第2-5話

 ご丁寧なまなから、ハイガルと付き合うことになった、との報告を受け、適当に賛辞を述べた。


 とはいえ、諦めるわけにはいかないのだ。


 そのため、砂が溶けた事件を利用する。


 ちなみに、犯人はもう分かっている。この宿舎の一階に住んでいる人物だ。


 一階にはハイガルの他に、ギルデルドという赤髪のすかした野郎と、ユタザバンエという、めちゃくちゃ強い小二の魔族が住んでいる。


 ちなみに、めちゃくちゃ強い小二は、一人では暮らせないので、母親と二人部屋を借りて暮らしている。なお、まなは一人なのに、なぜか、お金のかかる二人部屋を借りている。


 というわけで、犯人など考えるまでもなかった。世の中の大勢とギルデの野郎には、あれだけの砂を溶かせるほどの魔力はない。


 そこで、犯人に話を聞くのに、まなを連れていくことにした。


「なんであたしを呼んだわけ?」

「ま、伏線ってやつだよ。伏線って、カッコよくない?」

「言ったら意味ないじゃない……」


 そんなこんなで、一階一番手前のインターホンを押し、中の人を待つ。


「はい――」


 真っ白な白髪に、優しい緑の瞳をした女性だ。何度見ても、子持ちとは思えないほどに、若い。それでも、脱げば年相応なのだろうが、などと頭の中では最低なことを考えつつ、笑顔を顔に貼りつける。


「こんにちは」

「ああ、あかりくん、と、そちらの可愛いお嬢さんは、彼女?」

「それがさあ、ついこの間、フラれたんだよねえ」

「あらあら、残念」


 女性に向けられる視線から逃れるようにして、まなは顔を背け、「ちょっと、用事を思い出したから帰るわ」と言い残して、止める間もなく、その場を去っていった。その背を、緑のやわらかい瞳が見送っていた。


「それで、今日は何のご用かしら?」


 宿舎が同じなので、当然、関わりもある。昔は彼女も敬語を使っていたが、最近は砕けてきた。そして、彼女はそのあとに、


「また口説きに来たの?」


 と、続けた。これで状況は、だいたい、お分かりいただけただろう。


 人妻、という響きに惹かれて、何度か口説いてみたが、天然そうに見えて、しっかりしているという、食えないタイプだった。また、夫への愛が凄まじく、一度語り出すととまらない上、口説くと比較されるので、


「いや、奥さんはもう口説かないよ。さすがの僕も、旦那さんへの愛には勝てそうにないからね。それで、本題なんだけど」


 旦那トークが始まる前に、本題へと入る。


「ユタくんって、今、部屋にいる?」

「ユタに用事? ええ、いるわよ。――ユタ、お客さん」


 呼ばれて出てきたユタは、黒髪に赤い瞳の少年だ。誕生日が早いため、現在、八歳で魔法は使える。


 そして、角と尻尾が生えている。魔族だ。


「ちょっとお子さん、お借りしてもいい?」

「ええ、構わないわ。ユタ、お兄ちゃんの言うこと、ちゃんと聞くのよ」

「うん、ママ」


 込み上げてくる笑いを抑えて、僕はユタへと柔らかく微笑みかける。


「じゃあ行こうか、ユタくん」

「うん、お兄ちゃん、よろしくお願いします」


 ――そうして外に出ると、ユタはうんと伸びをして、


「で! なんだよ、あかり。余に何か用? わざわざ外に来てやったんだから、感謝しろよな!」


 と、指を突きつけてきた。この生意気さが、彼の持ち味だ。だが、マザコンを極めているので、母親の前ではネコを被っている。


「あれあれ? そんな態度取っていいのかな? お母さんに言っちゃうよ?」

「いやだ! やめて! いい子にするから!」


 最初から素直に聞いておけばいいものを。ひとまず、近くのコンビニでジュースを奢ってやる。


「ありがとっ! ふんっ!」

「なんで怒ってるのさ、ははっ」


 僕のことが気に入らないらしいユタは、せっかくのジュースにも腹を立てていた。


「それで? 何の用?」

「砂、溶かしてるの、ユタくんでしょ?」


 本題から入ると、ユタの動きがぴたっと止まる。それから、彼はジュースを飲んで、足をぶらつかせ、こくんと頷いた。


「なんで溶かしてるのさ?」

「お前には関係ねーだろ」

「別に止めようとか、誰かに言おうとかしてるわけじゃないよ。ただ、なんでかな、と思っただけで」

「……ママに言わない?」

「うん。絶対に言わないよ」


 そうしてユタはぽつぽつと語り始めた。要約すると、「絶対に溶けない命の石を探すために、砂を溶かした」ということらしい。


「命の石って、使うと不老不死になれるってやつだよね?」

「うん」

「それで、最近、お母さんの体調が悪いから、不老不死にしてあげようと思ったんだ」


 ユタは小さく頷く。


「……なのに、全然、見つからなくて。でも、お父さんが、ノアにあるって言ってたから、近くにあるはずなんだ」


 一口にノアと言っても、かなりの面積があり、ノア学園のあるこの近辺から、海沿いまでひっくるめて、ノアと呼ばれている。


「そっか。話してくれて、ありがとう」


 ユタはしょげた様子でうつむき、小さく頷く。母親が病気で不安な分、どうしても虚勢を張ってしまうのだろう。そう考えると可愛い。


「僕も手伝うよ」

「えー。あかりがー?」

「僕じゃ不満なの?」

「だってあかりって、ヤクタタズ、なんでしょ?」

「おいちょっと待て。それ、誰に聞いたの?」

「お父さん」


 ……あのクソ野郎。今度会ったら、内臓引きずり出して口に突っ込んでやる。


「お父さん、他にも何か言ってなかった?」

「言ってた! あのね――」


 子どもの口から聞かされる愚痴というのは、なかなかに面白かった。ははは。

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