第2節 やばい

第2-1話

 あのあと、エトスに城を追い出され、王都からも追放された。


『少しでもお前にマナを任せようと思った、私が馬鹿だった。――今すぐ、出て行けッ!!』


 そんな声が耳に残っている。彼女の顔を見ることすら、許されなかった。


 そして現在、僕とハイガルは、並んで公園のベンチに腰かけていた。


「マナ――」


 最愛の彼女の名を呼び、不安と恐怖に支配される思考を、紛らわせる。


 意識不明。彼女は女王に即位した後、蜂歌祭で歌った。そこで、テロリストに襲撃を受けたらしい。冗談だと言われた方がまだ信じられるような、笑ってしまうような話だった。


 僕がその場にいれば、テロリストごときに負けることなどなかっただろう。本当に馬鹿なことをした。悔やんでも悔やみきれない。端から見た僕は、さぞかし滑稽に映っていることだろう。


「大丈夫、か?」


 そう問いかけてくるのが、僕が彼女の側にいられなかった元凶。ハイガル・ウーベルデンだ。


 いや、誰かのせいにするのはお門違いというやつだ。


 全部、僕のせいなのだから。


「君は、殺人鬼にも優しくできるんだね」


 冷たい言葉が口をついて出る。言った自分の心が凍てつくような、冷たさだった。


「殺してないだろ」


 その言葉に、背筋が弾かれるような感覚を覚えた。


 直後、うなじに冷たい感触を得る。


「ツメタッ!?」

「ポンポンサイダー、オレの、奢りだ」

「やだイケメン……」

「ふっ」


 どや顔をするハイガルの横で、ポンポンサイダーの缶を開けると――中身が勢いよく噴射する。危機を察知して口を遠くに向けるが、手元はびちゃびちゃだ。


「ははは。まんまと、騙されたな」

「騙されたよっ! まんまとね!」


 魔法で内容物の時を戻してもよかったが、魔力の消費が大きいので、仕方なく、残った半分で我慢することにする。


「それで、おあいこ様だ」


 ハイガルは自分のポンポンサイダーを開けて、一気に喉に流し込む。長い前髪に隠れてはいるが、その実、なかなかの面立ちだ。その上、高身長、魔法も使え、この度量の広さ。実は、ハイスペックなのかもしれない。


「まあ、安心しろ。お前程度に、オレは殺せない」

「……すっごいイラっとするね、その言い方」

「オレも、お前にムカついてるんだ。許せ」


 そりゃそうだ。殺す側はよくても、命を狙われる側は堪ったもんじゃない。僕は自分の命なんて惜しくもないが、死にたくないと、心の底から願う人がいることも知っている。むしろ、後者の方が圧倒的多数だということも。


「ごめん。殺そうとして」

「そんなことはいい。謝ってどうにかなる問題でもない。問題は、お前が、クレイアを、騙そうとしていることだ」


 ――どいつもこいつも、自分はいいって、他人のことばっか優先しやがって。胸くそ悪い。


「なぜクレイアを狙う?」

「君の方こそ、出会った次の日に告白とか、常識ある?」

「なるほどな。出会ったその日に告白するのが常識なのか」


 カウンターを食らった。そして追撃が来る。


「話をそらそうとするな。お前がクレイアを狙うのは、『願いの魔法』があるからだろ」


 ――図星だ。


 願いの魔法――八歳になれば、人々は、なんでも願いを叶えられる。


 ただし、八歳の誕生日時点で魔法の存在を知っている場合、願いは自動的に魔法の力へと還元される。


 だが、マナ・クレイアは、魔法を使えない。つまり、八歳のときは、魔法を知らなかったというわけだ。


 そして、どういうわけか、まなは願いを他のことに使っていないという確信が、僕にはあった。――なぜそう思ったのかは覚えていないが。


「ま、その通りだよ。僕はあの子の願いを利用しようとしてる。そのために、あの子に近づいた。なんでも叶う、って話だからね」


 あえて軽い調子で話すと、ハイガルは対照的に、声のトーンを下げる。


「そうまでして、本当に叶えたいか」


 迷いはある。だが、返答は、ただ一つに決まっている。


「うん。――絶対に、叶えなきゃならないんだ」


 僕は、僕の願いを、まなに叶えさせる。


 たとえ、最愛の彼女を傷つけることになったとしても。


 こうして、今現在、こんなにも、後悔しているのに。これから先も、願いを求め続けることで、後悔すると分かっているのに。


 だが、ハイガルはこう尋ねた。


「オレは、叶えたいか、と聞いたんだ。叶える必要があるか、なんて、聞いてない」

「……叶えたいか、ね。やりたいことができるような世界だったら、絶望しなくて済んだんだけどねえ」

「叶えたくないんだろ」


 はっきり言ってしまうなら、そういうことになる。


「叶えたいさ。大好きな彼女を振ってでもね」

「嘘つけ。本当は、止めてほしかったんだろ」

「……なんで、ほぼ初対面の人間のことが、そこまで分かるんだよ」

「匂いで分かる」

「え、匂い?」

「ああ、ストレス臭がぷんぷんする」

「クサイってこと!?」


 鼻をつまんで、首を振るハイガルに、僕は脱力感を覚える。急なテンションの変化についていけない。


「オレは吸血鳥だ。主食は生き血だが、血の美味さにはランクがある」

「僕の血がマズイってことかな」

「まっっっっっっずいだろうな。クサイし」

「めっちゃ溜めるじゃん……」


 なんか、ショックだった。

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