第1-4話

「呪いって?」


 ろくな響きじゃないなと思いつつ、僕は彼女の腕を掴んだまま尋ねる。


「なんで、あんたなんかに教えないといけないわけ?」


 そう来ることは想定済みだ。そして、その答えはもう用意してある。


「もし答えてくれないなら、この傷、みんなにバラすけど?」


 僕は魔法で撮った写真を見せる。このように、魔法で撮った写真はすぐに現像されて、手元に残るのだ。


「あんた、いい性格してるわね」

「それは嬉しいねえ」


 さあ吐け、と、彼女の返答を待っていると――手から写真がなくなっていた。


「え……?」

「そういう呪いなの。まゆみのことを常に意識してないと、記憶から消える。そういう呪い。紙やノートに書き留めても無駄よ。ペンやインクで書いても消える。試しに、焼き印を腕に押したこともあるけれど、痛みに慣れたらそこまで。綺麗さっぱり、跡も残さず消えたわ」

「だから、毎日、腕に刻んでる、ってこと?」

「ええ。今話したことも、きっとすぐに忘れるわよ。だから、バラされても構わないってこと。分かる?」


 なんだ。――もうすでに、壊れてるじゃないか。


「ははっ」

「何笑ってるわけ?」

「まなちゃんって、めちゃくちゃ面白いね」


 危険を察知したのか、彼女が距離を取ろうとするが、僕はその腕を離さない。


「離しなさい」

「嫌だよ」

「警察呼ぶわよ」

「呼べるものなら呼んでみたら? この部屋にはあらかじめ、結界を張っておいたから。もちろん、魔法が使えない君に触れてても大丈夫な、設置するタイプのやつをね。叫んでも無駄だよ」

「携帯で呼ぶって可能性は、考えないわけ?」

「あり得ないね。魔法が使えなければ携帯も使えないんだから、君が持ってるわけないじゃん」


 すると、まなはため息をついて、「降参」と、左腕を上げた。


「煮るなり焼くなり痛めつけるなり、好きにしなさい」

「じゃ、僕と付き合ってよ」

「どこに?」

「そういうテンプレ的な反応いらないから」


 しばらく見つめ合っていると、不意に、まなが無表情のまま、左腕を振るった――が、今度はしっかり受け止める。ちなみに、彼女の利き手は左だ。


「やっと思い出したわ。あんた、さっきもあたしに告白してきたやつね」

「ほんとにやっとだねえ。それで、返事は?」

「絶対に嫌」

「なんで? 僕、君を助けてあげたんだけど」

「助けた――何の話?」

「だいぶ、取り乱してたから覚えてないかもね。君、地図買いに行ったでしょ? どうやってここまで帰ってきたと思う?」

「それは……」


 呼吸が波のように不安定になる彼女の腕の傷に、僕はしっかりと爪を食い込ませ、痛みで引き戻す。


「うっ……それでも、やっぱり無理よ」

「なんでさ? 僕、顔は悪くないと思うけど。付き合ってくれるって言うなら、女装もやめるし」

「別にそこは気にしてないわ。――ただ、助けてもらったのに、それを仇で返すような真似、できないわよ」

「あだ?」


 あだってなんだっけ、と思いつつ尋ねると彼女は、僕の黒瞳に、真っ直ぐに伝えてくる。



「想いが少しもないのに付き合うなんて、そんないい加減なこと、できないわ。だから、ごめんなさい」



 そう、大真面目に答えて、目を伏せた。


 ――その綺麗な返答が、心の底から腹立たしくて。衝動的に、傷口に立てていた爪を、さらに食い込ませる。


「いたっ……!」

「今日のこと、誰かに言ったら、この傷、治すから」

「別に、そんな風に頑張って脅さなくったって、誰にも言わないわよ」

「頑張って脅すって――」

「怖いんでしょ。好きな人に嫌われるのが」


 内心をぴたりと言い当ててくる、その洞察力と真っ直ぐな目に、僕は舌打ちをしてそっぽを向き、返答に悩む。


「助けてくれて、本当にありがと。借りは必ず返すから」

「嘘だ。付き合ってくれないくせに」

「あたしなんかと付き合ったって、恩返しにならないでしょ」

「じゃあせめて、僕のこと、好きになってよ」


 腕から手を離して、僕は彼女に懇願する。


「なんでそんなこと言うの?」

「それは教えられない」

「今までの会話、全部バラすわよ」


 ――やり返された。唇を湿らせ、足りない頭を必死に働かせて、彼女の性格に合う、最適解を導き出す。


「いいのかなあ? 助けてもらった恩人を、陥れるようなこと言って」

「うぐっ……」


 彼女はしばらく考え込むようにして、ため息をついた。


「努力するだけよ。保証はできないわ」


 努力はしてくれるらしい。僕に何の想いもないことを知っていても。


「それだけでも十分だよ。ありがとう、まなちゃん」



 部屋に戻り、爪の間を念入りに洗って、天井を見つめる。


 ――これは、思った以上に厄介な相手かもしれないな、なんて考えながら。

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