第17話 PROLOGUE


偽か真か。


その昔、神は『創造』した。

他の何でもない。「世界」を。


陸・海・空。

大きな3つの要素を組み合わせ、神は一つの「世界」を構築した。


そこに神の意思はあったのか。

世界という名が与えられた「箱」には、様々な命が芽吹いた。


命は連鎖し、種に分かれた。

ある種は廃れ、ある種は栄え。命の連鎖はピラミッドを築いた。


上位の種は下位の種を蝕み、下位の種はピラミッドに入り損ねた種を食い、生を繋いだ。


命の連鎖は歴史を刻み、その時々の「箱」に合わせ、柔軟に変化をしてきた。


ある刻。新たに一つの種が誕生した。


その種は瞬く間に繁栄し、命のピラミッドを駆け登った。


そのまま頂点まで登り詰めると、その種は同じ種同士で争いを始めた。

理由は様々だが、敢えて一言で表すなら「持ち過ぎたから」だった。



神は「箱」の中を眺め、頭を抱えた。


一つの種がその他の種を牛耳り、同じ種で争う世界。

それは、神が抱いていた理想の世界とは程遠かったからだ。


それでも神は暫く経過を見守った。

流れが変わる可能性もゼロではなかったからだ。


しかし、結果は散々だった。

好転するどころか、争いは激化の一途を辿った。


仏の顔も三度まで。

その種が三度過ちを繰り返した時、神は世界を見放した。


神の気まぐれな暇つぶし。

世界の構築は、失敗に終わったのだ。


それから神は、世界を再構築することにした。

一番の目的は、頂の種、人類の殲滅だ。


人類再構築計画。

後の呼称を『リ・エンジニアリング』の初回は、一人の神の独断によって決行された。


神はまず、大陸を一つに纏めた。


海原にバラバラに放たれていた陸は、全て一所に集結した。

その大陸は、綺麗な円を描いたという。


その後、神は大陸に「使い」を放った。

「使い」は陸を更地にし、次いで人類を駆逐した。


それから神は、大陸を回転させた。

位置を固定する為だ。


この時、同時に「使い」も封印した。

狙いは神のみぞ知る話だ。


頂の種が消え、命のピラミッドは崩れた。

明日からはきっと怒涛の変化が起きるに違いない。


これで暫く様子を観察しよう。

一仕事終えた神は、次に覗いた時を楽しみしながら、「箱」に蓋をした。


その日。人類は滅亡した。


はずだった。




命からがら帰還した四人を待ち構えていたのは、何もかもが消えた世界であった。


「何だこれは・・・」

「俺たちが居ない間に何が・・・」


彼の四人は、訳あって「箱」を離れていた人類であった。


未知への探究心から、人類を代表して飛び立った彼ら。

幾つもの命の危機を掻い潜って帰還したものの、出迎えたのは無に還った故郷。


夢よりも現実感のない光景を前に、四人は絶望も程々に、情報を求めて彷徨った。


これはきっと悪い冗談。

何かしらの理由があって、人類は何処かに避難しているのだ。


微かな希望を胸に歩き回った四人であったが、その結果得られたのは、自分達以外の人類が滅んだという事実を裏付ける情報ばかりであった。


「・・・どうやら、生き残ったのは私達だけみたいね」

「・・・今出来る最善を尽くしましょう」


男二人と女二人。

唐突に人類滅亡の危機に直面した四人は、生命の唯一にして最大の役目に尽力した。


種の相続である。


男女は二組に分かれ、子を生した。

二家は、終わりと始まり、先の見えぬ現状を由来に、それぞれ『クモリ』と『ヒル』の名を持った。


人類は『クモリ』と『ヒル』のニつの家をもって、再スタートを切ったのだ。



幸い、種の源となった四人は、人類を代表する程の頭脳を持ち合わせていた。

これまで築いてきた文明を後世に残そうと、可能な限りの文献を残した。


人類を滅亡の危機に追いやった未知の現象についても研究し、判明したことを書物に綴った。


四人が最期を迎えた後も、書物は代々受け継がれていった。

『クモリ』と『ヒル』の二家を柱とし、人類は徐々に文明を取り戻していった。



種は見事繁栄し、人類の生活が安定してきた頃。

二家には対照的に「歪み」が生まれつつあった。


しかし、大事に至ることはなかった。

先人の言葉に以下のような言葉があったからだ。


『力は決して一所に集中させてはならぬ。絶対的な力は必ず暴走するだろう』


