第0-5話
今日は朱里の十四の誕生日だ。つまり、僕の誕生日でもあるのだが、当然、朱里が祝ってくれたことなど、一度もない。――いや、お母さんとお父さんが生きてたときは、一応、祝ってくれてたか。
ちなみに、僕は毎年、ちゃんと祝っている。別に、祝わないと機嫌が悪くなるわけでも、祝ったから喜ぶわけでもないけど。
――誕生日って、祝ってもらえたら、嬉しいじゃん?
ま、それだけ。クリスマスとかも、朱里が両親を殺した年からは、僕がサンタだった。サンタはいい子のところにしか来ないらしいから、多分、来ないだろうなって思ったんだよね。こっちにも同じような日があったので、今回も枕元にプレゼントを置いておいたのだが、それは、別のお話。
――そうして、目覚めてすぐの朱里に、プレゼントを渡す。
「朱里、誕生日、おめでとう」
マナは朝が早いので、もう部屋にはいない。今は二人きりだが、朱里は朝が弱いので、何もしてこない。
ちなみに、朱里は僕を監視しているが、僕は朱里のすべてを知っているというわけじゃない。たまに、どこかへ出かけていたりするが、わさわざ、何をしていたのか聞いたりはしない。だいたい、自分から話してくる。
「……お兄ちゃんさ、なんでボクに毎年、プレゼントくれるの?」
「え?」
「だってお兄ちゃん、ボクのこと、好きじゃないじゃん」
――え? 急にどうした? 怖い夢でも見たのかな?
「僕が好きなのは、朱里だけだよ」
適当な言葉を並べて、そこにありもしない感情を乗せる。それから、ベッド脇に腰かける朱里の隣で、彼女の頭を抱き寄せて、たっぷりとキスをする。体が吐き気を訴えてくるが、朱里のために、耐える。
だが、彼女の顔は暗いままだった。――いつもなら、これでいいはずなんだけどなあ。
「何かあった?」
「……お兄ちゃんさ、ボクがいて嬉しいと思ったこと、ないでしょ」
――思ったことなく……はないかな。最近は何も酷いことしてこないっていうか、できてないし。普通に話してる分には、普通に楽しいし。気も合うし。
「そんなことないよ。なんでも話してみて? 僕は君のお兄ちゃんだから」
「なんで、そんなに、優しいのさ? それも、全部、演技なの?」
それには答えず、ただ、頭を撫でてやって、抱きしめる。体は熱く、手は冷たい。間違いなく、何かがあったのだ。
朱里の不安が、嫌というほど、伝わってくる。自分の感情や記憶でなくとも、朱里のことは、昔からなんとなく分かった。僕が感じるより、何倍も大きな不安を、彼女は抱えているのだろう。
どうするのが正解なのだろう。どうしたら、彼女の不安を取り除けるのだろう。
「……今日は、お休みにしてもらおう? 一日中、一緒にいてあげるよ」
「急に休んだら、迷惑がかかっちゃう」
「いいよ、誕生日くらい休んだって。いつも真面目に働いてるから、誰も怒ったりしないよ」
「いいの、かな」
ぽんと頭を撫でてから、朱里の側をするりと離れて、使用人にその旨を伝えると、二つ返事で許可がもらえた。
――それにしても、皆、朱里のこと、心配してたなあ。まあ、真面目で、いつも笑顔で、可愛くて、人一倍気配りしてるんだから、そりゃそうか。昔から、頑張りすぎるところがあるんだよね。
「どうする? どこか出かける?」
「ううん、ここにいる」
と言うので、僕も部屋にいることにした。ああ、服、脱がなきゃなあ、風習だからなあ、と思っていると、
「脱がなくていい」
とのことだった。別に、露出狂というわけではないので、動物にはならず、人間のままでいることにする。いや、人間も動物なんだっけ。
……そういえば、朱里の体を最近見ていない。別に見たいとは一ミリも思わないが。まあ、これが普通か。
ベッドで膝を抱える朱里の頭を引き寄せ、彼女の熱を布越しに感じる。放っておいたら、消えてしまう気がした。
「昔さ、僕がお母さんに怒られて泣いてるとき、朱里、ずっと、こうやって隣にいてくれたよね。――あのときは、ありがとう」
……沈黙。――えー、なんか、めっちゃ恥ずかしいんだけど!? 何この気持ち! 朱里も黙ってないで、何か言ってくれない!?
