第2-6話

「なんだ。余も暇ではないのだがな」


 この玉座に座って偉そうにしている人こそ、ユタのお父さんだ。なぜあの美人な奥さんを射止められたのかさっぱりなくらいに、ポンコツ。今は、機嫌悪そうに、人差し指でひじ掛けを叩いている。


「いや、ユタくんに何吹き込んでるのさ、魔王サマ?」


 そして、彼こそ、勇者が倒すべき存在である、あの魔王サマだ。なんでも、毎年、数十万人の人間を殺しているらしい。ちなみに、この国の人口は五十億くらいだ。


「吹き込むとは人聞きの悪い。すべて事実だと思うがなぁ?」


 ネチャァとした笑みを浮かべる魔王。


「役立たずは酷いでしょ。ちゃんとまなちゃん監視してるじゃん」


 そう、実は僕は、魔王に頼まれて、彼の娘であるまなを監視している。それが、僕が願いを利用するための条件だ。魔法契約という、強制力のある契約も交わしているため、破ることはできない。


「ハイガルと交際していると報告を受けたが」

「それが何? 悪い虫つけるなって? いやいや、付き合うかどうかなんて、本人たちの自由でしょ」

「ハイガル、というところが問題なのだ」


 ――まあ、そう言うと思ったけどさ。


「恋愛くらい、自由にさせてあげなよ。どうせ、あの二人なら、放っておいても何もないって」


 多分。


「ではなぜ、貴様は人間の王女との婚約を破棄した?」

「――それとこれとは、関係ないだろ」


 魔族の証である、赤い瞳をめつけるも、魔王はただ、つまらなそうに見つめ返してくるだけだった。


「あの二人の交際を認めさせたいのなら、まず貴様が復縁しろ。話にならぬ」

「別に、あの二人のことなんて、どうでもいいよ。世界で一番幸せ、みたいな顔が胸くそ悪いだけだから」

「ならば、無理やり引き離すが、よいな?」


 それは、なんとなく、嫌だ。


「好きにすればいい」


 しかし、口をついて出たのは、本心とは真逆の言葉だった。


「くっくっくっ……。では、そうさせてもらおう」


 魔王は人差し指のトントンを止めて、指をイイ音で鳴らす。


 ――瞬間、玉座の間に三人の人物が、ひざまずいた姿勢で現れる。


「……何これ、カッコよっ!!」


 思わず叫ぶと、魔王が深々とため息をつき、三人のうちの一人、青髪の男が吹き出す。


「勇者くんって、面白い子っすね」


 出た。お前、面白いやつだな発言。これ、言われると結構嬉しいな。


 ……いや、ここに僕がいても驚かないって、よく考えたらどうかしてるな。警戒しておくか。


「そりゃどうも。そういう君はどちら様?」

「オレはローウェルっす」


 なんか、誰かに似てるなあ。誰だろ。


「ローウェルはハイガルの父親だ」

「ふーん」


 魔王の言うことだからと、半分聞き流したところで、やっと理解が追いつく。


「ほお?? あ、ほんとだ! めちゃくちゃそっくりじゃん! へえぇ、いつもお世話になってますー」

「ハハハ、こちらこそっす」


 などと社交辞令を交わしていると、魔王が咳払いをし、ローウェルが再び頭を下げる。


 ――何これ、僕もやりたいんだけど。厨二心、くすぐってくるねえ。


「マナ・クレイアとハイガル・ウーベルデンについて、何か知っていることのある者は答えろ」


 三人とも動かないのを見て、魔王は感情のない目で問いかける。


「最近、マナ・クレイアを取り返す動きが見られないようだが、どうした?」

「いや、ほんとそれね」


 この頃、静かだとは思っていたのだ。しかし、誰も何も答えようとしない。――魔王、支持されてないのかな?


 ま、それならそれで、僕も聞きたいことがある。


「てか、僕、さっきから思ってたんだけどさ、黒髪の君。この間の人だよね?」


 三人のうち、黒髪の男は顔をわずかに上げる。眼鏡に赤い瞳。間違いない。まなを追いかけていたやつだ。


「クロスタ・デオ・シーレルト、だっけ? 君、魔王の配下だったんだ」

「貴様こそ、まさか、勇者だったとはな」

「え? 僕が勇者だって知らなかったの?」


 僕はクロスタが心の底から嫌いだが、そんな態度は表に出さない。あのときは特別として、基本的に、僕は誰に対しても同じように接するよう心がけている。


 何が嫌いかと言えば、まず、初対面の印象が最悪。


 次に、名前が長いし、覚えづらい。嫌いだから覚えているだけだ。


 それからもう一つ。――アイのお兄さんに、なんとなく似ているところ。そこが一番、嫌いだ。


「顔と名前と役割が一致しなかっただけだ」


 性格は全然違うようだ。クロスタは言い訳がましいが、エトスは言い訳しない代わりに、やられたらやり返すタイプなので、余計タチが悪い。……嫌なことを思い出した。


「勇者くん、ごめんっす。クロスタくん、ちょーっと頭が足りなくて。顔と名前が全然覚えられないんっすよ」

「ローウェル、貴様、敵にこちらの情報を渡すな」

「こう見えて雑魚なんすよー。四天王になれるほどの実力を持ってるのが四人もいなくて。空席を埋めるために、仕方なく四天王にせざるを得なかったんっす」

「仕方なくっ……!?」


 クロスタは、意外と繊細な心の持ち主なのか、固まっていた。


「二人とも、魔王様の御前ですよ」


 残る一人――薄い青髪にピンクの瞳をした女性の声で、二人は再び頭を垂れる。


「ウーラ、すまないな」


 魔王、謝った。


「いえ。魔王様の意を汲み、指示より先に動くのが私たちの務めですから」


 しかも、台本丸読みしてるみたいな返事。


 ――なんか、魔王って、全然尊敬されてないんだなあ。だんだん、ギャグに見えてきた。

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