第1-5話

 あの日以来、僕はまなによく絡むようにしていた。


 現在、時は放課後。同じ宿舎の僕たち三人が一緒に帰るのが当たり前だとすり込んだ。


「ねえねえ、まなちゃん、今からカラオケ行かない?」

「カラオケ……って、何?」

「え、カラオケ知らないの!? アイちゃん、今の、聞いた?」

「そうやって人を馬鹿にするの、やめた方がいいですよ」


 そう言って、アイは不愉快な様子を隠そうともせず、そそくさと一人、先に帰ろうとする。


「あーあ、あんたが変なこと言うから」

「当の本人がこれなのにね」


 本人以上に怒りを露にするマナを、僕たちは追いかける。


「ねえ、マナ? あたしは怒ってないから、許してあげて?」

「――仕方ないですね。まなさんに免じて、許します」

「アイちゃんって、ほんと、まなちゃんのこと好きだよね」

「彼女のことが好きなのは、むしろあなたでは?」

「うーん、そっかあ、そうだよねえ……」


 返答に悩む僕に、彼女――まなが微笑を浮かべる。そこまで見抜かれているとは、いっそ、清々しい。


「それで、カラオケ、行く? 行かない?」

「行かないわよ。暇じゃないんだから」

「暇じゃないって言ったって、どうせ帰って勉強するだけじゃん」

「勉強するんだから、暇じゃないわよ」

「そんなんで何が楽しいんだか。アイちゃんは?」

「行きません」

「だよねえ。ま、部屋で歌えばいっか」


 そう言うと、アイに蔑みの視線を向けられる。いや、いつも汚物を見るような目で見てくるが、今回はそれ以上だ。


「あなたの歌なんて聞いたら、耳が腐ります。蜂歌祭に影響が出るので、やめてください」

「むしろこの毒舌、ご褒美な気がしてきた」

「ホウカサイ? 何それ?」


 そう尋ねるのは、変態発言をした僕ではなく、まなだ。彼女は僕よりも常識に疎いところがある。


「三百年に一度、ルスファ王国の王都である、トレリアンで開かれるお祭りです。女王の歌を蜜に変えて、先三百年の豊作を祈るんですよ」

「へえ、そんなものがあるのね。女王様は、さぞかし、歌が上手いんでしょうね」

「――ありがとうございます」


 感謝の意を述べるアイに、まなが首を傾げる。


「なんであんたがお礼を言うのよ?」

「……え」


 僕もアイも、開いた口がしばらく塞がらなかった。が、やがて、僕の方が耐えきれなくなって笑い始めると、鳩尾にアイの肘が入った。ごふっ。


「私の名前をご存じですか?」

「マナ・クラン・ゴールスファでしょ?」


 当たり前、と言った顔で答えるまなだが、本当に知らないらしい。


「ゴールスファのルスファは、この国の名前です」

「ええ、知ってるわ」

「……クランというのは、国王と王位継承権第一位にのみ与えられる称号ですよ」

「へえ……え? つまり、マナって――」


 アイは歩道の端で立ち止まり、華麗な礼を披露する。


「改めて。ルスファ王国王位継承権第一位、次期女王、マナ・クラン・ゴールスファと申します」


 まなはしばらく口を開けたまま放心して、


「……なんで王女様がこんなところで油売ってるわけ?」


 と、もっともなことを言った。それから、僕たちは再び、歩き始める。まあ、すべて、僕のせいなのだが――、


「詳しい事情は省きますが、全部、あかりさんのせいだとだけ言っておきます」

「チクられた!!」

「ふーん。あんた、あかりに振り回されて、大変そうね」

「本当に、大変ですよ。――お気遣いいただき、ありがとうございます。まなさん」


 ワンテンポ遅れて、まなはこう返した。


「あんたの笑顔って、すごく、寂しそうよね」


 僕には普通に見えたが、アイはその指摘に、目を大きく見開いた。


「今日、部屋に遊びに行ってもいいかしら?」

「別に、構いませんが……」

「ありがと、マナ」

「まなちゃんが行くなら僕も――」

「あなたは来ないでください!」


 ――結局、宿舎に着くまでアイの機嫌は直らなかった。


 仕方なく、自室から聞き耳を立てる。壁なんてないに等しい薄さなので、防音魔法でも使わない限り、丸聞こえだ。


『マナはいつ、正式に女王になるの?』

『そうですね。おそらく、蜂歌祭の前には』

『そうなったら、高校にはいられるの?』

『……正直、厳しいかと』


 初めて聞いた。マナが、高校からいなくなってしまうかもしれないなんて。


 気がつくと、僕は胸のあたりを、ぐっと握っていた。


『そう……。王様じゃあ、簡単には会いに行けないわね』

『会いに、来てくださるんですか?』

『……? ええ。だって、友だちでしょ?』


 ――ますます、まなが分からなくなった。素直じゃないかと思えば、こうやって、妙に素直なときもある。


 だが、一つだけ分かったことがある。


 彼女の言葉は、人を傷つけるために使われることがないということだ。


 ――ああ、綺麗だ。綺麗だから、めちゃくちゃにしてやりたいと、そう思ってしまう。


『私、本当は、蜂歌祭が終わったら、王都に帰ろうかと思っていたんです』

『……そう』

『でも、まなさんがいるなら、ここに残ってもいいのかもしれませんね』

『あたし?』

『はい。まなさんは、私の大切な人ですから』

『――あたしも、すごく、嬉しいわ。マナがいてくれて』


 そんな会話を聞きながら、僕は空間収納――魔法により、時空の歪みへと保存してあるワインボトルを開け、飲めもしない酒を一口飲み、吐き気に浸った。

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