「……そんな昔のこと、忘れたよ」
絶対覚えている。そういう顔だ。だが、触れてほしくないとも書いてあった。
「――そっか。忘れててもいいよ。僕が勝手に感謝してるだけだからさ」
これでも、昔は仲が良かった。朱里が両親を殺してしまうまでは。
今でも思う。
――なんで、止めてあげられなかったんだろう、って。
もう、いたずらも、意地悪も、悪いことなんて何もしないから、時を戻してほしいって、何度もそう思った。
戻らなかったけど。
「ごめんね、朱里」
「なんで、お兄ちゃんが謝るのさ」
「僕、気づいてたんだ。朱里がいつか、お母さんとお父さんを殺すんじゃないかって」
確証があったわけでも、何か理由があったわけでもない。ただなんとなく、そう感じていた。
「この世界に来る前も、召喚されたから良かったけど、僕がちゃんと考えて、妊娠までさせてなければ、あんなことにはならなかった」
あのまま、二人とも死んでいたかもしれない。僕の馬鹿が、朱里を殺していたかもしれないのだ。
すべてのきっかけは、朱里だったとしても。
双子の僕らには、同じ血が流れている。
「だから全部、僕のせいだ。だから、ごめん」
そう告げると、朱里は僕をぐいと押しのけて、頬をぴしゃりとはたいた。
こんなにも華奢だったのかと思うくらい、全然、痛くなかった。いや、痛かったけど、マナに比べたら、全然だった。
「お兄ちゃんの、馬鹿」
――それは、意外と、言われて嬉しいやつだぞ、妹よ。
***
それからしばらくして、朱里は何かを差し出してきた。
「何これ?」
「プレゼント」
「え、誕プレ? ……………………え、えっ、マジで!? えええええ!! めっちゃ、嬉しいんだけど!!!!」
朱里からのプレゼントとか、保育園以来なんだけど! めっちゃ嬉しいんだけど! 脳天突き抜ける嬉しさなんだけど! え、もう、マジで泣きそう。
「うるさい」
――マズイ、殺される。
そんな風に身構えていたが、
「開けないの?」
お咎めなし、ということらしい。ふう、助かった。
――何かな何かなー、いや、何でも嬉しいけど、やっぱり気になるじゃん?
そうして、ワクワクしながら開けると――中身は、女性用の化粧水だった。
「うおおお!! ルーリエだあああ!!」
ルーリエと言えば、この世界で知らない人はいないくらい、有名な化粧品の会社だ。マナも愛用しているらしく、一度、使ってみたいと思っていたのだ。
「ありがとう、朱里! もうほんと、マジでありがとう!」
思わず抱きつくと、朱里は不思議そうにまばたきを繰り返した。
「そんなに?」
「そりゃそうだよ! だって、誕プレだよ? しかも、朱里から! 嬉しいに決まってるって! てか、なんで僕がこれ欲しいって分かったの?」
「別に、なんとなく……。お兄ちゃんだって、いつも私の欲しいものくれるじゃん」
「あ、確かに。――ま、双子だからね」
「そうそう、双子だから」
そう言って、笑い合うことだってできた。
まだ、このときなら、なんとでもなったのかもしれない。
それでも、結局、朱里は何も話さなかった。
話させて、あげられなかった。
***
ある日。やけに王城が騒がしく、様子を見に行くと、血の海が広がっていた。
どこからか入り込んだ魔族たちによる、蹂躙が行われていた。知り合いが何人も、傷つけられていく。
――それに、何も感じない自分が、不気味で仕方がない。
その最前線で戦っているのは、マナだ。王女であるはずの彼女が一番、戦っていた。負傷者の治療もしながら、圧倒的な力で敵を制圧していく。
詳しい状況は分からないが、なんらかの理由で、悪い魔族が王都の中に入り込んだようだ。
殺していいというのなら、こんな魔族ごとき、瞬殺だが、それでいいなら、マナがとっくに殺っている。
