第0-4話
いつものように、二人仲良く、並んで一緒に寝ていると、朱里が尋ねてくる。
「ねえ、お兄ちゃん。今日、ボクが見てない間、何してたの?」
「何って、わざわざ言うほどのことじゃ――」
「マナに婚約指輪でもあげた?」
――まるで、見ていたかのようなことを言う。魔法が使えない間は、監視ができなかったはずなのに。
「ボクがどれだけ、お兄ちゃんのことが好きだと思ってるの? 分かるよ、そのくらい」
「……ごめん」
「ううん、謝らないで。ちゃんと、マナの心を壊そうとしてくれたんだよね」
確かに、僕は彼女を、めちゃくちゃに壊したいと思っている。
でも、だからといって、そうするかどうかは、また別の話だ。
マナはすごく綺麗だから、壊れてしまえば、より綺麗なのだろう。
それでも、今のままの方が、いいに決まっている。僕と朱里以外にとっては。
「――朱里、もしかして、マナと二人で出かけたりする?」
「うん。今度、マナと二人で買い物に行くことになった」
「ああ、やっぱりね。なんか、そんな気がした」
「じゃ、殺しちゃっていい?」
そう言うだろうと思った。僕もそんなに鈍くない。このままいけば、確実に、自分がマナに惹かれていくと、分かっていた。
「別にいいけどさあ……。独占欲強すぎない?」
「だってボク、お兄ちゃん大好きだからっ」
朱里の方が、僕より早く気がついていたようだ。
――殺す、か。まあ、その方がいいのかもしれない。僕に惚れてる時点で、あの子が不幸になることは確定してるみたいなものだし。
でも、死んだら壊せないのか。それは、ちょっと嫌だな。
「それか、お兄ちゃん、自分で殺る?」
「いや、殺したいとは思わないかな」
「だよねえ。お兄ちゃんは廃人を作るのが好きなんだもんねえ」
「人聞きが悪い!」
「事実じゃん」
まあ、否定はできない。
召喚される前、僕にベタ惚れさせて、僕なしじゃ生きられないようにして、最終的に捨てた女の子が何人か――いや、結構いたような気がする。
僕なしじゃ生きられない、という時点で詰んでいるのだが、そんな顔を見るのも好きなのだが、一番盛り上がるのは、そこじゃない。――捨てる瞬間だ。
相思相愛だと勘違いして、一方的な愛情を向けてくる相手を、散々振り回した挙げ句、捨てるその瞬間。
あの絶望した顔。
全部失ったみたいな顔。
自分が世界で一番不幸みたいな顔。
なんで、どうして、わけが分からない。私の何が悪かったの? 待って、行かないで、私にはあなたが必要なの。――そうして縋ってくる、その顔。
その顔がたまらなく、好きなんだ。
そして、その顔に、
「気持ち悪い勘違いしてたみたいだけど、僕は君のことなんとも思ってないよ。他に好きな子いるし」
とか言ってやるのが大好きだ。めちゃくちゃ興奮する。
そんな子が自殺したとか聞くと、もう最高だよね。たまに、僕のこと殺そうとしてくるけど、その狂気に満ちた顔も、ゾクゾクする。死ぬこともできずに、酒や薬に溺れてダメになってる姿も愛おしい。
――ああ、こんなにも、自分を愛してくれてたんだなあって思えるからさ。
でも、その顔は、誰にでも似合うわけじゃない。
その辺で釣ってたら引っかかるような、遊び慣れている子はだいたいダメだ。似合わない。そもそも、僕に一途になることがない。ま、一途にさせようと思えばできるんだけど。
穢れを知らない、無垢で、純粋で、綺麗な子にこそ、堕ちた姿は、似合う。
これが僕なりの、最上の愛だと思っている。
ま、今までで一番、興奮したのは、妊娠させたときかな。産まれるまでは、一生側にいる、とか適当に言っておいて、親族とかにも挨拶して。いざ、出産、ってなったときに、消える。
