第0-3話

 朱里と上手く離れられる日が、この先、いつ来るか分からない。そのため、プレゼントを購入した僕は、必死になってマナを捜していた。


 ――てか、城広すぎ! 見てるときはワクワクしたけど、人捜しとか、ほぼ無理じゃん!


 まだ魔法もほとんど使えないし、原始的な方法でいくしかないか。



「ねえねえ、そこの人、ちょっといいかな? この辺でマナちゃん見なかった?」



 そうして、何人に声をかけただろう。やっと見つけたはいいものの、もう、くたくただった。できれば、万全な状態で贈りたかったのだが、仕方ない。



 やっと見つけた背中へと声をかける前に、一旦、呼吸を整えて――、



「そんなところで、何をされているんですか?」

「いやっ! あ、え、あ、えーと……」


 ――背後なんだけど? 気配殺してたんだけど? なんで気づいたのこの子?


 てか、僕、動揺しすぎ。


 マナはこくっと首を傾げて、僕の言葉を待っている。


 ちなみに、実際のところ、なぜマナなのかと問われれば、朱里にこう言われたからだ。


『この世界の中心はマナだから、あの子に嫌われさえすれば、世界からも嫌われる。だから、お兄ちゃんは、あの子に嫌われることだけ考えて。――絶対に、好きになっちゃダメだからね』


 あの日、なんか執拗に胸ばっかり撫でられたんだよなあ。はは、おえっ、きもち悪っ。


 ――ま、嫌われるって言っても、嫌がらせをするとか、嫌いですって態度を取るとか、不潔な感じを出すとか、色々やり方はあるけど。


 僕が思うに、そんなくらいじゃ、この子は人を嫌ったりしない。


 多分、この子は本当の「いい子」ってやつだ。しかも、僕に惚れてるらしいし。てか、それなら、普通に付き合わせてよ。こんなスペック高い子、異世界にもそうそういないって。


「ゆっくりでいいですよ。落ち着いて、話してみてください」


 ――本当に、綺麗だよね。あー壊したい。めちゃくちゃにしたい。穢れさせたい。僕に惚れてさえなければ楽なのになあ。


 ちなみに、最初は嫌われるために、上げて落とす、つまり、惚れさせて振ろうって思ってたんだけど。惚れられて振った、だと、めんどくさいんだよね。


 でも、朱里の機嫌を取るためには、マナに嫌われるしかないから、とりあえず、一旦、好かれにいくしかない。なのに、朱里にバレたら心臓にキス。矛盾が酷い。


「――これ」


 そんなことを考えていたら、つい、素っ気なく差し出してしまった。何やってんだか。


「これは――指輪、ですか?」


 そう。ピンクトルマリンの指輪。なんでも、魔力を込めると思い出を閉じ込めておける代物だとか。指のサイズ? そのくらい、見れば分かるじゃん。


「私に?」

「それ以外に誰がいるのさ」


 早く受け取ってくれないかな。ただでさえ、値切ってて、買うのに時間かかってるし、あんまり長いと、朱里に怒られそうだから。


「どういった意図ですか?」

「特に深い意味はないけど」


 いやいや、言えないでしょ。君に嫌われるためです、とか。


「えっと、どの指につければいいですか?」


 ああ、そういう意味か。まあ、後の演出のためにあの指にしたから――あそこだよ、ほら、あそこ。


「それ」

「どれですか?」


 ダメだ、名前が出てこない。あの指、なんて言うんだっけ? あああ、早くしないと。


 まあいいや、つけちゃえ!



 思いきってマナの左手を取り、指輪をはめる。



 ――あれ。触れても、気持ち悪くならない。なぜに?


 思わず、掴んだまま、その手をまじまじと眺める。綺麗な手だなあ。すべすべだし。


 って、そんな見てたら引かれるって。


「ありがとうございます。――とても、嬉しいです」


 花も恥じらうような笑みだった。


 それが、僕なんかに向けられているというのが、すごく、もったいないように感じた。


「そうやって、誰にでもニコニコするの、やめた方がいいよ」

「え?」


 君のその笑顔は、こんなところで安売りしていいものじゃない。その笑顔に救われる人が、きっと、何人もいる。


 僕が、痛みや苦しみから、逃げるために浮かべる笑顔とは、全然違う。


 ――ただの笑顔一つなのに、住む世界の違いを、これでもかというほどに思い知らされた。


「ま、せいぜい、その日まで大事につけておいてよ」

「はい、大事にしますね。ありがとうございます」


 マナは本当に大切そうに、指輪のついた手を胸に抱き寄せて、可憐に笑った。


 それから、頬をパンパン、と叩き、笑みを消した。僕が笑うなと言ったからだ。


 ――僕も、そんな風に穢れを知らないまま、生きていたかった。


「……じゃ、僕はこれで」

「あ、待って」

「何?」

「これ、映像が保存できるものですよね?」

「あー、思い出を閉じ込めておけるってやつ?」

「はい。せっかくなので、魔法の練習もかねて、やってみませんか?」


 あんまし長いと、朱里に怒られないかなあ。時間がヤバイんだよね。いや、二時間とは言われたけど、常に怖いじゃん?