この教えに従い、『クモリ』と『ヒル』は領地を二分した。


その後。大陸の北と南には、それぞれ国が築かれた。

『天ノ国』と『時ノ国』。天は『クモリ』が、時は『ヒル』が、それぞれ治めることとなった。



暫くは平和な時代が続いた。

しかし、過ちは繰り返される。


国の内部で派閥が分かれたのだ。

数が増えれば意思も分かれる。それは「感情」を与えられた人類の性であった。


一触即発の空気が二つの国に漂い始めた頃。

『クモリ』と『ヒル』は策を講じた。


特別変わったものではない。

二つの国を更に二分したのだ。


四つの国には、それぞれ以下の名前が与えられた。

『ハレ』『アメ』『アサ』『ヨル』。


『クモリ』と『ヒル』は、自国から分かれた二つの国を繋ぐ役割に回った。


元『天ノ国』。『ハレ』と『アメ』を繋ぐは『クモリ』。

元『時ノ国』。『アサ』と『ヨル』を繋ぐは『ヒル』。


『クモリ』と『ヒル』は、大陸の中心に当たる円形の地形を領地とした。

北側が『クモリ』、南側が『ヒル』だ。


四つの国と、二つの家。


これらは絶妙な均衡を保ち、暫し「世界」は平和を実現した。




久方ぶりに「箱」を覗いた神は驚いた。

そこには、滅亡した筈の種。人類が在ったからだ。


それも、短期間とは思えない程の文明を築き上げている。

とても零から生み出したとは考えられない発達速度だ。


神は生き残りが居たことを悟り、もう一度再構築を行うことを考えたが、止めることにした。

少なくともこの段階では、争いは起こっていなかったからだ。


最後の好機。


今一度道を踏み外した時。今度こそこの「箱」に終止符を打とう。


神は人類に執行猶予を与えた。




流れる刻の中で、新たな歴史は「世界」に制約を生んだ。


それは「知」と「信」を統一する為の制約。

端的に言い表すなれば、それは「血」であった。


この頃。「世界」を構築していた、四つの国と二つの家には、ある特徴があった。


それというのは、地形の問題。

二つの家が大陸の中央部を領地としている為、それを囲むかたちとなる四つの国の内、対極にある国同士はまるで接点がなかったのだ。


当初は大した問題ではなかったが、この特徴は時限爆弾であった。


対極に位置する国が視えない。すなわち現状を把握できない。


ひょっとすると、自分たちに不利益な事を企んでいるのではないか。

そんか不安が民の脳裏にこびりついていった。


隣国や自国側の家から微かに情報は届くも、あくまで又聞きの情報。

真実のところは分からない。


それこそ、自分の国に攻撃を仕掛けようとしている可能性もゼロではない。


無知と恐怖は紙一重。


いつからか、四つの国はそれぞれの対極に当たる国を畏怖の対象とするようになった。


具体的には、『アメ』と『アサ』、『ハレ』と『ヨル』の組み合わせだ。


以上の二国間での友好は禁則事項。

血の繋がりなど以ての外。


この制約は、暗黙の了解として「世界」に刻み込まれた。




その刻。男女は落ちた。


恋という名の甘い罠に。



この頃。「世界」では首脳会談なるものが開かれるようになっていた。

大陸の中央部。すなわち『クモリ』と『ヒル』の領地にて、月に一度その会談は開催される。


来会者は、『クモリ』と『ヒル』の当主と、『ハレ』『アメ』『アサ』『ヨル』の国王である。


この会談は、対極に位置する『アメ』と『アサ』、『ハレ』と『ヨル』の唯一の接点であった。


会談の主な目的は情報の共有。

各国の内情を報告し合うのだ。


そこには様々な思惑が張り巡らされており、真実とは異なる情報も多く飛び交ったが、定期的に顔を合わせる機会は争いの始まりを牽制する役を担った。


この頃。四つの国の勢力は奇跡的に均衡していた。

しかし形態にはそれぞれ些細な違いがあった。


中でも特筆すべきは「王」であろう。

四つの国の内、『アサ』と『ハレ』の「王」は女、『ヨル』と『アメ』の「王」は男であった。


男と女。

いつの時代も異性の関係というのは縺れるものだ。


会談で顔を合わせる度、男女は惹かれあった。


一所に集められし「王」。

事もあろうに国の脳は、禁忌を犯した。


「世界」の禁則事項。

決して交わることは許されない「禁忌の血筋」。


