大小の葛籠②

 何が何やら――、と東砂あずさは、呆然と運び込まれた大小二つの葛籠を見ていた。

 

 由仁ゆひとは、すげぇな、開けてみようぜ、とその周りとぐるぐると回っている。その言葉に力なく頷いて、ふらふらと小さい方の葛籠に手を伸ばし、するり、と紐を解く。緩慢なその動きに痺れを切らして蓋を取り除いたのは由仁であった。


 彼はうきうきとその中を見て、「何だこれ」と顔をしかめた。


 その中には、小さく、白い、棒状の欠片がぎっしりと詰められている。


 何だよこれ、と一つ摘まみ上げて、東砂に見せると彼女の顔からさっと血の気が引いた。


「ほ――、骨、じゃないだろうね」


 その言葉に、ひぃ、と短く悲鳴を上げて、由仁は指を離した。それは、ぽとり、と床に落ちたが、拾って確認する気にもなれなかった。遠目に見ても、それは骨としか思えなかったからだ。


「い、いや、まさか。だって骨ったって誰の――」


 誰の、と言われたら。


 それはもう雀の、としか考えられなかった。

 一度でもそこに思い至ってしまうと、その、みっしりと白い欠片が詰められた小さな葛籠もまた骨壺にしか見えない。


「じゃ、じゃあ、大きい方には何が入ってるんだ」

「何、って」

「そのガキが入ってるんじゃないだろうな、おい」

「ばっ、馬鹿な事言うんじゃないよ! 第一、もしこれが雀の骨なんだとしたら、もう焼いちまってるってことだろ! だったら雀が入ってるわけないじゃないのさ!」


 それもそうだけど、と言いつつも、由仁の頭の中には、会ったことこそないものの、十かそこらのわっぱが中にきちんと収まっている姿が浮かんで離れない。その大きな葛籠が棺桶か墓石に見えてきて、尻もちをついてぶるぶると震えながら、「俺は知らん。俺は関係ない」とそればかりを繰り返していた。

 

 東砂もまた、口では馬鹿なことを言うんじゃない、などと言っていても、それ以外に思い浮かばなかった。


 開けてはならない。

 そうは思いつつも、思考に反して身体はゆっくりとそれに近付き、手を伸ばしてしまう。


 駄目だ、開けるな。

 そう思っていたのに、ぶるぶると震える手はしっかりと紐の端をとらえ、ぐい、と引いてしまった。


 するり、と紐が床に落ちる。


 ――と。


 ちゅん。


 そんな鳴き声が聞こえた。


 ちゅん、ちゅん。


 その鳴き声に合わせて、葛籠が動いたような気がした。

 動いた、というのか、震えた、というのか。


 それを契機に葛籠はゆさゆさゆさ、と震え出した。

 中に入っているが動いているのだ。

 そう思うに至る。


 では、何が動いているのだ。

 さっきの鳴き声は――。


 ゆさゆさと葛籠の軋む音の中に、ばさばさという羽音と、けたたましい悲鳴のような鳴き声が混ざり始め、由仁は床にべったりと尻をつけたまま、耳を塞いでいる。


 ちゅんちゅん、などという可愛らしいものではない。幾重にもなったそれは、ぢうぅぢうぅ、ぎいぃぎいぃ、と耳につく。


「おっ、おい! 何だよこれ! どうにかしろよ!」

「ど、どうにかしろって言われても!」


 やがて、たった一つの出口であるその蓋も内部の者達によってか持ち上げられ、僅かに隙間が出来る。その狭いところへ身をねじ込ませるようにして飛び出したのは、数羽の雀であった。一匹が出れば、それに続けと言わんばかりに休みなく飛び出し、その勢いで、蓋が床に落ちる。完全に開け放たれた大きな葛籠から、一体何羽詰められていたのか、視界を埋め尽くすほどの無数の雀が、ぶわぁ、と飛び出した。


 


「……全く、姐御はさ、人使いが荒いんだって」

「何だい、駄賃はくれてやったろう?」

「駄賃って、行き掛けに食った団子のこと?!」

「お猿は甘味に目がないじゃァないか」

「そうだけどさぁ」


 がたごとと、行きよりはずっと軽い荷車を引きながら、飛助は、はぁ、と白い息を吐く。


「それにおいらやりかけの仕事があったのにさぁ」

「おれもだ」


 とそれに乗っかるのは、彼の隣でやはり荷車を引く白狼丸である。


「まったく、男が一度引き受けた仕事にぶちぶちと文句言うもんじゃァないよゥ」




 ちょいと手伝ってほしい仕事があるんだけど、若いのを二人ほど貸しちゃァもらえないかねェ。


 すっかり石蕗つわぶき屋のお抱え薬師となっている青衣が訪ねてきたのはいまから十日も前のことである。


 かんざしの一件から、青衣に対して並々ならぬ信頼を寄せている平八は、店で一番良い菓子と茶を出してもてなし、へいへいいますぐに、とわたわたあわあわと二人の若い男――それは当然のように白狼丸と飛助であった――を引っ張ってきた。


「おいおい、旦那大丈夫かよ」

「姐御、人の弱みにつけこむのも大概にしなよね」


 平素はふんぞり返って従業員共を従えている――は言い過ぎだとしても――主人がこうもへこへことしているのはさすがに少々薄気味が悪いと、犬猿二人は揃って顔を顰めた。


「人聞きの悪いことを言うんじゃァないよゥ。わっちがいつ弱みにつけこんだってェ? わっちはただいつものように薬を届けに来ただけだし、ちょいと若いのを二人ほど貸してくれって言っただけさね。あとはまァ、喉が渇いたくらいは言ったかもしれないけどさ」

「そんなんであの旦那がこんなにっけぇ茶を出すわけねぇだろ!」

「しかもこの菓子、ウチのいっちばん高いやつじゃんか!」

「それにそもそも何で二人おれらだけなんだ。呼ぶなら三人だろ!」

「そうだそうだ! タロちゃんはどうした! タロちゃんは仲間はずれなのかー!」


 白狼丸は、その茶を一嗅ぎしただけでそれが一袋数ようもする高級玉露であると言い当て、飛助に至っては少々的外れな怒りを抱えながら、ちゃっかりと菓子を頬張っている。それをまァまァ、となだめつつ、ほほ、と笑い飛ばしてから、急に真面目な顔を作ると、


「……坊には見せたくないんだよゥ」


 と、一段低い声を出した。


 その声と言葉で、二人が、ぎく、と肩を竦める。


「姐御、何をする気だ?」

「おいら達、なぁんにも聞いてないんだけど? 何? 姐御にも何か厄介なことあったのかい?」


 厄介なこと――。


 既にもう落着はしているものの、ここ数日、やれ助けた鶴が女人の姿となって現れただの、やれ笠を被せた地蔵達が爺の姿になって現れただの、さらにはその中に混ざっていた狐が幼女の姿になっただの、という事件が勃発していたのである。


「何だよ、姐御のところには何が来たんだ? 狸か? それとも蛇か?」


 まさか青衣の方にも何かしらが人の姿となって現れたのではないか、と思った白狼丸がそう尋ねると、飛助もまた、うんうん、と力強く頷いた。


 額に脂汗を浮かべて真剣な眼差しを向ける二人に向かって青衣は、細く長い指を人差し指にあてて、ううん、と天井の辺りを見つめた後、「何も化けちゃァいないけどさ」と呟いてから――、


「でも、まァ、強いて言えば『雀』かねェ」


 と締めた。

 

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