第2-8話
さて、まなをどうやって連れ出すか、という話だが、これは簡単だ。まなは、少なくとも今は、僕を信用している。となれば、ハイガルの目が届かないところで連れ出せばいいだけの話。
ところで、ハイガルは、僕たちと同じ高校に通っているのだが、事情により不登校だそうだ。また、留年したらしく、一つ上ではあるが、僕たちの同級生なんだとか。
そして実は、まなの隣の席だけが、入学以来、空席だ。出席番号から考えても、間違いない。そこが、ハイガルの席だ。
言いたいのは、つまり、学校にいる間は、ハイガルがいないということ。アイも今ならもれなく、不在だ。
「――で。ハイガルくん、なんで学校来たの?」
「なんだ、来ちゃ、ダメなのか? ここはオレの席だが」
「いや、来てくれたことは素直に嬉しいけどさ、だいぶ抵抗あったんじゃない?」
ちなみに、ハイガルは僕の前の席でもある。そんな彼は青髪の隙間から、不安そうな茶色の瞳を覗かせて、周囲を警戒しているようだった。
「まなが『学校でも一緒にいられたらいいのに』って、寂しそうに、言うから」
「そ、そんなこと言ってないわ」
「言っただろ?」
「言った、けど……。別に、寂しそうになんて、してないわ」
「じゃあ、帰る」
「……嫌だ」
立ち上がりかけたハイガルの袖を、まなは引く。これを断れるやつは、相当だが、
「オレも嫌だ。帰る」
「ハイガルと一緒がいいの。お願い、ここにいて?」
「……はあああー。仕方ないなあ」
「うん、ありがと」
僕が一番、帰りたい。周りの視線にも気づかず、教室内でいちゃいちゃしやがって。
となると、宿舎も一緒であるため、ずっと一緒にいることになるわけだ。そうなってくると、引き離すのが難しくなってくる。ハイガルに勝てる実力を、今の僕は持っていない。だというのに、頭を使うのは、大の苦手だ。
――だから、時を止める。
以前、ノア学園に受かるために、僕は時を止めた。そうして、ひたすら、勉強し続けた。僕がこの、超名門進学校に入学できたのは、そういうカラクリだ。
その頃にはアイとは別れていたので、一人で勉強した――と言いたいところだが、みっともなく、彼女に聞いたこともしばしばあった。彼女の教え方はとにかく、分かりやすいのだ。
ちなみに、願書締め日になって、初めて彼女にノアを受けると伝えたのだが、彼女は余裕で受かっていた。首席はまなだったが。
「ってなわけで、どうしたらいいと思う、愛?」
愛というのは、桃色の短髪に、薄黄色の瞳の少女だ。綺麗にしていれば、誰もが振り向くような顔立ちをしている。だが、生憎、化粧もしていなければ、常にうつ向きがちで、顔はよく見えない。
そんな彼女は、白髪をハーフアップにした、赤い瞳の少女を抱き抱え、いつものように、膝に座らせていた。
「――安定の無視だね!」
そう明るく振る舞うと、ますます、怖がらせてしまったようで、愛は白髪の少女をぎゅっと抱きしめた。抱きしめられた少女は、肩越しに愛の頭を撫でる。
「大丈夫、大丈夫」
こうなると、愛が落ち着くまで、できるだけ、刺激しないよう、待つしかない。
――その間に説明しよう。
ここは、時空の狭間、というやつらしい。もう響きだけでカッコいいよね。仕組みはよく分からないんだけど、時を止めてる間だけ現れるんだって。
愛の説明をそのまま借りると、
「時を止めるとは、時を止めた人物を中心に新たな時空を生み出すことに他ならない。私たちは流れる時空とは位相のずれた停止した時空、つまり時空の狭間にいるが、誰かが時を止めることにより、そこを中心とした新たな座標軸が形成され、時空の狭間にいる生命体はすべて、新たな〇地点に集められることになる。よって、時を止めれば、時空の狭間で暮らす私たちと遭遇することは必然である」
とのこと。頭痛が痛い。
「……あの青髪、倒すの?」
小さすぎて、聞き逃しそうな声だが、僕の鼓膜は天使のさえずりを逃さない。とはいえ、ここでテンションを上げたまま話しかけると、また話してくれなくなる可能性があるので、穏やかな姿勢を心がける。
「うん。それで、愛の力を貸してほしいんだ」
「私の、力」
「うん、お願い」
「何のために?」
「言わなくても知ってるよね?」
そう言うと、愛は口を閉ざした。何かが気に入らなかったらしい。
「ナンデ意味モナク、ハグラカソウトスルノ? だそうよ」
と、通訳担当の白髪が裏声で、腹話術のように話した。口は普通に動いてた上、全然、似ていなかった。
しかし、それが愛にはツボだったらしく、声を抑えて、肩を震わせていた。
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