第3-7話

 れなの居場所を訪ね、扉をノックすると、自動で扉が開いた。そのまま、中に入る。


「お邪魔します」

「いらっしゃーい。そこ、座って」


 進められるまま席につくと、机にはミルクが用意されていた。


「それで? 最近調子どお? 元気してた?」


 フードを目深に被った女性は、そう尋ねながら、向かいの椅子にどっかりと腰掛け、鬱陶しそうにフードを取る。


 そこから、艶めく緑の髪が流れ、肩や背を滑り落ちる。瞳は赤色。魔族だ。なんとなく、全体的に違和感があるのだが――まあいい。


「……それ、答え分かってて聞いてますよね?」

「そういうとこが、お姫ちゃんに嫌われるんだよねん」

「ぬぉっ」


 お姫ちゃんというのは、アイのことだ。


「別に、元気じゃなーなら、そーいえばいーじゃん。それに、社交辞令なんだから、元気でーすって言っておけばいーのよん」


 そうして、れなは真っ白なミルクを啜る。


「それで、死ぬ覚悟はできたのかな?」

「そんなのできるわけないですよー。死ぬの怖い怖い」

「だよねん。じゃまー、せえぜえ、妹ちゃんへの復讐、がんばってねん」

「……れなさんは、まなちゃんの願いが、僕に使われてもいいんですか?」

「まー、確かに、まなちゃは、れなのかわいい、だけど。あたしはむしろ、まなちゃには願いを叶えてほしくないと思ってる」

「でも、あの子、すっごく大事な願いがあるんですよね?」

「そうだね。まなちゃは願いを、めちゃんこ大切にしてるよ。でも、大切にしてるからって、それが正しいとは限らないでしょ?」

「それは……そうですね」


 叶えたい夢を叶えたとしても、必ずしも、幸せになれるわけじゃない。


 自分にとって信じられる人が、世間にとっての正義とは限らない。


 大切なものを大切にすることですら、間違いかもしれない。


「でも。今のあかりんに、まなちゃの願いを使われるのは、気に入らないなー」

「それは、『可能性』の話ですね」

「もちのろん。まなちゃを傷つけないってゆーなら、別にいーんだけど。……ま、それだけじゃなーんだけどねん」

「よく分からないですけど、お願いします、教えてください」

「れなに教えてって言うばっかじゃなくてさ、自分も『世界』について、ちょっとは教えたらどお?」

「榎下朱里には、ちょっとよく分かりませんね」


 それから、しばし、二人で見つめ合って、


「……ふふふ」

「ははは」


 にこやかあーに笑い合う。それから、れなは、嫌な笑みを浮かべる。まるで、僕の妹のような。


「まー、いいよん。教えたげる」



 ――教えられたのは、僕たちの住むノアから、遥か遠い、ルスファ最南端の地、ワールス。


「ワールスはカルジャスからの移民も多いし、隠れるにはもってこいなんだよん」

「カルジャスって、どこですか?」

「がっくし。外国だよ、外国! 食べ物がめちゃうまなとこ!」

「へー。覚えることがいっぱいで、よく分かんないです」

「あかりんが分かんなかったら、誰も分かんないよ??」

「そうか、世界は僕を中心に回っていたのか……」


 そんな、馬鹿丸出しみたいな会話をして、僕はミルクを飲み干す。


「ごちそうさまでした。それじゃ」

「ほいほい、いってらー」


 まなを城に連れ戻して、願いを叶えさせる。まあ、今なら、「願いを叶えてくれたらハイガルのところに戻してやる」とでも言えば、すぐに叶えてくれるかもしれない。


***


 そんなわけで、ワールスに来た。


「うおお! なんか、お祭りみたい!」


 露天が、道の両側に、ずらぁーっと並んでいる。果物やキーホルダー、レイトウマグロ一匹など、色々な物が目に入る。


「マグロ!? あ、そっか。魔法で冷やせば溶けないんだ。写真撮ろ」


「うわあー……! このキーホルダー、アイちゃん好きそうじゃん。買お」


「魔法を使ったお土産は、アタリハズレあるから、やめておくとして――って、何しに来たんだよっ!」


 ツッコミ不在の恐怖とはこのことか。自分でツッコむほど悲しいこともない。


「まなちゃんとハイガルくんを捜さなきゃなんだって」


 とはいえ、人捜しなど、どうやってやるものなのか。やはり、魔法での捜索が難しいとなれば、聞き込みが主流だろうか。


「ねえねえ、お兄さん。この辺で初々しいカップル見なかった?」

「そんなのそこら中にいるよ」

「ま、確かに。男の方が青髪で、女の子は背が低くて、多分、フードか何か、被ってたと思うんだけど、見てない?」

「――それなら見たな」

「おっ、早速有力な情報。どっち行った?」


 尋ねると、男は黙って、手を差し出してくる。


「あーはいはい。どれがおすすめ?」

「その杖」

「杖? 今どき杖なんて売れないでしょ。いくら?」

「五百万」

「五百万!?!? ……マ?」

「マ」


 僕は時空の歪みに収納しているものを適当に取り出す。


「はい、ドラゴンの鱗。これと交換でいい?」

「……お客さん、もしかして、勇者榎下朱里か?」

「ああ、こんな格好してるけど、僕は榎下朱里だよ」


 勇者と頭につくだけで、見る目が変わる。慣れたものだ。

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