第3-3話

 いや、ハイガルの使い魔的なのが魔王に呼ばれてるって、なんでまなちゃんが知ってるの!? ハイガルと魔王に関わりがあるって、知ってるってこと!?


「何々、どういうこと? ハイガルくんって、魔王と何か関係があるの?」


 もちろん、誤魔化して尋ねる。


「ええ。ハイガルは魔王幹部なの。それで、たまに自分の鳥を貸してるそうよ」

「魔王様の命令じゃ、さすがに断れないからな」

「知ってて付き合ってるの? え、まなちゃん、幹部に追われてるよね?」

「ハイガルは何もしてないじゃない」

「それはそうだけどさあ……」


 あー、粉々に砕いてやりたい。


 そんな悶々とした気持ちを抱えていると、いつの間にか、宿舎にたどり着いていた。扉を開けると、


「ぽっころー」


 と、中から呑気な声が聞こえる。ロビーの小さな丸椅子に座っている、体が小さくて、髪の毛がなくて、頭が大きい老人――ルジ・ウーベルデン。この宿舎の管理人だ。


「ル爺、ぽっころ」


 ぽっころなる、謎の挨拶(?)を返したのはまなだけだ。


「ルジさん、ただいま」


 と、僕。


「なんだいたのか」


 と、嫌そうなハイガル。


「なんつばっくちゃあきっかつぁっぞい!」


 と、謎言語で怒鳴るルジ。実は、ハイガルの育ての親だったりする。


「まなの前で大声を出すな。怖がるだろ」

「しょおかっちゃびぃきぎゃあにふりぇえぬぁ」

「これか?」


 そう言って、ハイガルが繋いだままの手を見せつけるようにして上げると、まなが慌てた様子でほどこうとした。が、離す気はないらしい。


「がっぶのぶんざあでなつばぁかんげーちょらぁ!!」

「幹部とか、魔王の娘とか、そんなの関係ないだろ。オレたちは想い合っている、それだけで十分だ」


 若いなあ。いや、僕も若いか。


「行くぞ、まな」

「――その前に。ちゃんと、ル爺に謝りなさい」


 まなが引き留める。


「なんでオレが謝るんだ。謝るのはあっちだろ」

「あんたが余計なこと言ったんでしょ。謝りなさい。謝るまで、口利かないから」


 するりと指をほどいて、まなはハイガルから離れる。すると、ハイガルは不機嫌そうに顔を歪めて、


「コノタビハ、タイヘン、モウシワケゴザイマセンデシタ」


 めちゃくちゃ棒読みで謝り、カクカクと頭も下げた。


 これで、ルジは魔王の側近だったりする。


 つまり、まなを追う立場の魔族なので、ハイガル的には気に入らないのかもしれない。反抗期、というのもあるのかもしれないが、僕にはよく分からない。


「……うまあにゃるもっさあねっけろ」

「同意だ」

「なんて言ったの?」

「オレにはもったいないらしい」

「何が?」

「さあな」

「教えなさいよ」

「えー、嫌だ」


 そんな風に話しながら、二人はハイガルの部屋に吸い込まれていった。


「……ルジさんは、ハイガルくんのこと、嫌いなの?」


 そう尋ねると、ルジは纏う雰囲気を変え、声のトーンを低くし、まともな口調で話し始める。


「そんなことも分からんのか」


 さっきとはまるで、別人だ。


「僕、三歳のときに親亡くしてるから、反抗期とか、よく分かんないんだよねえ」

「貴様の魔王様に対する態度そのものだ」

「反抗期? え、結構仲良くやってるし、魔王サマは僕の親じゃないけど?」

「少なくとも魔王様は、お前を実の子どものように考えている」

「いやいや。僕、勇者だよ? さすがに、ないでしょ」

「そんなこと、あのお方に関係あるものか」


 ルジはすこぶる機嫌が悪そうだ。


 ――よく分からない。そもそも、僕にとって魔王とは、契約相手以外の何なんだろう。


「自分を殺すかもしれないって、分かってるのに、なんで?」

「少なくとも、お前が勇者である限り、魔王様は戦争を起こそうとはしないだろうな」


 ますます、ルジの気持ちが分からなくなった。


 だが、魔王の気持ちなら、少しだけ分かる。仮に、僕のことが嫌いだとしても、殺すことはないだろうと、半ば確信していた。なぜか、と問われても分からないが。


 ――もし、彼が僕を、子どものように思っているのなら。少しくらいは、そこに愛があると、期待してもいいのだろうか。


「ねえ。愛って、なんだろう」

「人それぞれ、答えが違うものだ。明確に答えることはできん」

「じゃあ、ルジさんにとっての愛って?」

「――鎖だ」

「鎖、か。なるほどね、わりとしっくりくる」


 しっくりくる、けど。


「でも、僕の答えではないね」

「探したければ、自分で探すしかない」

「自分で……」


 きっと、答えはもう、見つかっている。


「――榎下朱里」

「ん、何?」

「ハイガルとまな様を、よろしく頼む」


 鋭く細い眼光で、ルジは僕を睨みつける。


「はいはい、おっけー」


 一体、どういう意味だったのだろう。


***


「それで、話って?」


 ハイガルの部屋で、白髪の少女が尋ねる。


「いいか? 絶対に声は出すなよ?」


 そう前置きして、ハイガルはフローリングの床に両手を突っ込む。魔法で床に見せかけた、隠し扉のようなものだ。


 彼はそこから、顔くらいの大きさの、青いタマゴを取り出した。まなは驚いた顔をして、自分の口を小さな両手で押さえる。


 所々、ピンクの模様が入っているタマゴは、ハイガルが撫でると、嬉しそうに跳ねる。それだけをまなに見せると、すぐにタマゴを元の位置に戻した。


「本当は、隠しておくつもりだったんだが」


 まなは口を押さえたまま、返事をしない。それが、声を出すなと言われたからだと察したのか、ハイガルはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

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