太郎の我が儘
七体目の地蔵①
「そぉら
「うん!」
胡座をかいた飛助の膝の上に行儀よくちょこんと座った小萩は、彼から手渡された菓子に大口を開けてかぶりついた。それは中に粒あんと栗の入った大福である。
その大福にも負けないくらいにしっとりするすべの頬を膨らませて美味そうに食べる顔を見、飛助は目尻を下げる。
「小萩、美味しいかい?」
「美味しい! でも、飛兄は? 飛兄は食べないの?」
「おいらは良いんだ。小萩が食べてよ」
「そんなに食べたら、あたい、丸々と肥えちゃうよぅ」
「あっはっは。肥えろ肥えろ。小萩は痩せっぽちだからな。子どもは少し肥えてるくらいが可愛いもんだ」
「ほんと?」
「ほんとほんと。だからほら、遠慮しないでたくさん食べな」
もはや見慣れた光景である。
この『小萩』という名の少女の正体を知っているのは飛助の他には太郎と白狼丸の二人だけである。平八には親戚の子が尋ねてきたとしか伝えていない。この子の親が急な病に倒れたので、医者のところにいる間、預からせてほしいと頼み込んだ形である。親戚の子、というのっけの部分からまるごと嘘だ。
けれど平八はそれをまるっと信じた。
信じた、というよりは、乗っかった、が正しい。年の近い雛乃の話し相手にちょうど良いと思ったのである。
例の『かんざし事件』は解決し、あの時の雛乃の奇行はそれによる一時的なものだったと謝罪して回ったものの、直接的間接的に被害を受けた従業員達の傷はかなり深かった。以前と全く態度を変えずに彼女と接することが出来るのは太郎、白狼丸、飛助の三名くらいなもので、実の親である平八とその妻すらほんの少し構えてしまっている。
だから、そんな事件があったことすら知らない小萩ならば、と思ったのである。
けれども。
小萩は雛乃と毬をついて遊ぶより、飛助のそばにいたがった。仕事の邪魔になるからと言われれば、だったら手伝いますから、と慣れぬ手つきでわたわたと袖をまくり上げるものだから、見るに見かねた一平がそれをたすき掛けしてやって、飛助が散らかした木くずを箒で掃く係に任命してやったのである。
「飛兄、あたいがみぃーんなきれいにするからね。どんどん散らかして良いからね」
大きな箒を抱えるようにして持ち、そんな可愛いことを言われると、飛助のみならず、紙資材係の男連中は揃って相好を崩した。彼女が張り切るほど床はきれいになっていなかったが、そんなことは問題ではなかった。
休憩時間になって、差し入れだと、本日分の太郎への貢ぎ物が回ってくると、小萩は皆の分の茶を淹れてから、胡坐をかいている飛助の膝の上にちょんと座って菓子を食う。それが日常となった。
「お前達、こうして見ると本当に兄妹みたいだなぁ」
栗大福をぱくりと二口で食べた五郎が、二人を見てしみじみと言う。
「まぁ、遠いけど親戚ですからね、妹みたいなものですよぅ」
「小萩は十だったか、お嬢様と同い年なんだよな?」
「そうです」
「十と十七かぁ。七つも離れてりゃあ、そら可愛いわな」
「ええもう、可愛いですよぅ。あげませんよぅ」
「いらねぇよ。俺はそんなガキにゃあ興味ねぇ」
だっはっは、と笑って、色の出切っていない薄い茶を飲む。小萩の淹れる茶は日によって味がまちまちだ。けれどそれに文句を言う者はいない。
「お前だっていっつも『年上のお姉さまに甘やかしてもらいたぁい』なんて言ってるくせに」
妹が来たとなりゃあ、このザマだ、と一平が茶々を入れる。
「ちょっと待ってくださいよぅ。妹は妹、お姉さまはお姉さまですって」
やだなぁ、と茶を飲むと、膝の上の小萩が、口を尖らせて彼を見上げてくる。
「どうした、小萩。お菓子まだ食べるかい? おいらのとっておき、出してやろうか」
頭を撫でつつそう言うと、彼女はふるふると首を振った。
「飛兄は、年上の姉さんの方が良いの?」
「え? うん、まぁそりゃあね」
「小萩が大きくなっても駄目?」
「いや、駄目っていうか……、うん」
だってお前、本当は狐だろう?
急に現実に引き戻されて、そう思う。
ちゃんとわかっているのだ。ここにいるのが本物の小萩でないことくらい。何せこの狐は目の前で小萩に化けたのだから。
あの晩、飛助は一の爺にこう言ったのだ。
小萩って言うんだけど、と。
その名を出すと、一の爺は「やっと言うたな」とぽつりと言って、それ以上を聞かなかった。それが飛助にとってどんな存在であるかはもちろん、身体的特徴すらもである。まるで既に聞き知っているかのように、ただ、相わかった、と言って、一瞬のうちに変わってみせた。連れてくるのではなく、お前が化けるのかよ、とも思ったが、そんな飛助の思惑など当然伝わっているらしく、違うよ、と目の前の少女――小萩は言った。
「あたいはちゃあんと小萩だよぅ」
甘えるようなその口調も、不満そうにちょっと眉を下げて笑う顔も、小萩である。
「地蔵様の身体をお借りしてるんだ。飛兄、久しぶりだね。全然会いに来てくれないんだもん、寂しかったよぅ」
口を尖らせてもじもじと身体を捩らせる。これも彼女がよくやる仕草で、「何だ小萩、小便でも我慢してるのか」と言うと、目を三角にして叱られたものである。だから、いつものように、そう言ってからかってやろうとして一歩踏み出したが、言葉が出なかった。伝えたい言葉があれこれと一気に押し寄せて喉の奥でつっかかり、ぐぅ、と詰まる。
その小さな痩せっぽちの身体をぎゅうと強く抱いた飛助が、やっと最初に吐き出せた言葉は――、
「ごめんよぅ」
の一言だった。
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