「どうしてもお忙しい、ということでしたら、無理に、とは言いませんが」


 そんな寂しそうな顔しないでよ……仕方ないか。


「どうやってやるの?」

「魔力を込めている間だけ映像が記録される仕組みです」

「あーなるほどね」


 魔力の使い方の基礎は習った。ただ、僕は覚えが悪いので、何かをしようと思えば、人の十倍程度の努力じゃ足りない。


 ということで、実は、常に微量の魔力を放出するようにしている。結構疲れるんだよね、これ。


 などと考えていると、マナが、僕の左手の同じ位置に指輪をつけてきた。


「追いかけてきて、撮ってください」

「追いかけてきてって――」

「捕まえてくれるまで、帰しませんよ」


 そんなことを言いながら、マナは髪の毛をポニーテールに結び、楽しそうに駆けていく。


 ――いや、ちょっと待て。今、この子、なんかとんでもないこと言わなかった?


「ちょっ、待ってよ!」

「嫌です」

「嫌です!? いや、待ってって!」


 桃色のポニーテールがふわふわと揺れ、彼女は城内の草原を楽しそうに走る。


 ――なんで走るかなあ!?


 手加減はしてくれているが、それは、簡単に捕まってくれるというわけではない。むしろ、すれすれのところでかわすので、タチが悪い。完全に遊ばれている。


「あかりさんは、足が遅いんですね」

「遅い、けど……悪い!?」

「よろしければ、私と一緒に練習してくれませんか?」

「練習……?」


 やっと立ち止まったマナの横で、僕はみっともなく、膝に手をつく。走る練習かあ……まあ、歩けるようになったんだし、速く走れるようにもなるかも。


 なんて思っていると、マナの方から僕の手を掴んでくる。え、何――。


「足が速い人は、カッコいいと思うんです」

「嫌味?」


 そう尋ねると、マナは続けた。


「足が遅い人は、可愛いと思います。私、可愛い人が好きなんです」

「嫌味じゃん」

「でも、一番は、その人らしいこと、だと思うんです」

「ほぁ……?」


 ――よく分かんないなあ。あ、あれか。遠回しに僕のこと好きだよって言ってるのか。なるほどね。ちょっと、いじめてみるか。


「マナちゃんってさ、もしかして、僕のこと、好きなの?」

「いえ。全然」


 ――あるぇ?? おかしいな。即答なんだけど。動揺の気すら見せないし。


「え、じゃあ、誰のことが好きなの?」

「特にいませんが……あなただけは、ありえませんね。ごめんなさい」


 なんかフラれたみたいになったあ!?!?


 ちょっと、レイサン、話が違うんですけど??


「じゃあ、なんで急にそんな話したのさ?」

「あなたは私のことが嫌いですよね? 私に好かれないために、足は速くしておいた方がいいと思いますよ」


 いや、いやいやいや。待って、え、そういう話なの? いや、僕、別に君のこと嫌いじゃないんだけど。むしろ、タイプなんだけど。朱里さえいなければ。


 でも、そっか。好きじゃないなら、まだ楽だ。


「ま、付き合ってあげてもいいよ。練習にね」

「ありがとうございます。では早速、逃げるので、追いかけてきてください」


 そう言って、するりと手を離そうとするマナを、咄嗟に引き留める。


「今日は捕まえたから、もう終わり。ほら、指輪返すよ」


 マナの手のひらに置こうとすると、ひらっと甲を返して、


「つけてください」


 と言った。いや、好きじゃないんでしょ? 僕が勝手に思わせぶりと勘違いしただけで。


「なんでさ、自分でつけなよ」

「つけてほしいからです。つけてください」


 ――なんか、そう言われて意識すると、変に緊張するなあ。


「早く、早くっ」

「嫌だよ」

「なんでですか?」

「つけたくないから」


 見るからにしょんぼりした顔をして、マナは僕の手から指輪を取り、自分ではめようとする。


 ――捨て犬みたいだな。


 仕方ないので、僕は指輪を取り返して、マナの指にはめる。


 この指は――思い出した、そう、薬指だ。この指輪は後に、婚約指輪にするつもりだから。


「……どうして、つけてくれたんですか?」

「はあ? 君がつけてほしいって言ったんじゃん」

「言いました。でも、あなたはつけたくないと――」

「あーもう、めんどくさいなあ! つけてやったんだから、満足だろ! 僕はもう帰る!」


 朱里が怖いから早く帰りたいんだって。いや、一緒にいたいとか言うなら話は別だけどさ、そういうわけでもないじゃんか。なんなの、この子。


「――ありがとうございます。では、一緒に帰りましょうか」

「いや、なんで?」

「帰る方向は一緒ですから。……それに、前々から、二人きりでお話してみたいなと思っていたので」



 ここまで来て、ようやく、僕は、レイの言葉の大事な部分を思い出す。



『あれは完全に、一目惚れというやつでしょうね。本人は気づいていないみたいですが』


『本人は気づいていないみたいですが』


『ほんにんは、きづいていない』


 ――やっぱり、僕のこと好きなんだ、この子。


「あかりさんは、音楽などは好きですか?」

「いや、別に」

「では、私の好きな音楽をお渡ししますね」

「なんで? 僕は君が嫌いなんでしょ?」

「――好きになってもらいたいんです。いがみ合うよりも、友だちになれた方が楽しいので」


 あーもう、めんどくさいなあ! 嫌ってくれよ!

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