小さな助手

鴨原中の盗人①

 つまり雀は、集落で盗みを働いていたのだという。


 痩せた子どもが寒いから中に入れてくれと戸を叩けば、まぁ屋根を貸すくらいなら、と迎え入れてくれる家は多かった。


 これで、茶を出せ、飯を食わせろなどとふんぞり返るような図々しいわっぱならば追い返されたかもしれないが、雀は、雨風さえ凌げれば、とその痩せた身体をかたかたと震わせるのである。あの家での待遇を知っている者は、子に罪はないだろうに、と同情までおまけして、温かい茶の一杯くらいは出してくれる。


 そうして、打ち解けてくると、次第に座敷にまで上がり込むようになり、家人が目を離した隙を狙って――というのが手口なのだそうだ。


 それ以外にもいくつかの情報を集め、青衣は東地蔵へ歩き出す。

 そこでふと考えるのは、自分の身の回りのもので、何かなくなっているものはあっただろうか、ということである。


 彼女の話では、狙いを定めた一軒に対し、かなり時間をかけて慎重に盗みを行っていたらしく、また、高価なものを大量に盗み出すわけでもない。

 ただ、盗みの現場を見たわけでもないから、正直なところ、雀が犯人であるとは断定出来ないのだという。けれど。


 ある日、雀をよく家にあげていた女が、帯留めがなくなったと騒ぎ出した。それは決して高価なものではなく、子どものおもちゃのようなものだったらしいが、若い頃に亭主から贈られたものだといって、大切にしまっていものだという。先述の通りの安物であるから、物取りに狙われるようなものではないはずだし、何ならその近くにはそれなりに値の張る着物や帯なんかもあったのに、と。


 小さな集落はちょっとした騒ぎになった。

 

 結局その帯留めは数日後、行李の奥から発見され、「奥さんの早とちりじゃないか」と笑い話で終わったものの、彼女自身は、そこに入っていたことにも納得が行かない様子で、つい、つるりと口を滑らせた。


「あたしゃてっきり雀が持っていったのかと」と。


 奥さんアンタそりゃいくら何でも、と数人は窘めたが、引っ込みがつかなかったのか、彼女は口ごもりながら「だって本当に子どものおもちゃみたいなやつだからさ、雀くらいの子なら欲しがるかと思って」と言い訳を並べた。その場に雀がいたら、きっと言わなかっただろうが。


 自分を囲む集落の者達が、何か証拠でもあるのかとでも言いたげな顔でこちらを見ていることに気付き、彼女は尚も続けた。


「一度だけ見せたことがあるんだ。ほら、あれくらいの子の遊び道具なんてないしさ、ウチは男ばっかりだから、ちょっとおめかしさせてみたくて。もちろん返してもらったけど、しまうところもしっかり見てたし、だから――」


 誰も、彼女を責めなかった。

 奥さんアンタ、と咎めた者も、何か心当たりでもあるのか、ぐぅ、と喉を詰まらせている。


 その日から、一度でも雀を家に上げたことのある者達は、家の中の物をひっくり返して、何かなくなっているものはないかと探し始めた。その異様な様子に感じるものがあったのか、雀はそれから集落の人間に声をかけることはなくなったのだという。


 これで何もなければ単なる濡衣と、その奥方の早とちりで済む話だったのだが。


 案の定、どの家も、何かしらはなくなっていた。

 

 とはいえ、やはり、それほど高価なものではなく、どちらかといえば安物の類で、今回のことがなければ特に気にも留めないようなものばかりである。


 けれど、なくなったのだ。

 雀がいた家、すべて、である。


 問い詰めようかとも思ったが、現場を押さえたわけでもないし、普段の彼女の扱いをみれば同情も湧く。仮に雀が盗んでいたとしても物が物だし、今回のことは不問にするとして、今後一切は関わりを持たないようにしよう、となったらしい。


 雀が扇子屋に来るようになって、一月が経とうとしている。店の方に弥一とお幸がいるといっても、あの座敷に一人になることだって少なくない。盗みならし放題のはずだ。


 だけれども、特に減っているものはない。


 薬関係はきっちりと帳簿をつけて管理しているし、さすがに着物の数が減っていればわかる。髪留めや化粧道具は案外多く持っているわけではないから、毎朝身仕度をする際に開ける引き出しの中にあるものがすべてだ。それも減っていればすぐにわかる。

 いまのところ、盗られて困るものといえば、最近新調した忍器の類だが、腐っても元忍びである。大事な商売道具を素人に見つかるようなところに隠したりはしない。


 だから、あの部屋にあるもので最も高価なものといえば――、と青衣はふと空を見上げて思った。


 あのくわだな、と。


 自分が城を抜けたのは殿様から粗末な鍬を宛がわれたせいだと思い込んだ太郎が、仲間にそんな悲しい思いをさせるものかと、初めて手にした給金で買ってくれたものである。


 性について無知で純粋な太郎に、まさか自分が城を抜けたのは、実は殿様から口陰を強要されたのが原因なのだと馬鹿正直に訂正してやるわけにもいかず、また、彼の優しさが嬉しかったこともあり、ありがたく頂戴したという代物だ。もちろん、値段だけの話なら、それよりも高価な余所行きの着物くらいはある。けれども、太郎の気持ちが上乗せされている分、どんな宝にも勝る鍬なのだ。


 だけれども、そんなものを持ち出せば、確実に目立つ。

 

 これまで大っぴらにバレてはいないということは、懐に入る大きさのものばかりを盗っていたのだろう。だから、少なくともあの鍬は大丈夫だ。それに、それ以外なら、まぁ、盗られたところで――、


 そこで、はた、と気が付く。


 あれくらいなら盗られたところで、と、そう思うようなものを狙ったからこそ、気付かれた後も大した騒ぎにはならなかったのだ。糾弾され、吊し上げられることもなかったのだろう、と。


 こりゃあ質が悪い、と青衣は空を見上げたまま、大きく息を吐いた。

 

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