笠地蔵②

 どれくらい待っただろう。

 さすがにこんな時間にこんなところで立ち話というのは、厳しい季節である。爺達はさすが自称地蔵なだけあってちっとも寒そうではないが、飛助の方はかなり限界であった。


「あのさ、さすがに寒くない? おいら寒いんだけど、中に入らないかい? せめて火鉢のあるところにさぁ」


 半纏借りといて良かったぁ、などと言いながら背中を丸めていると、またも五人の爺は顔を付き合わせて会議を始める。


「大変だ」

「恩人殿が冷えている」

「これは四の出番なのではないか」

「どうやらそのようだ」

「しっかりやれよ、四」


 相わかったと言って、輪から抜けた四の爺は、しわくちゃの瞼をぐっと持ち上げて目を見開くと、ふぉぉ、と身体を震わせた。そうして、懐から赤い布の塊のようなものを取り出すと、それを飛助に渡す。


「わぁ、温石おんじゃくだ。あったかぁい」


 ほんのりと温まっているその布をぺらりとめくってみると、中にはよく熱された石が入っていた。それを勧められるがまま懐に入れると、そこからじわりと身体が温まっていく。


「ありがとう、助かったぁ」


 着物の上から温石を擦りつつ礼をすれば、五人の爺達もまたホッとしたように緩く笑う。

 これならもう少しは頑張れそうだと、消えた五の爺を待つ。一体何をどうするのかは恐ろしくて聞けないが、とにかく千鶴――鶴の化身と話をつけてくれるらしい。どうか血生臭いことだけはしてくれるなよ、と祈りつつ。


 すると、目の前にいる爺が「飛助殿」と呼ぶ。何だい、と顔を上げると、五人だった爺はいつの間にか六人に戻っていた。


「ああ、五さんお帰り。えっと、どうなった?」


 そう尋ねると、心なしか得意気な表情の五の爺は、一歩前に進み出て言った。


「妻の件は諦めると申しておった」

「おお! やるじゃん五さん!」


 偉い偉いー! と思わず抱き着いて頭を撫でてから気付く。こいつは爺だった、と。けれども、もし彼らが地蔵様だとすれば、何だかついつい頭を撫でてやりたくもなるというものだ。


 撫でられている五の爺の方でも案外まんざらでもないようで、ほっほっほ、と気持ちよさそうに笑みを讃えており、残りの五人の爺はそれを羨ましげに見ていた。最初に千鶴が狐なのかを確認しに行った六の爺と、温石を出した四の爺は「なぜワシらにはないのだ」と露骨に悔しがっている。


「ただな、その代わりに一つ、これだけは譲れない、ということがあるらしい」

「これだけは譲れない?」

「うむ。妻になれぬのなら、せめて何か思い出となるものを残していきたいと」

「思い出、ねぇ。思い出、ったって、何を残すつもりなわけ?」


 まさか最後に抱いてくれとか、子種をくれとか、そんなことを言い出すつもりではあるまいな、とついそんなことを考えてしまう。どう考えてもあの白狼丸が首を縦に振るわけがない。


「布、だそうな」

「は? 布ぉ?」

「うむ。織りたいのだそうだ」

「織る、ったって……。ここに機織りなんてあるかなぁ。おかみさんが機織りしているところなんて見たこともないし」


 でも、機織りがないと布は織れないしなぁ。そんじゃ、どこからか借りてきて……とぶつぶつ言っていると、とんとん、とその肩を突かれた。案ずるな、と言ったのは、やはり六人のうちの何番目かの爺である。どれもこれも似たり寄ったりの顔をしているため、爺の方から番号で呼んでくれないとどれが誰なのかさっぱりわからない。


「それならばこの三に」


 どうやらこの爺は『三』らしい。六から順に下っているのだから、まぁ順当ではある。


「任されよ」


 と言って、三の爺は消えた。


 それを見て、飛助は――、


 この感じからして、二と一のじいさんも何かしらするんだろうな、などと懐の温石を擦りながらぼんやり考えていた。


 さて、一向に温度の下がらぬ不思議な温石で暖を取りつつ待っていると、やはりいつの間にやら三の爺は戻って来ていた。派手な音を立てるとか、光りながら現れるとか、そんな演出もなく、また残りの爺達もわぁわぁと迎えたりするわけでもないため、瞬きの隙でもつかれれば全く気付かない。


 だからその三が「飛助殿」と声をかけてくるまで、目の前の爺が五人なのか六人なのか最早わからぬ飛助であった。


「うぉ、お帰り、三さん」

「うむ」

「三よ、それで」

「機織りを与えてきた」

「ほぉ」

「ついでに専用の小部屋も作ってきた」

「さすがは三だ」

「良い仕事をする」

「それほどでもある」

「いやいや、ちょっと。勝手に小部屋とか作っちゃ駄目だよ!」


 何やら得意げに薄い胸を張っているが、平八の許可もなしに勝手に部屋を増設されては堪ったものではない。


「案ずるな飛助殿」


 が、三は、ほっほと笑って胸の辺りで手を振った。


「その小部屋は鶴以外には見えんし、入ることも出来ん。用が済んだら消えてなくなる」

「何それすっげぇ!」

「ふふふ。我らは地蔵なるぞ」

「うん、まぁそれについてはちょっと信じてきたけどさ」


 とにかく、と飛助はこの雰囲気に気圧されぬように、ごほん、と咳払いをした。


「千鶴ちゃんはその布を織ったら気が済むんだね? そしたら帰るんだね?」

「うむ。そのように約束した。地蔵との約束を違えられる者などおらぬ」

「そうなの? すごいなぁ」


 いよいよもってこの爺達が地蔵であることを信じた飛助である。

 爺達の方でもやっと自分達のすごさが伝わったかと得意満面であった。


「ふふふ、すごいのだ」

「すごいのだ」

「というわけで」

「先日の恩を」

「返させて」

「もらおう」


 ずずい、とその似たりよったりの顔を一斉に近付けられれば――、


「ちょ、ちょっと離れて……」


 やっぱり怪談話か何かのようで、腰が引けてしまう飛助である。

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