ともあれ、まずは朱里を捜さなければ。敵を倒しつつ、最近覚えた、「探知」という魔法で、朱里の居場所を探る。
――いた、最上階だ。
すぐさまエレベーターに乗り込み、最上階に移動する。
あんなところで何してるんだろう。
どうか、無事でいてくれ――。
そうして、屋上にたどり着けば、そこには朱里と、いかにも、な人たちがいた。
遠回しに言うと、清掃業とか、商売人とか、接客業とか、まあ、そんな感じだ。見ればだいたい、何をしている人かは分かる。
「あかねさん、ありがとうございました。おかげで、魔族を王都内に手引きできました」
「あかね、君が情報を売ってくれたおかげで、今回の混乱を速やかに起こすことができた。さすがだね」
「あかね様は天才ですねぇ。この短期間で、これだけの金額を稼いでしまうんですから。おかげで武器が尽きない尽きない」
なんだ。全部、僕のせいだったんだ。
……違う、僕じゃない。あかリのことだ。
あかネは僕だ。僕だ。僕だ。
何にもない僕が、名前まで侵されたら、何も残らないじゃないか。
それでも、まるで、自分のことを言われているみたいで、気持ち悪い。
「お礼は後でいいよ。だから、早く、あの王女を殺して?」
彼女が分からない。何もかも。いや、彼女のことは僕が一番、よく分かっている。
僕たちは双子だ。それに僕たちは、他の人たちよりずっと、狂いそうなくらいずっと、ずっと、一緒だったんだ。あかリのことなら、なんでも分かる。自分が本当にあかリになってしまったかのように分かる。
――最初から、あかリは、マナのことが大嫌いだった。自分よりもかわいくて、綺麗で、強くて、何より、いつか、あかネの心を奪っていくと、分かっていたから。
そして、マナは、僕たちの兄妹関係が歪であることに、きっと、気がついている。
だから、生きているだけで都合の悪い彼女は、処分しなければならない。どんな手を使ってでも。
そんなところだろう。
――カチャリと、こめかみに銃が当てられた。この世界にも銃があるんだ。人生で二度目のチャカキスだ。
「あー、いいよその子は。銃を下ろしてあげて」
あかリの一声で、銃を下ろしたボディーガードらしき人が、霧散した。
突如、血煙となって、消え失せたのだ。
――死んだ。人が死んだ。目の前で殺された。
「お兄ちゃんに銃を向けるなんて、どういう神経してるの? 死んで当然だよね」
その思考が、分かってしまう自分が、嫌いだ。
「お兄ちゃん以外は、消えて」
その一言で、その場の全員が消えた。跡形もなく、綺麗さっぱりと。
血煙の臭いに吐き気がする。人がたった今、目の前で殺されたという事実に、めまいがする。気持ち悪い。
――バラバラにされた両親の、血の気の引いた顔が脳裏に、鮮明に蘇る。焼き印のように刻まれたあの光景が頭から離れない。その肉の味が、今でも舌にまとわりついている。
フラッシュバックで、パニックになりそうな思考を、呼吸だけで無理やり落ち着かせる。
あかリがそこにいるから。僕は、笑顔でいなくちゃならない。彼女がいるだけで幸せだと、示さなくてはならない。
何事もなかったかのように、あかリは手を後ろに組んで、楽しそうに駆けてくる。
「お兄ちゃんっ、褒めて?」
そう言って、かわいらしく、頭を差し出してくる。
――また、あかリの殺人を、止められなかった。
いや、殺人だけじゃない。裏で魔族を手引きしたことや、情報を売ったこと、詐欺で稼いだお金で武器を揃えたこと。
全部、僕のせいだ。
そう、僕のために、僕のせいで、彼女はマナを殺そうとしている。
殺そうとして、その過程でまた、罪を犯した。
全部、あかネのせいだ。
僕は思わず、彼女を抱きしめて、その頭を撫でる。――吐き気と震えは止まらない。足はふらつき、瞬きの度に、瞼の裏であのときの光景が再生される。
