第3-5話
マナを目覚めさせることなどできるはずもなく。
僕は瞬間移動で、学園都市ノアへと戻った。宿舎にたどり着くと、中から赤髪の青年が飛び出してきて、すんでのところで避ける。
「うぉっと、ギルデじゃん。そんなに急いでどうしたの?」
「あかり……。今まで、どこにいた」
緑の瞳を光らせて、青年――ギルデルドは尋ねる。
「マナのところだけど」
「よく顔が出せたものだ。……それよりも、ハイガルとまなさんを見なかったかい?」
「え? 何かあったの?」
内心の冷や汗を隠して尋ねる僕に、ギルデは紙を押しつける。
開いて見ると、達筆な文字で、「まなと二人で逃げる。後は頼んだ。ハイガル・ウーベルデン」と書かれていた。
「それが僕の部屋に届いていたんだ」
「……マズイな」
二人を引き離すどころか、監視すらもろくにできていなかったと知れたら、どうなるか分かったものではない。
完全に油断した。邪魔だと言われた時点で気づくべきだった。いや、反省は後でもできる。
すぐさま、魔力探知を発動するが、周囲にそれらしい影は見当たらない。その上、まなには探知が効かない。どのみち、遠くに逃げられてしまえば、シルエットしか見えない探知で、ハイガルの影を特定することは不可能だ。
これ以上、遠くに逃げられる前に、時を止める。
瞬間、桃と白の少女が現れる。だが、二人はたいして驚きもしない。驚きはしないが、愛の方はすぐに白髪の少女の影へと隠れる。
「どこにいるかって、分かったりする?」
「主語がないわよ。でも、そうね。ちゃんと監視しておいてあげたから」
「さっすが。――それで、どこ?」
白髪の少女は、視線をやや落として、
「言えないわ」
拒否した。答えてもらえる前提だった僕は、素直に驚く。
「いいじゃない。放っておけば」
「いや、僕が願いを叶えられなかったら、マナと一緒にいられないじゃん。だから、魔王に契約破棄されたら、洒落になんないんだって」
「……でも、連れ戻したりしたら」
少女は右腕を握り、赤い目で僕を見上げる。
「大丈夫だよ。僕が守るからさ」
「はっ、どの口が」
そうトゲのある口調で言い放ったのは、桃髪の少女、愛だ。――本当に、その通りだ。適当に流したかったが、そうはさせてくれないらしい。
しかし、そう言ってから、愛は膝から崩れ落ち、白髪の少女の背に顔をうずめて、泣き出した。
「うわああん……!!」
「おうえいあ!? なんで!?」
「あんた、本当にこの子を泣かせるのが好きよね」
「そういう趣味はないんだけど!?」
――ほんとは最高だと思ってるけど、引かれたくないし、黙っておこう。
愛はまるで、幼子のようだ。すぐに泣くし、人見知りはするし、常に抱きついて隠れているし。
「はあ、まったく。好きだからって、いじめちゃダメよ」
「いや、好きってわけじゃ」
「嫌いだからいじめるの? 最低ね」
「極端!」
「……あははっ」
かと思えば、子どもみたいに無邪気に笑うし。見た目は十六だけど。
「とりあえず、王都に行けるようになったんだから、れなのところに行きなさい」
「ああ、賢者のところね。なるほど、その手があったか。じゃあ、今すぐにでも――」
時間停止を解こうとした瞬間、遠慮がちに袖を引かれる。
「どうしたの、愛ちゃん?」
「……ごめんね」
愛はそう、しおらしく謝った。その桃色の頭を撫でようとして――自分の内に、強い拒絶を覚え、気づかれないよう、かゆくもない頭をかく。
「全然。可愛いから、なんでも許すよ」
それを聞いた愛は、再び、白い少女の後ろに隠れる。これで喜ばない女などいないと思っていたのだが。
「ウソツキ、シンジャエ。だそうよ」
「死んじゃえとまでは言ってないと思うけどなあ……」
「嘘つき、死んじゃえ」
「言ってたっ!」
近づきかけていたのに、もったいないことをした。
「別に、あんたがマナしか見てない変態だってことはよーく知ってるから、あたしは何ほざいてたってなんとも思わないわよ」
「あ、そう。愛ちゃんは?」
「……本当は、興味がないから、全部許せるんでしょ」
その言葉に、頭を殴られるくらいの衝撃を覚えた。
「なんとなくだけど、分かるの。あなたが、マナしか見てないんだって」
「……そんなに、純愛でもないけどねえ」
「はっ、どの口が」
今度は白髪の少女が、吐き捨てた。
――時間停止を解除すると、途端に全身から嫌な汗が吹き出る。
「でも、ハイガルくん、めちゃくちゃカッコいいなあ」
そう言って、襟首をパタパタと動かす。当然、話しかける相手は、ギルデだ。
「それに関しては同意だ。しかし、お前と同じ意見だなんて、虫酸が走る思いだな」
「僕だって同意してもらうために言ったわけじゃないし。見つけたら、師匠って呼ばせてもらおうかなあ」
アイを王都から連れ出す際、電車で逃げるしかなかった僕と、こんな風に、誰にも気づかれずに逃げ出したハイガルとでは、格が違いすぎる。悔しいを通り越して、もはや尊敬する。
「……お前、マナ様を振ってまで告白した相手がいなくなったのに、随分、余裕そうだな」
「いや、焦ってはいるけど、王都に行けば、れなさんに会えるから、とりあえずそこで聞いて来ようかなって」
「まあ、僕には関係のない話だ」
「自分から聞いておいて、その答えはないよねえ」
「聞いてなどいない。ただ、しょせん、お前の想いなんて、その程度だったのだろうなと思っただけだ」
「っ……そんなわけ、ないだろ……!」
反射的に、ギルデの胸倉を掴み、緑の双眸を睨みつけていた。
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