白狼丸のお遣い②

 白狼丸が再び石蕗つわぶき屋のある東地蔵あずまじぞうへ出発したのは、桃万村の村長に菓子の箱を無理やり押し付け、そして川下の集落の太郎の家で「なんかこっちの方が落ち着くから」と一泊させてもらった後のことである。


 太郎のばあ様から道中に食えと握り飯ときび団子をもらい、じい様からは太郎宛の文を預かって、彼は悠々と歩き出した。

 懐に入れた文に手をやれば、じい様の想いが伝わってくるのか、何だかじんわりと温かい気さえしてくる。これを渡せば太郎はきっと何よりも喜んでくれるだろう。まだたった二日半しか離れていないはずだが、心にぽっかりと穴でも空いてしまったかのような心地に、白狼丸は一つ深いため息をついた。


 このおれがそう思うのだから、あいつはそれ以上に寂しがっているだろう。


 いつだったか、薬師の青衣の薬で彼は普段の倍は饒舌に、如何に自分のことを(あくまでも友人としてだが)好いているか、頼りにしているかと語ってくれたのだ。そんな唯一無二の友が不在となれば――、


「こりゃあもしかして枕を涙で濡らしているかもしれんな」


 そんなことを呟いて、クツクツと喉を鳴らす。


 かつて濡らしていたのは布団の方だったらしいが、と太郎のばあ様がこっそり彼の寝小便を教えてくれた時のことを思い出す。


「白狼丸殿に会いたくて会いたくて、魚になって白寿川を上る夢を見たらしいんですわ」


 ばあ様は、それがもう可愛くて可愛くて仕方がないと目尻を下げつつ教えてくれたのである。だけど、太郎は白狼丸殿に知られたくないでしょうから、くれぐれも内密に、と。だったら言わなきゃ良いのにとも思ったが、それほどまで慕ってくれているのかと思うと、白狼丸の頬もつい緩んでしまう。


 まさかあまりの寂しさにあの飛助と同衾どうきんなどしてはいるまいな、という考えもよぎったが、もしそんなことになったとしても、この場合、太郎が自ら彼を連れ込むなどということは考えられない。ただ、飛助の方があの小憎たらしいほどによく回る口で太郎を言いくるめて――、というならばあり得る話だ。


 太郎というのは、色事について全くの無知であるがゆえにとにかく無防備である。なのに当の本人は時にとんでもない色気を無自覚に発しているのだから質が悪い。


 仕事中も、男女問わず手当たり次第に虜にしてしまうため、平八は「また太郎に太客がついた」と上機嫌なのだが、帯刀した男連中にかどわかされそうになったことだって一度や二度ではない。


 ただまさか、その儚げな美丈夫が、実はとんでもない力の持ち主で、彼自らその賊共を返り討ちにするとは白狼丸と飛助以外は誰も予想していなかったが。

 

 なので、見知らぬ客にどうこうされる心配はないし、また、いくら仕事仲間(部署は違うものの)とはいえ、葉蔵についても特に心配はしていないのだが。

 

 厄介なのは、あの盛った猿である。

 自分と同列に並べたくはないが、太郎に対して年中発情しているあのけだものもまた、彼が気を許している仲間の一人なのだ。だから、同じことをするとしても、飛助が相手となれば、恐らく太郎は抵抗もしないと思われる。


 それが厄介なのだ。


 だから白狼丸は先手を打った。

 東地蔵を出る前に、彼らのもう一人の仲間である青衣を訪ねたのである。


「これから遣いで、四日ほど店を離れなきゃなんねぇ」


 そう切り出すと、さとい雉は「ははァ」と目を細めて、閉じた扇子でトントンと肩を叩いた。


「それで? わっちは守れば良いんだい?」

「さすがは姐御、話が早ぇ」

「この場に坊がいないってェことは、単独の遣いなんだろう? そんじゃァ残されたお姫様が心配だからねェ」

「そういうことだ。それで、その――」

「お猿かい?」

「そこまでわかるか」

「そりゃァわかるさ。坊は仲間にゃ弱いからねェ。犬っころの依頼ってェのが癪だが、相手が相手だ。久しぶりに腕を振るってやるよゥ」

「頼んだぞ、姐御」

「あいよォ」


 面倒臭そうにそう返すも、その目は楽しそうに細められている。それを見て、ぞぞ、と怖気が走った。


「なぁ姐御……」


 あんなのでも仲間は仲間だ。もしものことがあれば、太郎が悲しむ。

 そう思って、「一応釘を刺しておくんだけど」と言うと、青衣は、


「安心おしよゥ」


 にま、と口を三日月型に引いて――、


「殺しは専門外だって言っただろ?」


 そう言った。


 

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