禁断の恋という甘い果実に、「王」は手を伸ばしたのだ。




この日。一組の男女は、穴を見下ろしていた。

男の顔は苦悶に歪み、女の腕には赤子が抱かれている。


「もう限界ね」

「ああ。終わりにしよう」


布で頑丈に包まれた赤子を挟み、二人は最後に口付けを交わした。


赤子は「禁忌の血筋」であった。

生まれ落ちぬことが「正」。存在を公にしてはならぬ「生」。


男女は最初この事実を隠し通す腹づもりであったが、限界があった。

二人は我が子を手放す決心をした。


「ごめんね。アムダ」


女の腕を離れ、赤子は穴に落とされた。


その穴は、地上に住む者達がゴミ箱として利用している穴だった。

不必要になったものや残飯を捨てるのだ。


赤子の体が布で頑丈に包まれていたのは、自分の手で殺したという事実を嫌ってのものだと思われた。

子を捨てたのは致し方のない事で、あくまでも、子は一人孤独に死を迎えた。


二人はそう思い込むことで、罪の意識をなるだけ遠ざけた。


赤子。アムダは、穴底で最期を迎えた。


「禁忌の血筋」の存在を知る数少ない者達は、誰しもがそう思っていた。




アムダは生きていた。


毎日のように落とされる物資で、アムダは細々と生を繋いでいた。

劣悪な環境の中、アムダは孤独に生きた。


穴の上からは、物資の他に、僅かな明かりと声が届いた。

その声は、地上で呑気に暮らす人間達の声だった。


その声は、アムダに「正」と「負」を与えた。


「正」とは、情報だ。

アムダにとって、地上から聞こえる声は、唯一の情報源であった。


当然学びの場も与えられなかったアムダは、その声を頼りに言語を覚えた。

過酷な環境に身を置くと、生物は極限のパフォーマンスを発揮するものである。


して、「負」とは。感情であった。


顔も覚えていない、自分を産み、捨てた者への「恨み」。

何も知らず、平和を満喫する者への「怒り」。


その他様々な負の感情が、アムダの心中を埋めた。


負を清算する術を知らず、また知っていたところでそれが可能な環境になかったアムダは、「像」を造った。


穴の底は、なぜか広々とした空間に繋がっていた。

その空間に、アムダは「像」を立てた。


建立作業には、地上から落とされる物資を使用した。

ひと一人の作業量とは思えなかったが、時間はいくらでもあった。


アムダは、「負」を吐き出すように、「像」の建立に没頭した。

作業は絶え間なく行われ、やがて「像」は完成した。


「憎悪」の限りが込められた2対のその「像」は、皮肉なことに見事な出来だった。


「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


「像」の完成と共に、アムダは言葉にならない声を上げた。


自分はなぜ此所に居るのか。自分は何者なのか。

このまま生きる意味はあるのか。


アムダは何も知らず、何も信じていなかった。



「・・・誰かいるの?」


か細い声は、穴の上から聞こえてきた。

暫しの沈黙の後。その声が自分に向けられたものだと気づき、アムダは気づくと穴の真下に走っていた。



声の主は、アムダと背丈の変わらぬ少女であった。


「やっぱり居た!そんなとこで何してるの?」


穴の上にひょこっと顔を出した少女は、アムダの姿を認識して声を上げた。


「しまった・・」


アムダは焦った。日頃から耳に入る地上から聞こえてくる声から、アムダは自分が本来存在してはならぬ者であることに薄々気づいていた。


穴の上の少女に見つかったという事実は、双方にとって有益に働かない。

アムダは一瞬の内にそう判断した。彼は頭が良かった。


「寂しさ」とかいう感情がそうさせたのか。自分に向けられた少女の言葉に、アムダの思考は一瞬止まり、気づくと足が動いていた。

アムダは反射的にここまで走ってきたことをひどく後悔した。


「ダメだ。俺のことは見なかったことにしてくれ」


アムダは告げ、姿を隠そうとした。


「まって!」


少女の声に振り向きたくなる衝動を押さえ、アムダは進む。


「太陽はダメでも月なら大丈夫だよ!」


少女の言葉の意味を、アムダは思考する。

太陽と月。少女はおそらく、夜なら人目につかないと伝えたいのだろう。


