笠地蔵①

 ものの見事に、爺ばかりである。

 

 最初に応対した者が、こんな所では何ですから、とりあえず座敷へどうぞ、と勧めたのに対し、その六人の爺達は、それをきっぱりと断ったらしい。


 すぐにお暇するから、ここで結構、ということなのだそうだ。


 かといって、はいそうですか、と老人を寒空の下で待たせておくわけにもいかず、外聞が悪いですから、と説き伏せて、せめて屋根のある所へ、とどうにか土間まで移動させた形である。


 飛助は、ずらりと並んだ老人達を一瞥して、おや、と思った。


 この六人とは葛桂くずがつらでは会っていないぞ、と。いや、もしかしたら自分の芸を見に来ていないだけかもしれないが。だとしたら、話を聞いて自分達も見たくなって、とか……? いや、だとしても何も夜に来なくたって。


 そう思いつつ、「おいらに何か御用で?」と先頭にいた爺に声をかける。


 と。


「おお」


 本当に見えているのだろうかと思うほどにしわしわの瞼を垂れさせたその爺が、カッとその目を見開いた。


「飛助殿ですな」

「ぅえ? え? あ、はい」


 ずずい、と六人同時に飛助に詰め寄る。彼の鎖骨くらいの背丈の、痩せ細った小柄な爺達である。その、全員似たりよったりの顔をした爺達が、無表情で彼を見上げている。


 何だ何だ。

 夏場に作業部屋で聞いた五郎兄さんの怪談話よりよっぽど怖いんだけど。


 その異様さ不気味さに、怖気づいて引けそうになる腰に力を入れる。物の怪の類かもしれないが、たかだか六人の爺に負けてたまるか、と。飛助にだってそれくらいの根性はある。


「飛助殿」

「な、何だい」


 先頭の一人がそう言えば、「そうだそうだ」と残りの五人が乗ってくる。


「え? 恩って言われてもなぁ。おいら、おじいちゃん達に何かしました?」


 一人くらいならまだしも、六人である。さすがに何の心当たりもない。


 すると、その先頭の爺が、もぞり、と背中に手をやり、そちらの方に下げていたらしい笠を被って「これを」と言った。それに倣って五人が次々と笠を被り、「これを」と声を揃える。


「被せてくださったな」

「え、それは……地蔵様に……、って、え? ええ? も、もしかして」

「うむ」

「地蔵様?」

「如何にも」

「えっ、何? なぁんだよぅ。びっくりしたなぁ。なぁんだあの時の地蔵様か。なぁんだ、なぁんだ」


 胸に手を当て、尚も「なぁんだ」と安堵したように息を吐く、が。


「――いいや! そうじゃなくて!」

「む。如何なされた、飛助殿」

「地蔵様が爺になるわけあるかぁっ! さてはお前達、狐だな? おいらのこと、化かしにきたんだろ?」


 白ちゃんじゃあるまいし、そんな手には乗らないぞあっはっはぁ! とわざと大声で笑い飛ばすと、六人の爺は揃って首を傾げるのである。


「飛助殿」

「なんだよぅ、お狐共」

「我らは狐などではないぞ」

「へっへぇん、騙されるもんか。こっちにゃぁ既に女狐が潜り込んでるんだ。狐はね、もう間に合ってんの」

「狐が、おるとな?」

「そう。ちょっと困ってるんだ。お仲間だろ? 連れて帰ってくれよ」

「だから、仲間ではないというに。しかし、お困りならばどうにかするが」

「どうにかしてよ。おいらは別に困っちゃいないし、むしろちょっと良い気味、って思ってたけどさ、そろそろ可哀相なんだよ」


 ふぅむ、と一人の爺が唸ると、残りの五人もわらわらと集まり、六人の笠を被った爺は輪になって顔を付き合わせた。


「少々予定と違うが」

「恩人殿がお困りだ」

「ならば力を」

「貸さぬわけには」

「いかんな」

「いかんな」

 

 では、六の、お主が行けい、と一人の爺に白羽の矢が立つ。相わかった、と言って、その『六』と呼ばれた爺は、ふ、と消えた。

 

「おわぁ、消えたぁ」


 そう素頓狂な声を上げると、残った五人の爺は「信じていただけたかな」とにやりと笑う。


「いいや! 狐だって消えるね! ドロン、って煙みたいに消えるって、おいら絵巻で見たし!」

「ほほぅ。左様で」


 正直なところ、飛助の頭には、もしかしたら彼らは狐などではないかもしれない、という考えが浮かんできている。けれども、昔から人を化かすと言われている狐や狸ならいざ知らず、地蔵などという石の塊が人の姿となって恩を返しに来るなど、聞いたことがない。


 それからどれくらい待っただろうか。

 恐らくはそう大して経っていないのだろうが、飛助には酷く長い時間に感じられた。そうして彼が二回目のくしゃみをした時、また音もなく、『六』の爺が姿を現した。


「飛助殿。やはりあれは狐ではないぞ」

「え? 違うの? だったら何?」

「あれは鶴だ」

「は? 鶴?」

「何でも、ここにいる白狼丸という男に恩を返すために参ったと申しておる」

「え……っと、まぁ、確かにそういう話ではあった、かも、だけど。えぇ、何、それじゃほんとに助けた鶴だったのかよぅ」

「左様。それになかなか強情でな。恩を返すまでは絶対にここを動かんのだそうだ」

「えぇ――……。困るなぁ。てことはその子、何としても白ちゃんのお嫁さんになるつもりってことじゃん」

「困るか」

「ううん、おいらは……困らないけど。でもおいらの大事な人……、の、大事な人が困るんだ。だから、まぁ、廻り廻って、結局おいらも困るかな」

「成る程」


 再び爺だけで輪になり、顔を付き合わせる。


「どうする」

「恩人殿が困っておるぞ」

「これでは恩が返せぬ」

「ならば鶴のやつを消すか」


 さらりと「消す」などという物騒な単語が出て、ぎくりとする。何もそこまで――と割って入ろうとしたところで、残りの爺が言葉を繋いだ。

 

「いや待て、鶴の気持ちも」

「わからんでもない」


 そうだそうだ、と爺達がそれに乗り、また「しかしなぁ」と堂々巡りの会話が始まる。


「ならば、説得するしかあるまい」

「おう、その通りだ」

「五ならばやれるな」

「そうだ、五ならやれる」

「うむ、皆がそう言うのなら」

「よし、行って来い」


 普段から交渉役を買って出ているのか、『五』と呼ばれた爺が、一歩下がってその輪から抜けると、やはり、音もなく、ふ、と消えた。


 

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