白狼丸の不在①
それから数日後である。
「あれぇ、珍しいねぇ」
「どしたのタロちゃん。――あ、葉蔵兄さん隣失礼しまーす」
彼が返事をする前に盆を置き、その隣にどかりと腰を下ろす。相手が先輩なので一応笑顔を貼り付けてはいるものの、内心では「あーもー良い席取ってくれちゃってぇ」である。太郎の隣も悪くはないが、出来れば真向かいに座って彼の顔を真正面から愛でたい飛助であった。
「えー、何、ほんと珍しいよねぇ。タロちゃんがおいらとか白ちゃん以外の人と飯食うなんてさ」
ほんの少しの意地悪心を滲ませてそう言うと、太郎は少し困ったような顔をしてへらりと笑ってみせた。
「いや、俺だっていつもいつも二人としかいないわけじゃないよ」
とは言うものの。
確かに太郎だって白狼丸や飛助以外の人間と肩を並べて飯を食うことはある。あるけれども、それは太郎が望んでその形になったわけではなく、彼が一人でいるのを目ざとく見つけた女中達がわっと押し寄せた結果そうなっただけだったりするのだ。
「ふぅん。まぁ良いけどさぁ」
「そうだぞ飛助。太郎だってたまにはお前達以外と親睦を深めなくちゃならん。いつまでも狭い世界に身を置かないで、だなぁ」
先輩風を吹かせてもっともらしい事を述べているが、葉蔵の本心なんて飛助にはバレバレである。つまり彼は、太郎と向かい合って飯が食いたい、ただそれだけなのだ。
「ま、確かにそれはそうですけどねぇ。それで? タロちゃんは葉蔵兄さんとどぉんな楽しいお話をしてたのかなぁ?」
いひひ、と笑いながら小鉢の玉子豆腐を箸で掴む。つるりとなめらかなそれを食べつつ返事を待つが、太郎はというと、小難しい顔をしてううんと唸ったままだ。
「どんな話と言われると……。ええと、俺の好きなものは何かという話と、好きな場所はどこかという話と……それから――」
「……へぇ?」
ちらり、と隣の葉蔵を見ると、彼は何やら気まずそうに明後日の方向を見て飛助とも太郎とすらも視線を合わせようとしない。
「ちなみに、タロちゃんはそれに何て答えたわけ? おいらも気になるなぁ~」
「何だ飛助! お前も知らなかったのか?!」
壁に貼られた『お代わり自由、ただし残すべからず』の辺りを見ていた葉蔵が、勢いよく飛助の方を向く。あまりの勢いで、ぐき、と首の骨が鳴ったがそんなことは気にならないようだった。
「えぇ? 知らないですよぅ。だってタロちゃんてばあんまり自分のこと話さないんですもん」
「だって、聞かれなかったから」
「えぇ~? なぁんだ、それならもっと突っ込んで聞けば良かったなぁ。よし、これからは色々聞いちゃおうっと。で? それで?」
飯もそこそこに身を乗り出して続きを促すが、それに答えたのは葉蔵だった。
「いや、飛助よ」
「ちょっとぉ、どうして葉蔵兄さんが答えようとしてるんですか? おいらタロちゃんから聞きたいのに!」
「いや、聞いてくれって」
「もう、何ですかぁ」
「あのな――」
【問一】
好きな食べ物は何ですか
【答】
何でも
【問二】
好きな場所はどこですか
【答】
どこでも
「……えぇ」
「これ以外もあるけど、全部聞くか?」
「いや、もうだいたいわかりましたから良いです」
「とにかく、万事この調子なんだ。どうしたら良い?」
「どうしておいらに聞くんですか」
「太郎に聞いても仕方がないからだろ」
当の本人を目の前にしてそんな話をすれば、太郎はしゅんと肩を落として申し訳なさそうに眉を寄せている。
それよりも飛助が気になるのは、好きな食べ物の答えとして、「何でも」と答えたようだが、桃は除外しなくて良かったのだろうか、という点である。あまりに嫌いすぎて記憶の奥底に引っ込んでしまったのかもしれない。
華奢な身体をさらに小さくさせてしょんぼりしている太郎が、口を尖らせて恨めしそうに、「ですから葉蔵兄さん。私と話してもつまらないと再三申し上げたではありませんか」と零す。
「い、いや! そうじゃない! そうじゃないんだ太郎! つまるとか、つまらないとか、そういうことじゃなくてだな」
「そうだよタロちゃん。葉蔵兄さんはさ、まだタロちゃんとの付き合いが浅いからよくわかってなかっただけなんだって」
一応先輩の顔を立ててそんな風に言ってみる。
けれども飛助はふと思うのである。
やっぱり自分は――認めたくはないが、白狼丸もだけれども――特別なのだな、と。
倉庫係の葉蔵といえば、
だからもしかしたら葉蔵ならば、自分達と同じように彼と仲良くなれるのかもしれないなどと、実は常々考えていたのである。
いまだに酷い人見知りである太郎にしてみれば、一人でも多くの人間と深く付き合えるのは喜ばしいことである。けれどそれに少々胸がざわついてしまうのは、単に飛助の心が狭量なだけなのかもしれないが。
とはいえ、実生活に支障があるわけではない。
彼は仕事とさえ割り切れば、案外誰とでもやり取りをすることは出来るので、接客に問題はないからだ。ただ、それ以外の部分で自分達――それは自他共に仲間と認める犬猿雉のことである――と関わろうとしないだけで。
自分のこの性格のせいでどうやら先輩をがっかりさせてしまったらしいと思った太郎は、すっかりしょげて背中を丸めてしまっている。大方、どうして自分はもっと気の利いたことを言えないのだろうと己を責めているのだろう。
タロちゃんって、ほんっと真面目で可愛いなぁ。
などと相好を崩す飛助のように、こんな姿の太郎を愛でる余裕もないらしい葉蔵は、ひたすらに謝罪の言葉を述べて、さらに彼を萎縮させていた。
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