第1-9話

 ハイガル・ウーベルデン暗殺計画。そもそも、ハイガルは目が見えない。つまり、僕が圧倒的に有利だ。


「計画とか立てるまでもないよね。寝込み襲えばいいんだから」


 そして夜になった。あっという間に。


 時間さえあれば、 まなと一緒に、蜂歌祭ほうかさいのアイの晴れ舞台を見に行こうと思っていたのだが。


「新幹線で片道三時間だよねえ……。歌は昼からだから、間に合いそうな気もするけど、検問の行列が長いだろうから無理かなあ」


 ――見たかったなあ、アイが歌うところ。


 なんて感傷に浸りながらも、着々と殺しの準備を進めていく。


 魔力には、残滓ざんしと呼ばれる、魔法を使った後、しばらくその場に残り続ける成分が含まれている。時間とともに、風で流れていくのだが、つまり、これがあれば、その場で魔法を使ったかどうか、一目瞭然ということ。


 使用者までは分からないが、現代の魔法科学は発達しており、なんの魔法を使ったかくらいは、すぐにバレる。そのため、狭い室内で密室殺人を遂行しようと思えば、魔法を使うのはやめた方がいい。他殺だとバレるからだ。


「密室殺人とか憧れるけど、僕、そんな頭よくないし、魔法使えば簡単にできるしなあ。ま、シンプルなのが一番バレにくいって言うよね」


 ということで。手袋と帽子を着用した僕は、真夜中、包丁を片手に下の階へと向かった。風貌は完全にヤバいやつだ。まあ、やろうとしていることも殺人そのものなのだが。


 ひとまず、適当なところに包丁を隠し、扉をノックする。中にいることは探知で確認済みだ。


 しかし、出てくる気配がない。


 あまりしつこくすると、隣の部屋に不審がられるかもしれないと思い、ノックは諦めて、ピッキングに切り替える。清掃業時代に、こういうことはたまにやっていた。


 首尾よく鍵を開け、侵入する――暗闇から顔面に飛んできた氷のナイフを、首の動きでかわす。


 直後、体勢がふらつき――見ると、片足が消えていた。


 瞬間、やってくる熱を無理やり振りきり、氷で義足を造形し、崩れた体勢のまま、その場から飛びのく。


 ――殺戮マシーンじゃん。


 上から降る、土の檻に囚われそうになり、回避すると、着地地点に風の層が見えた。あそこに足を突っ込めば即、ミキサーだ。とはいえ、二段ジャンプでもできない限りそれを避ける術はない。


 仕方なし、と、義足を犠牲にし、すぐに飛び上がる。地面に転がる足を回収し、そこに、隠蔽工作のための血液をばらまく。――あらかじめ、魔法で集めておいたものだ。ハイガル以外の宿舎の住人、その全員の血液が混ざっている。


 殺害を諦め、外へと続く扉に手を伸ばすと――手が溶けそうなほど、ドアノブが熱されていた。それに耐え、なんとか部屋を出る。


 すぐ自室に戻ると上の階の住人だとバレるため、外に出て、人目のないところまで歩く。魔法を使うと、それを辿って、追跡される可能性があるからだ。


 宿舎から十分に距離を取ったところで、瞬間移動で魔王城へと移動する。いつもなら、魔王が玉座に座っているのだが、今日は外出中らしい。


 ありがたく、その場を使わせてもらい、傷を治していく。足もちゃんと元通りだ。


「はあっ、はあっ……あー、マジで死ぬかと思った」


 脂汗を袖で拭い、一旦、心を落ち着ける。


 それから、宿舎付近に瞬間移動し、のんびり歩いて帰る。


「あれ、生きて返すつもりなかったよね? てか、部屋が暗いからって、この僕が勝てないとか、あのハイガルってやつ、強すぎない?」


 道端の猫に話しかけると、猫は無反応で去っていった。


「ひとまず、殺すのは無理そうかなあ」


 殺せないとなれば、別の方法を考える必要がある。一度、こうしてやられている以上、二度目は命がないと思った方がいい。死んだらまなと付き合えないので、試すのは却下。


 となると、やはり、まなの好意をこちらに向けるしかないわけだが。


「なんかさ、先に会ったのは僕なのに、僕の方が負け役感出てるんだけど、何事?」


 ハイガルのどこに惹かれたのだろうと考えてみる。あの、とらえどころのなさは、狙って出せるものではない。僕も別の意味でとらえどころのない人間だが、まったく別だ。


 彼のような雰囲気を出そうと、ただ真似したところで意味がない。今さら話し方を変えたところで、不気味がられるだけだ。そりゃ、いずれは慣れるかもしれないが、僕とそのキャラが合っているかという問題もある。それに、その方法では、まなに惚れさせるまでに、時間がかかりすぎる。


「ま、ひたすら優しくするしかないかあ」


 ひとまず、作戦、優しく、でいくことに決めた。殺人のリスクもなくなるし、その方が断然いいよね。

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