もしかすると、少女はアムダが存在を許されない者であることに、薄々勘付いているのかもしれない。


「また来るね!」


元気な言葉を残し、少女は駆けていった。


「・・・・・・」


アムダは、自身の心に芽生えた未知の感情を確かめるように。


静かに胸に手を当てた。



穴底から見える、丸い空に月が重なる頃。

アムダと少女は密会するようになった。


「今日も来たよ!」

「誰にも見られなかったか?」

「うん!平気!」


少女はアンと名乗った。

アムダは人の名前など大して知らなかったが、この名前は彼女によく合う良い名前だと感じた。


「今日も持ってきたよ!上手くキャッチしてね!」


時にアンは、穴底に食べ物を落としてくれた。

腐ったものや残飯しか食べてこなかったアムダにとって、アンが落とす食べ物は神の恵みのようだった。


「そうだ。この間、アズがね───」


アンとの会話は、ゼロに近かったアムダの「知」と「信」を埋めてくれた。


「それは滑稽だな」

「でしょ!でしょ!それで私しばらく笑いが止まらなかったの!」


月夜の下。二人の少年少女の笑い声が、張り詰めた空気を揺らす。


「アムダも登ってこれたら良いのにね」


アンがポツリと言葉を漏らした。


穴の上と下。決して触れることはできぬ距離感。

穴は深く、少女一人の力で梯子を架けるような真似は不可能に思われた。


「そうだな。けど、このままでも充分だ」


触れ合いたいという感情が一切なかったといえば嘘になるが、アムダは現状に満足していた。

それ以上を望む事は高望みなのか。この状況に満足することは相応か。アムダは判断がつかなかった。


ささやかな幸せを感じることができるこの時間が永遠に続けば良い。

アムダは本気でそう思っていた。


「そっか・・・あ、そうだ!私がそっちに行こうかな!」

「冗談はよしてくれ。ここに落ちるには君は眩し過ぎる」


アムダは力なさげに首を振った。


見ず知らずの、地下深くで生活する自分のことを、アンは毎日のように訪ねてくれる。そんな心優しい少女が不幸になるようなことは決してあってはならない。


アムダは自分の幸運とアンの不幸とを天秤にかけ、拭いようのない不安をずっと抱えていた。


危険と隣り合わせである現状にも、アムダはずっと不安を抱いていたのだ。


「少しでも危険を感じたら、もうここには来なくていい。俺のことは忘れてくれ」


そんな言葉を吐きながら、アムダは胸が痛むのを感じた。


アンが会いにきてくれるようになってから、アムダの世界は様子が変わった。


それは、白黒だった景色が色付いていくようだった。


アンという存在は、アムダに足りていなかったモノを埋めてくれた。


アムダにとってのアンは、全ての「知」であり、全ての「信」であった。


「・・・うん。わかってるよ。また来るね!」


弾んだ音色を残し、アンの姿は見えなくなった。


穴底から見上げる切り取られた丸い空には、まん丸な月が浮かんでいた。



満月の夜を境に、アンは姿を見せなくなった。


何者かに見つかったのではないか。はたまた身内に動きを怪しまれたか。

何ら音沙汰のない状況は、アムダの脳に次々と悪い想像を植え付けた。


事なきを得ていればそれでいい。どうか無事であってくれ。


アムダは想像が現実のものとならぬことを願い、生を繋いだ。


月が欠けては満ち。再び綺麗な円を描こうかといった頃。

地上はある噂で持ちきりになっていた。


それというのは、近々二家勢揃いの緊急集会が行われるというもの。

なんでも、争いの引き金となり得る『鍵』が見つかった為、その処遇を決める裁判を開くという話であった。


小さな円を描く地形に広まった噂は、穴底のアムダの耳にも届いた。


「その鍵っていうのは、どうやら一人の少女らしいぞ」


偶然聞こえた地上の声に、アムダの心臓は跳ね上がった。



アムダとアン。二人の生い立ちは数奇であった。


アムダは、『アメ』と『アサ』の間に生した子であった。

アンは、『ハレ』と『ヨル』の間に生した子であった。


二人は、同じ「禁忌の血筋」であった。

存在を許されない子ども。二人の生まれた境遇は、奇しくも共通していた。


しかし、生い立ちはまるで逆であった。

その原因は、親の「知」と「信」にあった。



