第1-8話

 ――目が覚めると、自室の天井が目に入った。背中には、ベッドの感触がある。


 少しずつ、意識を失う直前の記憶が蘇り、僕はそっと喉に触れて、笑みを溢す。


「そういう趣味なの?」


 かけられた声の方を向けば、白髪の少女が、うんざりした顔でしゃがんでこちらを見つめていた。マズい、引かれる。


「はは、あー……悲しいときって、笑えない?」

「あたしには分からないけれど。まあ、そういう人もいるのかもしれないわね」


 床で読書をしていたまなは、ベッド脇に移動してきて、うんと伸びをした。


「マナは今頃、王都でしょうね」


 まなは、あえて、彼女の名前を出したようだった。僕が知りたがっていると察してくれたらしい。


「ありがとう、まなちゃん。看病してくれて」

「元気そうで何よりだわ。あんた、二日も寝てたのよ?」


 窓の外をみれば、日が高く昇っていた。二日も寝ていたとは驚きだ。本当に死にかけていたのかもしれない。


「何か食べる? 作ってあげるけど」

「え、まなちゃんって、料理できたの?」

「あんたね……。あたし、お弁当は毎日、自分で作ってるわよ」

「あ、確かに」


 やれやれといった様子で、まなはため息をついた。許可を求めて僕の部屋の冷蔵庫を開けると、適当に見繕って、支度を始める。


 黒いエプロンに黄色の三角巾。背が低いので、自室から台座を持ってきていた。


「何作ってくれるの?」

「毒よ」

「冗談かどうか分かんないからやめて!?」


 そんなこんなで、僕は騒がしく目を覚ました。


***


「あたし、ちょっと用があるから、留守番してくれる?」

「……いや、親なの?」


 わりと本気で困惑しながら尋ねると、まなは「親、ね」と小さく呟いて、


「まあいいけど、一人で寂しいからって、部屋を散らかしたりしちゃダメよ」

「僕、子どもじゃないよ?」


 とにかく行ってくるから、と言い残して、まなは部屋を出た。もちろん、監視カメラに追跡させている。


 彼女が向かったのは、一階の真ん中の部屋。扉をノックすると、中から青髪の男が出てきた。見たところ、僕たちと同じくらいの年頃だ。


 ちなみに、僕たちが通っているノア学園高等学校は、保育園から大学まである。ほとんどの宿舎は年齢層ごとに分かれているが、ここにいたってはそれすらもない。


『行きましょう』

『ああ』


 青髪の男はまなに鍵を渡して、男の自室を施錠させる。それから、まなは紐を取り出して、男に掴ませると、反対の端を握る。


「何してるんだ……?」


 しばらく見ていたが、会話の一つもない。しまいには、


『悪いわね、話すようなことが何もなくて』


 と、まなが言い出した。すると、青髪は、


『沈黙でも、気まずいとは、思わない』


 と、返した。その返答に、まなの赤い瞳がキラッと光るのが見えた。


「……うわあ、ときめいてる」


 誰が誰を好きか、なんて言うのは、見れば分かるの一言に尽きる。まなは、あの青髪に惹かれている。間違いなく。


 惚れたものは仕方がないと、参考にするべくして、僕は青髪を観察する。


『クレイアは、月とすっぽんなら、どっちが、好きだ?』


 青髪はまなを苗字で呼ぶらしい。


『すっぽんね』


 即答したまなに、青髪は、


『……なんでやねん』


 と、遅れて突っ込んだ。


『今の、突っ込む要素あったかしら?』

『普通、月だろ』

『月は見るしかできないけれど、すっぽんなら食べられるじゃない』

『すっぽんだって、必死に、生きて、いるのに、クレイアは、なんて、残酷、なんだ……』

『感謝してあげるから、安心して食べられなさい』

『弱肉強食』

『――それで、あんたはどっちがいいのよ?』

『すっぽんだな』

『なんでやねん』

『月は、遠すぎて、よく、見えない』


 どうにも、パットしない会話だが、本人たちは楽しげだ。なんだこれ、と言いたくなるが。


 それから、観察していて分かったことだが、どうやら、青髪は目が見えないらしく、魔力探知で視界を得ているようだ。


 その情報から、宿舎の面子を網羅している僕には、彼が誰か、割り出せる。


 彼は、ハイガル・ウーベルデンだ。


「相性はよさそうだけど、まなちゃんは、自分の気持ちに気がついてなさそうだし。――ウーベルデンくんも奥手そうだし、ま、大丈夫かな」


 などと考えていると、不意に、ハイガルが立ち止まり、手を差し出した。


『どうかした?』


 伸ばされる手を、まなが何気なく取ると、ハイガルは思いきり、自分の方にまなを引き寄せた。


「ぶふぅーっ!? 何々、なんで今!? 急展開すぎない!? 読めなかったあ……!!」


 などと、自分だけで雰囲気をぶち壊していると、ハイガルの顔を見上げたまなが――柔らかく微笑んだように見えた。


『なんとなく、懐かしい感じがするわね』

『そうか?』

『ええ。前にも、こんなことがあったような気がするの。……すごく、安心する』


 ――なんか、だんだん、恋愛ドラマ見せられてるような気になってきたんだけど。何、この仕上がってます感。運命の糸で結ばれてますってか? クソ、爆発っ爆発っ。


 なんて思っていると、ハイガルの盲目の瞳が、ちらと監視カメラの方を向いた。


 ――なるほどね、気づいててやったわけか。


「喧嘩売ってるのかなあ……?」


 届くはずのない声に応えるようにして、ハイガルは言う。


『クレイア。俺の彼女になれ』

『え?』

『返事は待つ』


 ――チッ、先を越された。わりと、告白したもの勝ち、みたいなとこあるんだよな。それが、続くかどうかは別として。


 だが。


「ヤバい。少なくとも、学生の間は続くなこれ。ここは……殺すしかないか」


 どれだけ犠牲を出そうとも、早く、彼女の願いを手に入れなければならない。

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