それでも、まだ信じてる彼女の前で、違う女の子とキスをする。そして、ホテルにゴーする。まあ、これでも僕、十三歳なんだけど、身分証は朱里が魔法で偽造したから、問題なし。
あのときの顔は、最高に興奮した。
ちなみに、結婚しようと言われたら、婚姻届は基本、役所が休日のときを狙って入れるか、出しておくと言って燃やす。どうしても直接、となったら、朱里に魔法で審査を通してもらう。一応、僕は戸籍上だと、死んだことになっている。
なぜ、そうなっているかと言うと、朱里が親を殺したときに、僕のこともパーツごとに切り分けたからだ。両親の肉は美味しくいただいた。
――え、それ僕も死んでない、って? いやいや。
腕を切ってすぐに生やせば、二本になるんだよ。まさしく、魔法って感じ。
さすがに、頭が二つになったときは、本当に死ぬかと思ったけど。意識が二つに分かれて、死にかけている方の意識が引き剥がされて、もう片方が残る感じだ。まあ、そんなつまらない話はともかく。
これで、僕は正真正銘、庇いようのないクズで、廃人を作るのが本気で好きな異常性愛者だということは、十分、伝わっただろう。
「マナを廃人にさせてくれないかなあ、朱里ちゃん?」
「えー、ダメ」
「なんで? 珍しいじゃん、いつもそんなこと言わないのに」
「だってあの子、綺麗すぎるんだもん。このままだと、お兄ちゃん、本当に盗られちゃう」
「ま、確かにね」
これ以上、食い下がると、本気で機嫌を損ねかねないので、やめておく。
「じゃ、今日もお仕置きね? ボクに隠しごとしようとしたからさ」
――朱里の彼氏になる人は、大変そうだなあ。
「今日は何? 心臓?」
「ううん。今日は虫」
虫は本当に無理。トラウマが多いのだ、主に、朱里のせいで。
「へえ、嬉しいなあ。耳にムカデでも入れるの?」
「それもいいけど、もっと内側で感じたいでしょ?」
――本気でご遠慮願いたいです。
「まず、目隠し、つけて」
「うん、分かった」
すでに、恐怖で頭が真っ白だ。何か考えてないと、このまま恐怖に支配される。
「ちょっとお腹裂くけど、我慢してね」
え、いや、ちょっとって――。
「づぁっ――!?」
あり得ないくらいの激痛。無理、でも、震えちゃダメだ、声も抑えなきゃ。服? そんなの最初から着てない。着てたら怒られるし。動物かよ。無理、熱い、痛い。こんなに痛いのに、ほんとにちょっとしか、裂いてないんだろうな。
「じゃ、まず、一匹目ー!」
――何かが、体の内側を蠢いている。這っている。むり、むりむり。
「何の虫だと思う?」
知るわけないだろ。でも、早く考えないと。ミミズ? ムカデ? いや、そんなに細くない。むしろ、ちょっと平べったい感じで。カブトムシ? いや、角が引っかかったりしてないから――、
「ゴキブリ?」
「せいかーい! さっすがお兄ちゃん! じゃあ、どんどん行くねー!」
異世界にもいんのかよ、黒いやつ!!
――そうして、次から次へと、流れ込んでくる。小さな虫から大きな虫まで、うじゃうじゃ這っている。内臓を食い破られる。皮膚の内側を刺される。全身を好き勝手におかされる。痛い。熱い。怖い。死ぬ。死ぬ。死ぬ。気持ち悪い。無理。ダメだ、笑わないと。気をそらせ。
――これ全部取り除くとかどうやるんだろう。一匹残ったら大変だよね。あー虫さんたち、みんな美味しい? そりゃよかった。もっとゆっくりお食べ。
耐えきれずに、体が痙攣する。だが、笑顔を作っておけば、
「おっ、そんなに嬉しい? じゃあ、外側も同時に行こうか。うんうん、盛り上がってきたね。よし。そんなに喜んでくれるなら、全部の穴から入れちゃおっ」
ほら、この通り、笑顔って大事。お仕置きのおかわりはないってさ。
は。はは。はははは。
やっぱり、この世に希望なんて、ないよなあ。
