔王城では、このさたたんを、戦闘要員として洗脳するつもりだとか。また、さたたんは、生まれて、最初に見た生物の影響を、強く受けると言われている。


「しかも、なんで、まなちゃんを巻き込んだんだよ? まなちゃんを連れて行かなければ、僕がこうして、追うこともなかったのに」

「それは――」

「あたしが頼んだのよ」


 言いあぐねるハイガルに代わり、まなが答えた。


***


 墓前に、白と青の頭が並ぶ。墓石には、マリーゼ・クレイアの名が刻まれていた。


「生きてる間に、お母さんとちゃんと話せて、本当によかった」

「そうか」

「もし、話さなかったら、きっと、一生、後悔してたと思う。あのとき、チアリタンに行くのを止めてくれたあかりと、背中を押してくれたハイガルには、すごく、感謝してる」

「つらく、ないか」

「……つらいけれど、それ以上に、何も知らないままでいなくてよかったって、そう思ってる」

「そうか」


 続けて、ハイガルが、


「まな――」

「わ!」


 何か言いかけると、まなは声を上げて、遮る。目を大きく見開き、動きを止めるハイガルの手を包み、まなはその盲目の瞳を見つめる。


「あ、えっと、つ、連れてって!」

「どこに?」

「どこかは、知らないけれど、でも、一人でどこかに行くつもりなんでしょ?」

「どうして、分かるんだ?」

「だって、お姉ちゃんが……あれ、でも、お姉ちゃんは。なんで、お姉ちゃんが、待って、置いて行かないで、一人にしないでっ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!」

「まな。おい、まな!」


 半狂乱になるまなを揺すり、何度も呼びかけるが、届く気配がない。それを認めると、ハイガルは、小さな身体を強く抱きしめて、背を擦る。


 次第に呼吸も落ち着いて。


「ハイガル――?」


 そう呟いたまなは、小さく体を震わせると、咄嗟に右腕の裾を捲り、そこに、「まゆみ」と書かれた傷があることを確認して、安堵の表情を浮かべる。


 と同時に、頬を強張らせて、ハイガルの顔色をうかがう。それから、盲目の瞳を見、安堵と罪悪感をない交ぜにしたようなため息をつき、そっと袖を戻そうとして、剥き出しの右腕を掴まれる。


「うっ――」

「これは……」


 ハイガルはごたつく肌をなぞり、それから、まなの赤い瞳に顔を向ける。まなは瞳を懸命に泳がせる。


「どうりで、美味そうな匂いがするわけだ」

「え……?」

「大丈夫だ。こんなことで、嫌いに、ならない」


 まなの顔はみるみる赤く染まり、瞳から大粒の涙がこぼれる。ハイガルは熱を帯びた頬を手で包み込んで、涙の跡を指で拭う。


「――大好き」


 満面の笑みで、ぽつりと漏らしたまなは、頬を包まれたまま、さらに顔を赤くして、うつむく。


「熱いぞ。熱でもあるのか」

「わ、わわわ、分かってて言ってるでしょ!?」

「ああ、分かってて言ってるが?」

「――っ」


 いたずらっ子の顔をしたハイガルの、大きな手が、白い頭を撫でて、そっと抱き寄せる。


「一緒にいてほしいか?」

「そういうあんたはどうなのよ」

「オレは、まながいないと、寂しくて、たまらない」


 まなはハイガルの腹を精一杯の力で殴る。対するハイガルは余裕そうに微笑を湛える。


「でも、一人で行こうとしてたじゃない。そういう目をしてた」

「危険から遠ざけようとして、何が悪い?」

「……何も、悪くないわよ。でも、すごく怖い」


 そう言って、震えるまなは、細い喉から、声を絞り出して言う。


「お願い。一人にしないで」

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