アムダの親は、「知」を重んじた。

彼らは、秘密が必ず漏れることを知っていたからだ。


『アメ』と『アサ』の「王」は、アムダを捨てた。



アンの親は、「信」を重んじた。

彼らは、人の温かさを信じていたからだ。


『ハレ』と『ヨル』の「王」は、アンを預けた。



『クモリ』と『ヒル』の二家が治める、円形の領地。

そこには、そこそこの人数が生活していた。


「家」といっても一家ではない。

円の内側は、さながら小国であった。


人が集まれば、思惑が飛び交うものだ。

その中には、各国の「王」の息がかかった者も居た。


アンが預けられたのは、その内の一つであった。


アンを預かった者達は、アンに真実を伝えず、あくまで我が子として育てた。

が、アンは二人の些細な言動から、自分がこの家の実の娘でないことに薄々勘付いていた。アンは勘が良かった。


まさか実の両親が、二国の「王」とは夢にも思っていなかったが。




早朝。その日は雲一つなく、昇る朝日がやけにくっきりと見えた。


「お姉ちゃん。どこ行くの?」


家を出ていこうとする姉を見つけ、少女は呼びかけた。


「ううん。どこにも行かないよ」


その声に振り向いた顔は、アンのものだった。


「だからアズはゆっくり寝てな」


少女は姉の言動に違和感を覚えたが、言う通りにした。

姉は決して間違ったことは言わないことを知っていたからだ。


「お姉ちゃん。帰ったら遊ぼうね」

「・・・うん。そうだね!」


アンの笑顔を確認し、少女は部屋に戻っていった。


「・・よし。行くぞ」


アンを挟んでいた二人の大人が短く放ち、アンは家を去った。




この日。二家の者は一所に召集された。

その場所というのは、円形の建物。


四国の王と二家の当主が首脳会談を行う際にも用いられている集会場だ。


いつもは中心に円卓が用意されているのだが、この日は撤去されていた。

代わりに、建物の中心には自由を奪われた少女の姿があった。


「・・・・・・」


少女は何も言わず、ただ真っ直ぐに正面を見据えている。


その少女とはアンであった。

両手と両足を縛られ、拘束されている。


口元は無事で発言の自由はあったが、アンは歯を食いしばるようにして口を閉ざしていた。


「これが問題の『鍵』だな」

「よくもまあ、ここまで育てたものだ」


声の主は、『クモリ』と『ヒル』の現当主。

アンを挟むように陣取って向かい合い、厳しい視線を交差させている。


「誠に申し訳ありませんでした。我々も詳細は聞かされていなかった故」


二人の大人は、当主に向かって深々と頭を下げた。

その者達とは、アンの育ての親であった。


彼の者達は、アンを預かった事実を認めながらも、アンの出生については知らなかったと説明した。


実際のところは、『ハレ』と『ヨル』からの多額の援助を見込んでの確信犯であったが、あくまで騙されたのだと主張した。


二人に下された罰は極めて軽いものであった。


二家にとって二人は身内で、アンは他所者。

二家の関心事は、あくまでアンの扱いにあったからだ。


「禁忌の血筋」。

それも『ハレ』と『ヨル』の「王」の子。


この存在が公となれば、「世界」は大混乱に陥る。

それほどまでに、「箱」に刻まれた制約は強固であった。


形式上開廷された裁判であるが、判決は最初から決まっているようなものだった。


「それでは、判決を言い渡す」


淡々とした言葉は、アンの未来を告げた。




「はぁ」


「箱」を眺める神は呆れていた。


これだけ頭脳が発達した種が、何故愚かな選択を繰り返すのか。


「血」の流れにどれだけの意味があるというのだ。

子から親へ。逆流するようなことがあれば多少は問題かもしれないが、『鍵』と呼ばれる少女にしても、血は親から子へ、順当に受け継がれている。


たかが少女一人に何を振り回されているのか。


少女の出生の秘密が、争いの引き金になる?そんな馬鹿な話があるか。

誰の血を引いていようが、同じ種であることに違いはないはずだ。


いや、そんなことは人類も理解しているはず。

するとこれは争う為の建前。争うきっかけを探しているのか。


いや、それも少し違う。

なれば決断は変わったはずだ。


では何が種の脳を惑わしている?