***
この日はちょっと、大きな失敗をした。ついうっかり、龍神クレセリアの像を壊したら、意識がなくなったのだ。
そして、その間、僕はマナと二人きりだったらしい。
――これはさすがに死んだなって思ったよね。あれ、マナ生きてるじゃん、って思った? なんか、殺せなかったんだってさ。
あれからずっと、朱里は不機嫌だ。
「本当に、記憶ないんだよね?」
「うん、本当。何にも覚えてない」
「――あの子に、何か教えた?」
「分からない。本気で覚えてないんだ、ごめん」
誠意を込めて謝ったところで、正直、もう遅いよね。お嬢さん、ナイフ、肩に食い込んでますよ。いてててて。
「あのお姫様、本当に死んでほしいんだけど。お兄ちゃん、処分してくれない?」
「いやあ、無理だね。今のところは」
――ナイフがさらに押し込まれて、その後、雑に引き抜かれる。それを、朱里は振りかぶる。
「あーもうっ!!」
ナイフ、来る。目に向かってる。確か、目は魔法でも治せないって聞いたな。
――え、これ、チャンスじゃん! 朱里にやられたーって言ったらさ――いや。言ったって、何になるんだ。
朱里は、素行よく、真面目に働いて、みんなに好かれている。
僕は朱里のために、みんなから嫌われている。
どっちを信じるかなんて、考えるまでもない。
ま、隻眼もカッコいいかも――。
と、そのとき。コンコン、と、部屋の扉がノックされ、朱里の手がピタリと止まる。
「マナです。開けていただけませんか?」
天からの救いの声に聞こえた。
「……マナ様ですね、少し待ってください」
朱里は僕の肩の傷を舌で舐めながら治し、ナイフをどこかへとしまうと、服を着始めた。それを見て、僕も服を着用する。
「はい、なんでしょう?」
「よろしければ、今日から一緒に寝させていただけないかと思いまして」
「え、なんでさ?」
――いや、普通、なんでってなるよね。そりゃ、美少女と一緒の部屋で寝るとかめちゃくちゃ嬉しいけど。
「お二人と、もっと仲良くなりたいので。――ダメ、ですか?」
イエス! ――と、即答したい気持ちを抑えて、対応は朱里に任せる。
「私たち、寝るときに服、着ないんですよ」
いや、急に何、カミングアウトしてるの?? ほら、マナも固まってるって。――ま、朱里はこの子と一緒に寝るの嫌なんだろうけどさ。
「自然のままで寝る、という風習が我が家にはあって。ちょっと、変わってますよね」
そんな風習初めて聞いたけどなあ? お母さんもお父さんも何も言ってなかったけどなあ? むしろ、風邪引かないようにって、服着てたけどなあ?
「分かりました。――では、私も脱ぎます」
は!? いやいやいや、なんで!? 帰った方がいいって! こんな変態兄妹と一緒に寝ない方がいいよ!
――って言いたいけど、朱里がいるから言えない……! そして、個人的には、めちゃくちゃ見たい……!! でも、自分大切にしてほしい……!!!!
「そんな! マナ様にそこまでしていただくわけには……」
「いえ、言いづらいことを打ち明けてくださったのですから、私もそれを受け入れるべきかと」
待って、この子、面白いんだけど。僕、こういうの大好きなんだよね。
「ですが、えっと、マナ様の裸を見ると、あかりが、その、大変なことに……」
なるほど、そう来たか。まあ、実際は慣れてるから、何ともならないだろうけど。嬉しいだけで。
「大変なこと、とはなんですか?」
――はい、知らなかったあ! え、マジで? 知らないの? 嘘でしょ? ほんと穢したい、壊したい、めちゃくちゃにしたい……。ええ、もう、ヤバイんだけど、何この子……。性癖にドストライクだあぁ……。
「マ、マナ様は、あかりの裸を見ても、なんとも思わないんですか!?」
おっとぉ、朱里が焦っているぞ?
