大団円①

「はー、楽しかったぁ」


 仕方ないから帰りくらいは荷物引いてやるよ、と申し出た飛助が、小道具と雛乃、それから小萩を乗せた荷車を引きながら満足げな声を上げた。飛助を取り合っていたはずの少女達は、気付けば楽しげに談笑しており、それが急に静かになったと思えば、ごとごと揺れる荷車の振動が心地良かったのか、仲良く並んで寝息を立てている。


 集落からの礼の品――それは大量のおはぎであったが――も増えているにも関わらず、すいすいと歩いているのは、その後ろを太郎が押しているからである。まさか行きも帰りも自分だけ楽をするわけにはいかないと、そこは断固として譲らなかったのだった。


「飛助殿、次はいつ来られるか」


 その荷車を取り囲むようにして歩いているのは六人の爺――の姿をした地蔵様達である。


「なぁに? 気に入ってくれたの?」

「それはもう」

「何せこの辺は」

「娯楽という娯楽も」

「ないからして」

「まったく刺激がない」

「つまらん」


 六人で順番に言葉を繋ぐと、最後は同時にため息をつく。それを見て青衣はころころと笑い、それにつられて飛助も、参ったな、と顔をほころばせる。


「おいらも仕事があるし、そう頻繁には無理だけどさ。そうだなぁ。次は夏かな。うん、季節が変わったらまた来る。それでどうだい?」

「夏か」

「相わかった」

「楽しみにしておる」

「約束だぞ」

「忘れるでないぞ」

「ゆめゆめ、忘れるでないぞ」


 よほど気に入ったらしく、自分達の定位置である屋根の下に並ぶそのぎりぎりまで「忘れるでないぞ」「夏だな」「今度は鞠を二つに増やせ」「またおはぎの串刺しもやるだろうな」「次は我々を持ち上げろ」「次回は小豆ではなくそら豆で頼む」などと、口々に喚き、やがて穏やかな顔つきになったかと思うと、気付けば石の塊になっていた。


「ふはぁ。まったくもう、良くしゃべる地蔵様なんだから」

「ぎりぎりまで賑やかだったな」

「ほっほ、なかなか可愛いじゃァないか」

「俺、お地蔵様六つも持ち上げられるかな」


 六体の地蔵に手を合わせ、さて、と荷車の方を見る。二人の少女はまだ起きる気配もない。気持ちよく眠っているところを起こすのは可哀相だが、小萩の方はここで起こしてやらねばならない。雛乃にも、小萩は道中で別れると伝えてあるし、目覚めた時にいなくても問題はなかろう。


 雛乃を起こさぬよう、飛助がそぅっと小萩の身体を持ち上げる。すると、ふにゃあ、と気の抜けた声を発して、彼女が目をこすった。


「もう着いちゃった?」


 寝ぼけた声で、問い掛けられる。着いたよ、と小声で返すと、名残惜しいのか、彼の胸に顔を擦りつけた。雛乃はぽかりと口を開けて熟睡しているが、念には念を入れ、三人にその場を任せて、地蔵達が並ぶ屋根から少し離れた木陰まで移動する。ここでなら、もし万が一小萩が狐に戻る瞬間に雛乃が目を覚ましても見えないはずだ、と。


 小萩を抱いたまま腰を下ろす。小萩は横抱きの姿勢で、すっぽりと飛助の膝上に収まった。


「小萩、楽しかったか?」

「うん」

「すごかったろ、おいらの芸」

「うん」


 襟をぎゅうと掴んで胸に顔を埋め、うん、うん、とくぐもった声を出す。


「おはぎ、美味しかったな」

「うん」

「お嬢様とは仲良くなれたかい?」

「うん……、あっ!」

「あ? どうした?」


 がばりと勢いよく上げた顔は、涙やら鼻水やらでとんでもないことになっていたが、それを袖で乱暴に拭って、小萩はぷりぷりと怒りだした。


「飛兄、雛乃ちゃんと二人で甘味処に行ったって、何!?」

「え? 何って言われても。荷物持ちに駆り出されて、それでお礼に、って」

「ずるい!」

「するくないよ! ちゃぁんと荷物持ちとしての職務は全うしたんだし、あれは正当な報酬というか――」

「違うっ!」

「えっ?! 違うの? 何が?」


 じわりじわりと滲む涙を何度も拭う小萩の頭を優しく撫でてやる。「小萩も甘味処に行きたかったのか?」と聞くと、こくり、と小さく頷く。そうだよなぁ、小萩は甘いの好きだもんなぁ、と空を見上げて呟けば、今後は首をふるふると横に振った。


