七体目の地蔵②

とび兄、苦しいよぅ」


 笑いながらそう告げられて、飛助はごめんごめんと力を緩めた。


「落ち着いたら必ず顔を出すって約束したのにな。ごめんな、約束守らなくて」

「大丈夫だよ。友達もいるし。寂しかったのは本当だけど」

「ちょっとバタバタしてたけど、もう片付いたから大丈夫だ。これからはちょいちょい会いに行くからな」

「うん。待ってる」

「おいら、ここの菓子屋で働いてるからさ、小萩の好きな甘味、たぁっくさん持ってくからな。お友達の分もたぁっくさんな」

「やったぁ!」


 白い頬をふくふくと綻ばせて笑う少女の頭を撫で、飛助は最後にまたぎゅうと強く抱いた。今度は苦しくないよう加減も忘れずに。


「地蔵様、ありがとう。おいら本当にもう満足だよ。たかだか笠を被せただけなのにこんなにしてくれて、ありがとうございました」


 そう言って離れると、小萩はすでにそこにおらず、ただ萎びた爺がいるだけだった。


 その爺は満足気に頷いて、「では」と口を揃え、一斉に後ろを向く。そして、扉に向かって「そろそろ出て参れ」と声をかけた。


 何だ? と飛助が首を傾げるのと同時に、ひょこ、と現れたのは、まだ新しい前掛けをつけた地蔵である。そうだ、やっぱり七体あったよな、と思ったが、それにしてはなぜ爺の姿ではないのだろうか。


「飛助殿」

「実はな」

「あの地蔵は」

「我々の兄弟」

「ではない」


 器用に言葉を繋いでいく爺達と、無表情の地蔵を見比べる。


「兄弟じゃないなら、誰だ?」

 

 そう尋ねると、その地蔵は直立の姿勢のままぴょんと飛び上がって、くるりと回った。


 おいらだってそれくらい出来ますけど。


 てっきり勝負を挑まれたかと思って跳躍しようとしたところで、すた、と着地を決めたの姿を見、飛助は足に込めていた力を抜いた。


「狐……」


 巷には、人を化かす狐だか狸だかがいて――。


 葉蔵から聞いた、庄之介の噂話を思い出す。

 ほんの数刻前まで千鶴を狐と思っていたわけだから、その存在については疑ってなどいなかった。だけれども、この目で見るまではやはり絵空事というか、心のどこかでは、本当に狐が人に化けるなんてあり得ないと思っていたのである。


 まぁ、狐が人に化けるより、地蔵などという石の塊が摩訶不思議な力を使うことの方がよほどあり得ない話なのかもしれないが。


「この狐、親を亡くしたようでな」

「春からずっと我らの隣におった」

「地蔵といてもつまらんだろうに」

「よほど寂しかったのかもしれん」

「我らはいなくなる心配もないし」

「と、そこへ飛助殿が現れた、と」


 昔はそれなりに人の行き来があった場所ではあるが、最も近い集落が例の葛桂であるため、最近ではめっきり立ち寄る人もいなくなった。かつては花やら食い物やらも定期的に備えられていたが、人が通らないのだから、あるわけがない。

 しかしそのささやかな華やかさも知らぬ狐の子は、ここはそういう場所なのだと思って居住を決めたようである。


 もちろん狐は食わねば死んでしまうから、狩りには行っているようだが、腹がくちくなると、また戻ってきて地蔵になる。


 そばにいるとはいっても、話し相手になってくれるわけでもなかろうに。それでも狐は常にそこにいた。石の塊には血の通う温かみもなかろうに。それでも。


 そこへ、飛助が現れた。

 彼は供え物こそなかったけれど、頭の雪を払ってくれた。もう来ないかと思ったら、今度は笠を被せてくれた。


 飛助の行動に感動した地蔵達が、彼に恩を返しに行くと知り、偽の地蔵である自分に出来ることなど何もないが、それでも礼くらいはしたいとついてきたのだという。


「この狐の子にも何か願ってやってくれ」

「願って、って言われてもなぁ」


 飛助の中で狐というのは、ずる賢くて悪戯好きの厄介者だ。人に化ける力を持たずとも、作物を食い荒らしていったりするとも聞いている。

 そんな狐に何を願うというのか。


 すると、目の前の小さな狐は、直立した姿勢のまま、自身の尾を前足で掴んでもじもじと揉み始めた。その様が、先程の小萩と重なる。


「そ――」


 それじゃあ、と口から出た願いは、我ながら頭がどうかしているという自覚はあった。そんなことを願ってどうするとも思った。


 けれど、止まらなかった。


「地蔵に化けられるってことは、人にも化けられるのかい」


 かさついた口でそう尋ねると、狐は小さく頷いた。

 それを見て。


「しばらくの間で良いから」


 否、止められなかった。


「小萩になってくれないか」


 それを皆までしっかり聞いてから、狐は「こん」と鳴き、やはりくるりと宙返りしてその姿になると――、


 六人の爺は姿を消していた。


 

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