飛助の軽業③

「やっぱりまた積もっちゃってたなぁ」


 七つですか? と首を傾げる寅二が家々を回って集めた笠をもらった飛助は、行きに立ち寄った地蔵達の前で、はぁ、と白い息を吐いた。


 日は既に落ちかけており、帰りもまた寄ると伝えてある宿へ急がないと風呂の火を消されてしまうかもしれない。集落で長居してしまった分、もう時間がないぞと思いつつも、小さな地蔵達の頭にまたこんもりと雪が積もっているのを見れば放ってもおけない。


 それを丁寧に払ってから、飛助は彼らの頭に笠を被せてやった。


「しまった、笠だけじゃなくて食べ物ももらってくれば良かった」


 食べ物、という言葉に反応にして、ぐぅ、と鳴ってしまった腹に手をやり、少々気まずい思いでちらりと地蔵を見る。


「違うって、おいらの分じゃないってば。そんな目で見ないでよぅ」


 おいらそんなに罰当たりじゃないから! と両手を振って弁明する。


「お供物がなくてごめんよ。また春に来るからさ、そん時はちゃぁんとお地蔵さん達の分も持ってくるからね」


 そんなことを言って、歩き出す。宿の女将さんは握り飯くらいなら出してくれるだろう、熱々の味噌汁があれば良いなぁ、などと言いながら。


 

 さて、宿に着いた飛助は、あと数刻遅かったら火を落とすところでしたよ、などとまんざら冗談でもなさそうな女将に急かされて風呂をもらい、握り飯と味噌汁だけの夕飯をとって、ごろりと布団に寝そべった。


 くあぁ、と伸びをすれば、湯で温まった足にまたじんわり血が巡るようで、心地よい。ずっと歩き通しだったから、さすがに疲れたと瞼を閉じかけて、その疲労の中にある、うっすらとした首の痛みに思わず頬が緩む。


 あんな風に芸を見てもらったのなんて、もう何ヶ月ぶりだろう。

 梯子と雪玉を使った即席の芸ではあったが、皆楽しんでくれたようで良かった。

 春になったら、色々道具を持ち込んで、もっと派手にやるんだ。

 そうだ、せっかくだからタロちゃんと白ちゃんと姐御にも声をかけようかな。だっておいら一人じゃ運べないものもあるし。その場合、荷物持ちはもちろん白ちゃんだな。

 だって姐御はか弱いんだし、タロちゃんはおいらの手を握っててもらわないといけないしね、うんうん。


 そんなことをまどろみながら考えていると、ふと、雛乃の顔が割り込んできた。飛助の意識はもうほとんど夢の中に入り込んでいて、その夢の中の雛乃があの幼い瞳を吊り上げて言うのである。


「太郎様が行くのなら、わたくしも行きます!」と。


 えぇ、お嬢様も?

 駄目駄目、子どもの足で来れるようなところじゃないんですから。


「だったらあなたが背負えば良いではありませんか」


 もう、簡単に言うんだもんなぁ。

 あのね、いくらお嬢様が軽くったって、さすがにあの距離をずっと背負ってなんて歩けませんからね?


「もう、頼りにならないわね、飛助は。そんなんだから、あなたには浮いた話の一つもございませんのよ」


 へっへぇ、余計なお世話ですよぅ。

 

「あの白狼丸にですら、結婚したいだなんて押しかけてくる女性がおりますのに」


 いやぁ、あれはさ、なんていうか、うん。あんまり羨ましいやつじゃないっていうか。まぁ、茜ちゃんの方ならね? そりゃあ良いなぁとは思うけど。


「いつまでも年上が良いだの何だのと選り好みするからですわよ」


 良いじゃないですかぁ。おいらはね、優し~ぃ年上のお姉さまに、良い子良い子ってぐずぐずに甘やかされたいんですよぅ。妹みたいな年下のお転婆じゃなくて。


 と、むにゃむにゃと夢の中の雛乃と会話をしていた飛助は、そこでぱちりと瞼を開けた。と同時に、まるで泡が弾けるかの如くに、ぱちんと夢から覚める。


 はて、自分は一体何の夢を見ていたのだろう、と首を傾げる。

 誰かと会話をしたことだけは覚えているのだが、その内容はさっぱり思い出せない。ただ、最後に自分が発した「妹みたいなみたいな年下のお転婆」という言葉だけが残っている。


「妹みたいな年下のお転婆……か」


 そう呟いて、そのを思い出し、「小萩こはぎ」とその名を呟いて、再び目を閉じる。


 さぁ、とっとと寝よう。

 そして早く店に戻らなくちゃ。


 急なお遣いだったから、仕事だってやりかけなのである。面倒見は良いものの、仕事の雑な一平には絶対に手を出すなと釘を刺しておいたが、やはり気にかかる。そうはいっても大変だろうから――などと気を回されては敵わない。結局その仕上げは飛助がすることになるのだし、そうなれば二度手間だ。


 それに――、


 それに早く皆に会いたいなぁ。やっぱり一人は寂しいや。

 

 その『皆』の中には、当然のようにあの犬猿の仲ともいえる白狼丸も含まれている。


 一日に一回はからかわないと調子が狂っちゃうんだよなぁ。


 ちょっと突けばすぐにカッとなる短気な仲間の姿を思い出し、飛助は、ぐふふと笑った。


 無事、茜ちゃんとは『夫婦』になれたかな。

 あの押しかけ女房の件は片付いたかな。

 

「いや、さすがにそれはまだか」


 出発前にちらりと様子を見に行くと、千鶴にすっかり調子を狂わされてかなり参っていた様子だったから、まだ解決していないとなれば、飯も喉を通らないほどに憔悴しているかもしれない。あの白ちゃんだし、万に一つもそれはないかな、とは思うものの、もし仮にそれが原因で茜との中に亀裂が入っていたりなんかすれば、逆上して千鶴を刺すか、あるいは己を刺すかするかもしれない。太郎の方にはしっかり誤解だと伝えていたようだが、果たしてその中の茜の方にまで正しく伝わっているものか。


 とりあえず、自分が戻った時に血生臭いことになっておりませんように、と願いながら、飛助は眠りについた。


 すると再び夢の中に雛乃――否、もやがかかっていてはっきりと彼女であるとは確信出来なかったが、それくらいの背格好の少女となれば、思い当たるのは雛乃しかいない――が現れて、尋ねてくるのである。


「小萩って、誰」と。


 夢現の中で、飛助はまたもむにゃむにゃと、おいらの妹みたいなもんですよぅ、と答える。


「また会いたい?」


 そうですねぇ、出来るなら。


「どんな子? 顔は? 髪は?」


 顔はねぇ、可愛かったですよぅ。兄の欲目かもしれませんけどねぇ。狸みたいな、丸っこい顔でね。なのに、結構気が強くって。髪はまだ短くってね、そうそう、いまのお嬢様くらいかなぁ。おいらが他の姉さんとしゃべってるといっちょ前に悋気を起こすんですよぅ。それがまた可愛くって。飛にい、飛兄、ってね。おいらの袖を引くんだ。


 小萩、元気かなぁ。


 飛助がその言葉を吐き出すと、夢の中の少女は、「わかった」と言って消えた。

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