神は大方の見当をつけた。それはきっと「変化」だ。


人類は変化を嫌う傾向にある。

中には変化を望む革命家もいたが、それはいつの世も少数派であった。


その他大勢の「知」と「信」を統率する為、歴史は制約を定めてきた。

時代の変化が負の遺産としたモノも、変化を恐れる人類はなかなか捨てる事ができない。


そうして、今。

人類は、勝手に決めた制約で首を絞め、救いのない二択を迫られている。


「はぁ」


神はもう一度息を吐くと、二つの事を決めた。

それは奇しくも、「王」の決断とよく似ていた。


一つは、「箱」を捨てる事。

もう一つは、「箱」の所有権を預ける事。


神は後継者を探し始めた。




アムダは丸い空に浮かぶ太陽を眺めていた。


アンの元に危険が迫っている、という確信めいた想像が、アムダの脳裏にこびりついて離れなかった。


今すぐ助けに行きたいが、穴を出ることは叶わない。


自分の置かれた状況。不甲斐なさに腹が立つ。


自分に力があれば。沸き立つ感情の波が、ただその一つに帰結する。


無力感からの解放を望むように。

アムダは太陽に手を伸ばした。


「・・・なんだ?」


アムダは最初、太陽が落ちてきたように錯覚した。


丸い太陽と重なるようにして、一直線に穴底に落下してきたモノ。


それは、一つの果実であった。


「・・・・・・」


伸ばした手にすっぽりと収まった果実を、まじまじと眺めるアムダ。


その果実は、時折アンが落としてくれた果物に似ていた。

アンはその果物のことを「リンゴ」と呼んでいた。


アンが落としてくれた果物は赤色であったが、今回の果実は「玄」の色といったところか。深みのある黒色であった。


一体誰が落としたというのか。


無論アンでは無かろうし、その他の人間が捨てたのか?