「何だよぅ、好きだろ?」

「好きだけど、違うもぉん」

「違うって、何が」

「雛乃ちゃんと行ったってぇ」


 ああそうか、と飛助は膝を打った。


「なぁんだ、そっか。そうだよな。小萩もお嬢様と行きたいよなぁ。せっかく仲良くなれたんだもんなぁ」


 ごめんごめん、それじゃ今度は三人で――いや、おいらはいない方が良いのかな? などとぶつぶつ呟くと、いよいよ小萩は声を上げて泣き出した。


「違うよぉ、飛兄のばかぁあ」

「うわぁ、小萩。どうした。泣かない、泣かない。おぉよしよし」

「うええ、うええん」

「ちょ、ちょっと小萩? おおい、こーはーぎー? 困ったなぁ、泣かないでおくれよぅ」


 よしよし、どうどう、となだめてみるも、それすら火に油の様子で、小萩が泣き止む気配はなかった。ふるふると身を震わせながらえぐえぐと泣く小さな身体をぎゅうと抱いて、赤子をあやすようにゆらゆらと揺れてみるも、効いているやらいないやらである。これで駄目なら万策尽きたと、必死にゆらゆら揺れていると、「――ちょいと」と天の助けのような声が聞こえてきた。


「姐御ぉ」

「あんまりうるさいとあっちのお嬢ちゃんが起きちまうだろゥ? 何やってんだい」

「それがわかんないんだよぅ」

「わかんないわけないだろ。こういうのはね、大抵男の方に非があるって相場が決まってるんだよゥ」

「そんなぁ」


 ああよしよし、そんなに泣いちゃァ、せっかくの別嬪が台無しじゃァないか、と肩を撫で擦りながら優しく語り掛けると、小萩は、すん、と鼻を鳴らして泣き止んだ。


「安心おしよ、わっちにはね、ちゃァんと本命がいるんだ。まかり間違ってもこいつに色目を使ったりなんざしないよゥ」


 その言葉に安堵したのか、赤い顔でこくりと頷く。


「焼きもち焼いちまったんだんだろ? 小萩もこいつと二人だけで甘味処に行きたかったんだよねェ?」


 優しくそう問い掛けると、小萩はこくりと小さく頷いた。


「モテる男は辛いさねェお猿。四方八方に良い顔しないで、自分のことを本当に好いてくれる子のことをちゃァんと見ておあげ」

「う、うん」


 といっても、この小萩は狐だしなぁ、と思わないでもない。

 だけれども、小萩は、口を一文字に結んで濡れた頬をぐしぐしと拭い、飛助の次の言葉をじぃっと待っているのである。団栗のようにまん丸い瞳が潤んでいる。狐なのに、小萩の顔の作りはどちらかといえば狸に近い。


「小萩、ごめんなぁ、女心に疎い兄ちゃんで。今度は二人で行こうな」


 やっとその言葉を吐き出すと、小萩は安堵したように笑って、こくこくと何度も頷いた。


「さァ、嬢ちゃんが目を覚ますと厄介だ。そろそろ狐にお戻り」

「小萩、くれぐれも人間には気をつけるんだぞ――って人間のおいらが言うのもおかしな話だけど」


 別れが近付けば、引っ込めたはずの涙も再び滲む。それを拭って、最後に、ぎゅう、としがみつく。


「大丈夫、ちゃんと気をつけるよ。また絶対来てくれるよね?」

「もちろんだとも」

「あたいと甘味処に行ってくれる?」

「ああ、絶対に行く」

「また雛乃ちゃんとも遊んで良い?」

「お嬢様もきっと喜ぶよ」

「約束だよ、絶対」

「ああ、約束だ」


 それじゃ、指切りでもしようか、と小指をぴんと立てると、どうやらその知識はあるらしく、細く小さなそれを絡ませてくる。よしよし、指切りを知ってるとは感心感心、などとおどけ、では歌うかと口を「ゆ」の形に窄めたところで、ちゅ、と唇を重ねられた。


 一瞬の出来事に呆然としている飛助の膝から、ひょい、と抜け出すと、「またね」と言ってその勢いのままくるりと回り、狐の姿に戻る。


 そして、一言、「こん」と鳴いて、茂みの中へ飛び込んでしまった。


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