第1節 つまらない

第1-1話

「何か用? あたし、忙しいんだけど」


 僕は、


「じゃあ、付き合うからさ、それが終わったら僕にも付き合ってよ?」


 君を、


「は? なんでそんなこと、あんたに決められないといけないわけ?」


 絶対に、


「君が好きだからだよ。一目惚れってやつ?」


 ――おとす。


「だからさ、付き合ってよ?」


***


 ――妹が亡くなって、一年ほどが経った。


 現在の僕。白髪の少女にビンタされた。めちゃくちゃ痛い。いや、それ以上に、気持ち悪い。


「何をやっているんですか」

「何って、告白だけど?」

「初対面の相手に対する礼儀としては満点ですね」

「やったあ。わあいわあい」

「はあ……」


 敗因は簡単だ。初対面の僕と彼女の間には、まだ付き合うに値するほどの絆がなかった。以上。


 まあ、僕にしてみても、彼女の名前が「マナ・クレイア」であるということや、白髪であること、サイドテールだけ赤みがかっていること、瞳が赤いこと、それから、身長、体重、生年月日、家族構成などの基本情報くらいは知っているが、その内面についてはほとんど知らない。なんか、ストーカーっぽいな。


 そうして、現在、僕の右頬の腫れを魔法で治してくれている彼女は、マナ・クラン・ゴールスファ――僕の元カノだ。色々あって、ついこの間、別れたのだが、まあ、色々あるのだ。


「ま、でもこれで、僕の顔は覚えてくれたでしょ」

「あなたは一体、何がしたいんですか? 理解に苦しみますね」

「おっ、理解しようとしてくれてるの?」

「あなたという人は……はあ」


 昔は、たいていのことは笑って許してくれた彼女だが、別れた後から、ため息の回数が増えた。元々、外で暗い表情など、滅多に出さない性格であることを考えれば、信頼されていると捉えられなくもないが。


「いや、色々考えてたんだよ? でもさ、好きの反対は無関心って言うじゃん?」

「それは、愛の反対では?」

「あ、そうなの? ま、どっちでもいいけどさ。つまり、嫌い嫌いも好きのうちってね」

「それでわざわざ嫌われたんですか」

「そ。僕って、天才じゃない?」

「とんでもない馬鹿ですね」

「やっぱり? ありがとう」


 誉められてもいないのにお礼を言うと、マナは深々とため息をついた。


 とはいえ、印象づけることはできただろう。あとは、少しずつ関係を修復していき、構築していき、最終的に、僕なしでは生きられないようにする。


 ――完璧な作戦だ。


 そして、関係を修復、および、構築するために、何より大切なことは、相手をよく知ること。


「ってことで、ストーカーしようと思う」

「犯罪ですね」

「分かってるって。ま、すでに前科持ちだし、今さら何したってたいして変わんないって」

「彼女の心証を害することになります」

「シンショー……って、何?」


 またしても、マナはため息をついた。


「もういいです。お腹が空いたので、何か作ってください」

「はいはい」


 ちなみに、現在、ストーカー中。魔法で小型監視カメラを作り、それに彼女を追わせている。


『へえ。スーパーって、学校の横にあったのね。ありがと、ルーバンさん』


 彼女は、並んで歩く、水色髪のクラスメイトにお礼を言った。学校帰りに買い出しに出る予定だったらしく、道を教えてくれた少女――ロアーナ・フォン・ルーバンに、最寄りのスーパーまで着いてきてもらっている形だ。


 ただ、今のところ、マナ・クレイアの表情はぴくりとも動かない。思えば、僕をビンタするときでさえ、無表情だった。


『全然、気にしないで! もう、本当に、全然!』

『そこまで言われると逆に気になるわね』

『えっ!? あっ、全っ然! 嫌味とか、そういうつもりじゃなくて』

『分かってるわ。でも、気をつけなさい』

『……クレイアさんって、意外と優しいんだね』

『意外と、って、どういう意味かしら?』

『えっ、あ、いや、えーっとぉ……』


 そんな会話を横目で監視しつつ、僕は玉ねぎをみじん切りにしていく。料理を始めたのは五歳頃なので、さすがに慣れた。


 ちなみに、白髪サイドテールの彼女は最初、なかなか道を尋ねることができず、苦戦している様子だった。本人は気づいていないようだが、話してみると、剣幕がすごい。それで、誰にも立ち止まってもらえないどころか、逃げられてしまったというわけだ。


 ――そのときに助ければよかったんじゃないかって? いや、そうしようと思ってたんだよ? でもさ、ビンタされたときに、机の角に頭ぶつけて、気絶したんだよね。


 それで、気づいたら、マナに部屋まで運ばれてたって話。


 こう見えて、マナってめちゃくちゃ強いからさ。ま、美少女、それも元カノに背負われてたって考えると、情けなくて泣けてくるけど。


『クレイアさん。このあと、何か用事ある?』

『は? なんで初対面でそんなこと教えなきゃいけないわけ?』

『いや、無理にとは言わないけどー』

『じゃあ聞かないでくれる?』

『えー、じゃあ教えて?』

『じゃあって何よ』


 彼女は気が強い。そして、秘密主義だ。さらに、人の言葉の細部にまで敏感に反応する。


 そんな情報をインプットしていく。


『いいからいいから。実はこのあと、今日できた友だちと集まろー、って話になってるんだけど、来ない?』

『行かないわ』

『用事があるから?』

『は? 用もないのに断るわけないでしょ?』

『――ってことは、本当は来たいってこと!? だよね!?』

『そんなこと、一言も言ってないんだけど。……まあ、行きたくないってわけでもないけれど』

『――クレイアさんって、ツンデレなんだね』

『引きちぎるわよ』

『ごめんなひゃい』


 ロアーナ・フォン・ルーバンは、マナ・クレイアに頬を引っ張られた。


 彼女も、なかなかに素直じゃない。これは、思ったよりも、攻略しがいがありそうだ。


「よし、できた。マナ――じゃなかった。アイちゃん、ご飯にしようか」

「……はい」


 マナだから、愛。アイちゃん。元カノとマナ・クレイアは名前が同じなので、アイちゃんと呼ぶことにした、というだけの話。


 そんなアイは、どこか不満げな様子だったが、特に何も言わず、黙々と僕の手料理を食べ始めた。

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