第2-7話
「もう一度聞く。最近、マナ・クレイアを取り返す動きが見られない。このことについて、説明しろ」
誰も答えようとしないのを見て、痺れを切らした魔王は僕に問いかける。
「どう思う、榎下朱里」
どう思うって、ふわっとしすぎでしょ。
「ま、おおかた、僕が言ったことと、まなちゃんに嫌がられたことが原因だろうね。でも、それでほんとに諦めるとは普通、思わないよねえ?」
眼鏡に視線を向けつつ、他二人の反応もうかがう。どうやら、三人の結託は強いらしく、誰かを差し出すということはしなさそうだ。
「余の命令が聞けぬ、ということは、魔王幹部を去ると、そう捉えてよいのだな?」
解雇されるとなっても、誰も動こうとしない。
やがて、クロスタが口を開く。
「すべて、私の責任です。まな様から拒絶を受け、これ以上、彼女を追うことはできないと判断しました。二人は、そんな私の心情に、無理やり付き合わされた形です」
「くっくっく……。一人でけじめをとるつもりか?」
「はい。私一人抜けたところで、四天王の実力は大きく変わりません。それがこの国にとって最善の選択かと」
「良かろう。クロスタ・デオ・シーレルト。現時刻をもって、貴様を四天王の座から――」
「お待ちください」
声を上げたのは、ローウェルだった。
「確かに、彼は命令に背きました。――しかし、前回の過ちの大きさを考えれば、その判断は正しいものです」
「前回の過ちとは、手を出すなという命令に背き、余の娘を折檻したことか?」
折檻。この言葉はよく知っている。――身をもって経験しているから。
「その通りです。それすら、決して許されることではありませんが、その件を深く省みてこその、今回の決断かと。十分に情状酌量の余地はあります」
「それは余が決めることだ」
「……クロスタの魔王様への忠誠心は、幹部たちの中でも群を抜いております。どうぞ、賢明なご判断を」
ローウェルは最後に一押しして、口を閉ざす。ウーラは沈黙を保っていた。
「処遇については、これから次第、ということにしておこう。――貴様たち三人、そこに榎下朱里も含め、四人に指令を出す」
「え、僕も?」
魔王は僕を黙殺して続ける。
「我が娘、マナ・クレイアおよび、魔王幹部の末席、ハイガル・ウーベルデンだが、現在、二人は恋仲にある」
「マジっすか!?」
ローウェルが驚き、不意に顔を上げる。本当に知らなかったらしい。
「え、あいつ、あんな可愛い子、彼女にしたんすか――。ってことは、オレ、まな様の義父!? 魔王様と家族になるんすか!?」
大パニックを起こしているローウェルに、魔王は若干の躊躇いを見せながらもきっぱりと言う。
「許さん」
「許さん、って……ああ、まな様って、マリーゼ様の子っすもんね。よく考えたら、正妻の子と幹部の末席が結婚は、うーん、魔王様さえ良ければと、オレは思うっすけど」
「――結婚は、さすがに、飛躍しすぎだと思うがな」
「よく考えてくださいっす。まな様って、もう十六っすよね? ハイガルは一つ上の十七っすよ。オレと魔王様の許可さえあれば法的にはイケるっす。それに、魔王様が一番上の子を授かったのって、十六のときでしたよね?」
「……さて、法律を変えるか」
「いや、馬鹿なの?」
思わずツッコんじゃったじゃん。
そんなやり取りに、違和感を感じたのか、残る二人は首を傾げ、クロスタが手を挙げる。
「なんだクロスタ」
「魔王様は、彼女の願いを使うために彼女を生かされているのですよね?」
腹立たしげに舌打ちをすると、魔王は「ああその通りだ」と肯定した。どう見ても、本心と言動が伴っているようには見えないが、これには理由がある。
魔王は、魔王らしくある必要がある。
魔族には、「白髪の女子」が疎まれるという、わけの分からない習慣が根づいている。その特徴にぴったり当てはまってしまったのが、まなだった。
本来なら、生まれた時点で殺処分する予定だったが、愛する正妻の子だから殺せなかったのだとか。
願いのためを装って、なんとかまなを生かしたものの、彼女が脱走してしまったため、今日に至るまで、彼女の身柄を確保するよう、部下たちに指示してきたらしい。
さらには、願いが魔法に変わらないよう、八歳までの間、魔法のない環境に監禁していたらしい。クロスタが折檻したのは、この頃の話だろう。
――正直、意味不明。魔王らしさのために、子どもを蔑ろにするとか、本当に許せない。まあ、表には出さないけど。
「それにしては、ずいぶん、その……可愛がっておられるような気がしたのですが」
「気のせいだろう」
「そう、ですか」
僕の目から見れば、素直に打ち明けてもいいくらいには、信頼関係が築けていると思うのだが。ともかく、魔王の否定を受けたクロスタは、それ以上の追求を諦めたらしい。
「とにかく。今すぐ、二人を引き離せ。以上だ」
「なんか、めちゃくちゃ親バカっぽいね。まなちゃんに嫌われるよ?」
「……嫌われても構わぬ」
「えーほんとにー?」
「貴様は王女のためを想い、別れたのだろう。彼女に何も告げず。それと同じだ」
「それは――。でも、違う。僕とマナは、本人同士の問題だけど、君は部外者じゃん」
「本人同士の問題、などと、よく言えたものだな」
絶対に違うと、心ではそう思っているのに、どうしても、言い返す言葉が見つからない。
「……分かったよ。でも、まだ付き合いたてだし、別れさせるのはほぼ無理だから、物理的にってことになるけど。どっちを連れて来ればいい?」
「娘の方だ」
結局、ただの親バカなのだ。
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