それでも、あかリは、僕の、妹だ。
『あかリちゃんは、あかネちゃんの、妹でしょ? 妹には優しくしてあげないと。お兄ちゃんなんだから』
それが、母の口癖だった。僕は今でも、その一言に縛られているのかもしれない。妹に優しくできなかったから、両親が死んだのだと。
あかリのことを、本心から嫌いなのか。本当に憎んでいるのか。心から消えてほしいと願っているのか。
もう、分からない。
――分からないが、こんな顔をしている妹を、放ってはおけない。
「ごめんね。寂しい想いをさせて」
「寂しくなんてないよ。だって、お兄ちゃんが一緒にいてくれるもん」
「寂しがってるじゃん」
「……なんで分かるの?」
「分かるよ。双子だから」
「双子でも、ボクには、お兄ちゃんが何を考えてるのか、分かんないよ」
僕には、彼女の気持ちがよく分かった。
だからこそ、僕の気持ちが彼女に伝わることはないのだと知っていた。
あかリは僕の妹だ。
妹は大切にしなくちゃいけない。そう、母によく言われた。
――それでも、こんなにも、体が震えてしまうほどに、僕には、あかリの存在が、どうしても、受け入れられない。きっと、永遠に無理なのかもしれない。
許してやりたい。守ってあげたい。助けたい。
しかし、あかリが傷つけた人たちの分だけ、僕は彼女を恨み続けなければならない。
僕が一番の被害者なのだから。そんな僕が彼女を許してしまったら、誰も彼女を憎むことができなくなってしまう。
ああ、僕は一体、何を考えているんだろう。
ははは――。
結局、あかリを許したいのか、許したくないのか、どっちなんだよ、僕。
「そこまでです」
凜とした声が、静寂を打ち破る。――マナだ。
「大人しく、降参しなさい。あなたが用意した敵は、一人残らず捕まえましたよ」
あかリの思考が透けて見える。
――あーあー、やっぱり、ダメだったか。
そんな風に、あがくことを諦めた目をしていた。
「やっぱりさ、ボクって、死刑かな?」
それなのに、いつも通りを装って。内心では酷く怯えて、あかリは僕に小声で尋ねた。
――そうか、怖いんだ、死ぬのが。ろくに痛みなんて、受けたことがないから。
そして、こうなることが、初めから分かっていたんだ。
だから、僕はその頭を撫でて言う。
「全部、僕がやったことにすればいい。関係者は全員、さっきみたいに殺せばいい。そうすれば、誰も君がやったって分からないさ」
「お兄ちゃん、何言って……」
「大丈夫。僕は――あかりだから」
そうして、僕はあかねから離れ、両手を上げて、マナに降参の意を示す。
「全部、僕がやったんだ。君がどうしても嫌いだったから、殺してやろうと思って。あかねは、いい捨て駒だったよ。なんでも言うこと聞いてくれたからさ」
それを止めるようにして、あかねは後ろから抱きついてきた。
「お兄ちゃん、お願い。ボクを、殺して。殺して、食べて? 一生、お兄ちゃんの血肉として、お兄ちゃんの中で生きさせて?」
殺してやりたい。憎くて仕方ない。君がそれを望むなら、本望だ。
なのに。
「僕には、無理だ。君を殺すなんて、できない」
「本当に、ボクのことを愛してるなら、今ここで、ボクを殺してよ。お願いだから……」
僕に殺されたいと、あかねは望んだ。
僕が一人で死んでしまうことを、あかねは恐れていた。
僕の優しさを、あかねは一番、恐れていた。
「ごめん。でも」
「――やっぱり、許してくれないよね」
背中の温かさが、急に消えた。
振り返ると、そこには、外傷のない綺麗な死体が転がっていた。
あかねは、自ら、命を絶った。
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