「そうですね。私、こう見えて変態なので、実はそういうことに興味があるんです」
――分かりやすい嘘ついたなあこの子。見れば、変態じゃないということくらいは分かる。むしろ、変態にしてやりたいって思うし。
でも、そこまでして一緒に寝たいって……仲良くなりたいにしても、ちょっと、引っかかるな。やっぱり、僕が意識のない間に、何か言ったのかもしれない。
「それに、あかねさんだって、女性なんですから、いくら家族とはいえ、あかりさんと全裸で寝るのは抵抗があるのではありませんか?」
「いや、そう、ですけど……」
「でしたら、せっかく異世界に来たんですから、昔の風習は一度忘れて、こちらに従ってみる、というのはどうでしょう? すべてを捨てろ、とは言いませんが、たまには違う環境を体験してみるのもいいかもしれませんよ」
――どうりで朱里の機嫌が悪くなるわけだ。マナの方が一枚上手だから。
「……分かりました。では、一緒に寝ましょう」
あかねは、渋々、納得させられた。
「はい。あ、もう脱ぎますか?」
「脱がないでください! ……まったく、マナ様はちょっと、無防備すぎますよ。そのうち、あかりに襲われますよ?」
「私は強いので、大丈夫です。防具がなくとも、あかりさんごときに負けたりしませんから」
「いや、僕の扱い酷くない!?」
それからマナは、毎日、僕たちと一緒に寝た。そのおかげで、僕は罰を受けなくて済むようになった。
***
「僕と、付き合ってください!」
「ないです」
――これで通算、九十八回。ずっと、マナにフラれ続けている。マナの方が好きなくせに、なんで僕がフラれてるんだろうか。はあ……。
なぜこうなったかといえば、だいぶ前の話にはなるが、またまた、朱里が変なことを言い出したのだ。
『マナと付き合ってもいいよ』
『え? いいの?』
『うん。殺すのは時間がかかりそうだから、いつもみたいに、先に壊しちゃってよ』
ちなみに、この後、部屋にマナが来たため、その日は特に何も起こらなかった。
――いや、思えば、ここに来て始めの一ヶ月以来、何も起きていない。お風呂も前は一緒だったが、マナが押しかけてくるので、別々になった。
そして現在、朱里と二人きりの時間は、朝以外、ほとんどない。平和すぎて、怖いくらいだ。まあそれはいいとして。
――結局、わりと本気でマナを好きになってしまった。
だってさ、可愛くて、いい子で、めちゃくちゃタイプなんだよ? 好きにならない理由がないよね。あ、もちろん、性癖的に、壊したいってことね?
「ねえ、僕、何がダメ?」
「自分で仰ったではありませんか。私から一本取ったら付き合ってくれと」
「だって、あのときは、マナがそんなに強いなんて思わなかったんだよ!」
マナ・クラン・ゴールスファ――人類最強の名を持つ、世界で最も愛されている第二王女。王位継承権第一位。頭もいい、運動もできる、魔法も強い、性格も好き、そして可愛い。
いや、人類最強とか、勝てるかっ!
「日に日に強くなっていますね」
「そりゃ、一応、鍛えてるからねえ」
一応とか言ってるけど、ほんとはめちゃくちゃ鍛えてる。常に何か握ってるよね。あと、基本的に座らないようにしてるし、毎日走り込みしてるし――ま、結局、足はそんなに速くならなかったけど。
「手、見せてもらってもいいですか?」
僕の許可を待たずして、マナは僕の右手を持っていき、その表面を指で押す。
――この距離感。この子、自分が強すぎるからなのか、天然なのか、はたまた狙ってるのか、無防備に見えるんだよね。ま、実際はこの距離からでも、押し倒すことすらできないんだけど。
「固いですね」
「ま、鍛えてるからね」
「努力の証ですね。――好きですよ」
……好き!
するりと、マナは僕の手を離す。
「婚約してくれたら、好きなだけ頭を撫でさせてあげます」
「……じゃあ、付き合ってよ」
「無理です」
はい、今ので九十九回目。自然な感じならいけるかなと思ったけど、無理です、だってさ。もう、傷つく心すらないよね。ないとか言いつつ、こんなのでも、しっかり傷つくけどさ。
「てか、マナの方が頭撫でてほしいんじゃないの?」
「はい、撫でてほしいです。ですから、頑張ってください」
あー、そうだよね。そんなわけないよね。それにしても、相変わらず、スパルタだなあ。でも、マナって自分に一番厳しいんだよね。僕ももっと頑張らなきゃだなあ。
――あれ? 今、撫でてほしいって言わなかった?
「撫でてあげようか?」
「は? 撫でてほしいなんて言ってませんけど」
「いや、その返しは言ったよね!?」
「なんであなたなんかに、撫でられないといけないんですか?」
「何、今の落とし方!? 上げて下げるとか、一番嫌なんだけど!?」
「うるさい人は嫌いです。では」
――嫌いって言われた。無理、立ち直れない。
いやいや。でも、一本取ったら、ちゃんと婚約してくれるらしいから。頑張れ、僕。
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