第1-6話

 放課後。白髪の少女が、ボールペンの先を、ノートに押しつけて、くるくると回していた。


「インクが切れたわ」


 僕と一緒に部屋で勉強していた彼女――まなは、そう言って立ち上がる。


「替え芯ないの?」

「ええ、ちょうどなくなったみたい。買ってくるわ」

「僕も行くよ」

「結構よ。歩いても十分で着くから」

「僕が行きたいんだよ」


 彼女の無言を了承と捉え、揃って廊下に出ると、まなは二つ隣の扉をノックした。


「マナ、ちょっといいかしら」

「――はい、少し待ってください」


 僕ならノックなしで開けるな、などと思いつつ、扉が開かれるのを待つ。


「はい、まなさん! ……あかりさんも一緒ですか」


 露骨に嫌そうな顔をされた。首から下げたヘッドホンからは、彼女の好きな曲が流れていた。タイトルは覚えていないが。


「今からアルタカに行くんだけど、その……」


 赤い瞳が僕に代弁を要求してくる。彼女は人をどう誘えばいいのか分からないタイプの魔族だ。要は、誘い慣れていないということ。


「アイちゃんも一緒に来ない?」

「アルタカ……ああ、ショッピングモールのことですね。ですが、よろしいんですか?」


 まなに尋ねながらも、アイのレモン色の瞳は僕を見据えていた。――きっと、僕が二人で出かけたいのだと、勘違いしているのだろう。別に、まなとの仲が深められればなんでもいい。


「早くしてくれる? 替え芯買いに行くだけだから」

「……分かりました。少し、待ってください」


 アイは魔法で早着替えをし、鍵を閉める。ちなみに、以前、鍵など簡単に開けられると言ったが、それは僕やアイに限った話であって、誰でも同じように、というわけにはいかなかったりする。


「部屋で何してたの?」

「音楽を聞きながら、素振りをしていました。最近、心が落ち着いているからか、精度が上がっているんですよ」


 ――それは、僕のことなど、もうなんとも思っていないということだろうか。


 事実かどうかはともかく、心にしっかりと、刺さった。


「そ。あたしのおかげね」

「はい。まなさんのおかげです」

「えっと、冗談のつもりだったんだけど……」

「はい。まなさんのおかげです」


 アイのまったく同じ答えに、まなが笑う。とはいえ、そんな雰囲気、というだけで、表情は変わらないのだが。


***


 そうして、替え芯を買うと、まなは、


「じゃあ、帰るわよ」


 と言った。まあ、そうくるだろうとは思っていた。


「えー。もっとゆっくりしていこうよ」


 てっきり、即拒否されるかと思っていたのだが、


「……仕方ないわね」


 と、渋々ながら、肯定の意を示した。


「それでは、私はこれで」


 代わりに、足早に立ち去ろうとするアイの腕を、僕は咄嗟に掴む。驚いて振り向くアイと視線が交錯し――一瞬、止まりかけた言葉を、無理やり押し出す。


「まあまあ、そう言わずに。アイちゃんも一緒に見て回ろうよ、ね?」

「――あなたがそれを望むなら」


 アイは、冷たく言い放ち、それ以来、目も合わせてくれなかった。


***


 アルタカモールを見て回り、アルタカアイスを食べて一休憩する。


「お姉ちゃんは? ――変なこだわりね」


 まなが、一人で話していた。アイスは、じゃんけんで負けた僕が三人分買ってきた。


「マナのやつ、一口もらってもいいかしら?」

「ええ、どうぞ。私ももらいますね」


 二人が食べ合いをするのは、なんとも、微笑ましい。


「あかりのも、もらっていい?」


 まながそう尋ね、返事をするよりも早く、アイが僕のアイスを一口すくう。それから自分のと食べ比べる。


 ――ヤバい。


「あかり?」

「うん、いいよ。まなちゃんのももらっていい?」

「ええ」


 これ、このまま食べたら、アイと間接キットゥだ。キットゥ。トゥだ。ヤバいヤバいヤバい。食べていいって、お達しが出たと思えばいいの、これ? いや、間接くらいで今さら何を、って思うかもしれないけどさ、アイのだけは、ほんと、緊張するっていうか。するっていうか。うーーーーーーーん、悩ましい……。


「ん、あかりのが一番美味しいわね」


 ダメだ。アイとの初トゥがこんな状況とか、無理。よし、まなちゃんに変えてもらおう。


「僕のと交換する?」

「いいの? ありがと」


 ふう、なんとか、事なきを得た。でも、味、全然分かんない。緊張しすぎて、舌が機能してない。


「意気地無し」

「げほっ、ごほっごほっ!」


 アイからの鋭い攻撃がっ。


「アイスは逃げていかないんだから、ゆっくり食べなさいよ」

「と、トゥけりゅ」

「はあ? 何って?」


 溶けるから、って言おうとしてめちゃくちゃ噛んだ。


***


 さあ帰ろう、と出口に向かって歩いている最中、ふと、まなが立ち止まる。


「どうされましたか?」

「……この箱、何かしら?」

「え? 何も見えないけど?」


 僕がそう答えると、まながその場にしゃがんで手を伸ばす。――触れた途端、消えていた黒い箱が姿を表した。


 その瞬間、僕はまなとアイの手を、思いきり引いて、一歩前に出る。そして、すぐさま、箱を覆うようにして、小さく、強固な障壁を張る。


 ――直後、障壁の中で爆発が起こった。

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