第2-2話

「クレイアは、美味そうな血の匂いがするんだ」

「え、もしかして、まなちゃんに告白したのって……」

「断じて違う。食料だとは、思って、ない。本当だ。信じてくれ」

「犯罪者チック……」


 疑いの眼差しを向けていると、ハイガルはサイダーを飲み干して、缶をゴミ箱に投げ入れる。


「今、言っておかないと、後悔するからな」


 それが、どういう意味かは、分からなかった。


「ぶっちゃけさ、ハイガルくんって、他にも好きな子、いるでしょ?」

「なんでだ」

「見れば分かる、としか言いようがないね」


 こればっかりは、経験の差だ。一途と二股の区別くらいできなくて、千人も女の子を引っかけたりできるわけがない。


「すごいな」

「君の洞察力の方が僕はすごいと思うけどね」

「おおー、嬉しい」


 謎に拍手をして、ハイガルはキラキラと目を輝かせる。まるで、よく当たる占い師にでも会ったかのような目だ。


「安心しろ。オレは、クレイアを不幸にはしない」

「君がどうであろうと、まなちゃんは僕がもらってくよ」


 こんな台詞を言うくらいなら、僕は平和なラブコメの主人公になりたかった。


***


「あたし、マナのお見舞いに行ってくるわ」


 アイの話をすると、週末、まながそう言い出した。まなが何をしようと勝手ではあるのだが、行き先が王都ということになると、僕が同行できないので困る。


「やめておいたら?」

「なんでよ?」

「僕、この間、王都に言ったんだけど、出禁できんされちゃって」

「うわ」

「うわって言わないで!?」


 まなは思いきり顔をしかめる。からかって楽しんでいるのか、本気で嫌悪しているのか、判別がつかない。


「別に、あんたがついてくる必要はないわ」

「僕がついていきたいんだよ」

「なんでよ?」

「好きだから」


 目を離した隙に何かあったら困るのだ。彼女の『命』だけは、何としてでも守らないといけないから。


「あんたの好きは薄っぺらね」

「本気だよ」

「はいはい。そんなに心配なら、ハイガルを連れて行くから安心しなさい」


 さらっと流された。


「なんでよりによって、そこを選ぶかなあ……」

「あ、そういえば、あたし、ハイガルに告白されたわよ」

「知ってるよ。ハイガルくんから聞いたから」

「ふーん。まあ、そういうことだから。それじゃあ」


 僕の追撃を許さず、まなは素早く部屋を出て階下へと向かった。


「どっちが好き? くらい聞かせてくれてもいいのにさ」


 最初から勝負はついているようなものだが、相思相愛だからといって、結ばれることばかりでないのも、僕は知っている。


「ま、王都までなら、監視できるか」


 さすがに、王都内に入るとなると、難しいところだが、ハイガルがいるなら、命、という観点では安心だ。ついでに心も持っていかれそうだが。


 例によって、監視していることはバレているらしい。ハイガルは視力の代わりに、常に探知を発動させているので、カメラに気づくのは当たり前なのだが。


 ハイガルは吸血鳥――キュランと呼ばれる鳥型のモンスターであり、また、他の鳥型モンスターを使役している。種族名、ルナンティア。名前はルーク。


 その鳥に二人で乗り、まなとハイガルは空を飛んでいた。ハイガルの背に乗っていけばと思うかもしれないが、まなに触れている間は魔法が使えない。そのため、まなを背に乗せると、ハイガルは巨大化ができないだけでなく、盲目のまま空を飛ばなければならなくなる。つまり、不可能なのだ。


 そんな初めての飛行に、まなは怯えているようだった。一応、後ろにハイガルが乗っているが、自分で掴まっているのに変わりはない。


『手、繋いでやろうか』

『子どもじゃないわ』

『迷子になるかもしれないだろ』

『こんな空中で迷子にならないわよ』

『じゃあ、抱っこしてやろうか?』

『首根っこへし折るわよっ!』

『ははは』


 ずいぶんと、まなの扱いに慣れている様子だ。しっかりと観察して、インプットしておく。


 ふと、頑なだったまなが、ハイガルの袖を、遠慮がちに引く。


『王都って、魔族を嫌ってるのよね』


 不安そうな声でそう尋ねるまなを、ハイガルは後ろから抱きしめる。――触れても、鳥に戻らなかったことに、僕は驚く。人の姿でいるには、魔法を使っているはずだ。


 基本的に、まなに触れている間は魔法が使えない。しかし、それは、非常に使いづらいという意味であって、まったく効かないというわけではない。


 ただ、この僕であっても、魔力が満タンのときに彼女を抱えて二回、瞬間移動をするくらいが限界だ。そこへきて、擬態という魔法は瞬間移動よりも非常に高度であり、それ以上の魔力が必要となる。


「強いな……」


 誰もいない部屋で、独りごちる。だが、そんなハイガルがふざけたことを抜かし始める。


『そうか。なら、何かあったら、俺を、守ってくれ』

『は? あんたがあたしを守りなさいよ』

『なんだ、守ってほしいのか?』

『別に、そういうわけじゃないけど』

『そうかそうか』

『だから違うって!』

『――安心しろ。ちゃんと守ってやる』


 また、まなの瞳が揺れた。


「ときめいてるなあ……。うーん、付き合うのはダメそうだし、どうしよう」


 とはいえ、願いさえ使わせられればいいのだ。別に、付き合うことが目標なわけではない。となると、どうにも、別の方法を考えた方がいいような気がしてきた。

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