いや、捨てる者の姿は勿論、声や音も一切しなかった。


もとより、今日はやけに地上が静かだ。

まるで誰も居ないかのようである。


それに、果実は太陽と重なるように落ちてきた。

まるで天から落とされたように。


アムダは妙な胸騒ぎを覚えた。


不安と期待をごちゃ混ぜにしたような感情が、アムダの全身を駆け巡った。


気づくとアムダは、果実を口にしていた。


「!!!!!!」


瞬間。アムダの全身は初めての感覚に包まれた。


限りなく研ぎ澄まされた五感。

今まで視えなかったものが、聴こえなかったものが、手に取るように感じ取れる。


今の自分には、圧倒的な力がある。

確信めいた考えが、胸の底から湧き上がってくる。


アムダの全身を包んだモノの正体は、全能感であった。


アムダは何の疑いもなく、地上に向けて手を伸ばした。

すると、「世界」がアムダに従うように、穴底から地上に「梯子」が架けられた。


それが当然と認識している自分に驚きながら、アムダは梯子に足をかけた。


初めての地上。

地上の者達の世間話や、アンの話の中でしか知らないはずの街を、アムダは迷いのない足取りで駆けた。




神は「箱」の中に後継者を見つけた。

それは神の出来心であり、新たに「箱」の所有者となった者への同情であり、実験であった。


人類の行いを理解できないのは、視点が違うからではないか。それが神の結論であった。

であれば、同じ視点を持つ「箱」の中の者に「権利」を与えてはどうか。神はこう考えた。


神が采を振るのではなく、采が自ら出目を選択するのだ。


好奇心も働き、神は「権利」を得る権利を得る果実を、「箱」に落とした。

『神ノ果実』。それを口にすれば、彼の者は神の代理者となる。


『神ノ果実』が穴底の男の元に届いたのも、神の意向であった。


何も得てこなかった男が全てを手にした時。如何様な動きを見せるのか。

神は興味があった。


「彼の男は救われて然るべき。救いの定義もまた新たな脳が決めればよい」


神は「箱」を手放した。




掛かった鍵を物ともせず、アムダが建物に駆け込むと、中は騒然としていた。


「開けろ」


アムダが静かに言葉を吐くと、何人かの人物がようやくアムダの存在に気づいた。


「どこの子だ。今は大事な───」

「聞こえなかったのか。開けろと言っている」


アムダの異様な圧に、男が口を噤む。

異質な存在に気づいた者達は、一人また一人とアムダに道を譲った。


大海を割るようにして出来上がった一本道。

その先にあったのは、弱々しく横たわる一人の少女であった。


「アン!」


駆け寄るアムダが、少女の身体を抱き上げる。


「・・・・・・アムダ」


少女はうっすらと目を開き、アムダの声に答えた。


アンは自ら毒を含んでいた。

ここに呼ばれた時点で、アンは自分の命がここまでであることを悟っていた。


どうせ死ぬなら、自分の意思で。

それは一人の少女が下すには、あまりに重すぎる決断であった。


「・・・どうしてここにいるの?」


自分が生きているのか死んでいるのか。

アンは判断がついていないように見えた。


アンがアムダに会いに行かなくなったのは、自分が「禁忌の血筋」であることを知ったからだった。

育ての親である二人がコソコソと話している内容を聞いたのだ。


アンの育ての親は、アンの出生の秘密が噂として出回っていることを嗅ぎ付けていた。

このままでは自分達に危険が及ぶやも知れぬ。二人はアンを切り捨てる道を選んだ。


アンは少なからずショックを受けたが、この時知ったもう一つの事実が、感情を大きく上書きした。


それというのは、妹のアズもまた「禁忌の血筋」であること。

アンとアズは、実の姉妹であったのだ。


アンが聞いた限りでは、育ての親は現時点でアズを手放す気はないようだった。


アンの死は『ハレ』と『ヨル』にいずれバレるだろうが、彼らはその事実を公にすることができない。

他にアズを預ける先もなく、またアズの出生を知られている以上下手な動きはできないはず。アズを引き取るにしても口止め料として金を巻き上げることができる。


育ての親からすれば、アンを失おうが多額の収入が見込めるわけだ。

また噂が出回るようなら、その時に今回と同じ決断をすればいい。


育ての親の下衆な話を聞き、アンは妹を守る術を考えた。

しかし、妙案は浮かばなかった。


アムダに知らせるわけにはいかない。彼の存在は地上の者からすれば完全なイレギュラー。「禁忌の血筋」と繋がりがあると判れば、歪んだ正義の剣先は彼の喉元にも容赦なく突き付けられることだろう。


アンは知る由もないが、彼もまた「禁忌の血筋」であるのだが。


アムダが居る穴底はある意味安全かもしれないが、アムダはそれを望まないだろう。

また、アムダが認めたところで、あの過酷な環境下でアズが生きていけるとも限らない。


どちらにせよ、二家の中に妹の幸せの道はない。

アンは苦肉の策として、亡命の道を示した。


どこかの国に彼女を受け入れてくれる存在を信じての行動であった。


亡命のタイミングは、アンが指示した。

お姉ちゃんが嘘をついた時。それがアズに亡命を決行させる合図であった。


きっと今頃、アズは人が居なくなった街を駆け抜け、いずれかの国に亡命している頃だろう。


「ようやく触れられたね」


アンは弱々しく手を伸ばし、アムダの輪郭をなぞった。


アンの心残りは二つあった。

それは、たった二人の大切な存在。アムダとアズの幸せを見届けることができないことだ。


「・・・アン?」


頬を撫でたアンの手が、力なくだらりと垂れる。

思わず握った少女の手は、驚くほどに冷たかった。


「アン!」


アムダの声に、アンは一切の反応を見せない。


自分の死が、二人の明るい未来に繋がっていることを信じて。


アンは旅立った。




どのくらいの間そうしていたか。

アムダはアンを抱いたまま、静かに目を閉じていた。


その間、周りを囲む者たちは微動だにしなかった。

それは、二人の子が織りなす光景が、あまりに俗世離れしていたからだ。


見知らぬ少年の腕の中で、安らかに眠る少女。

少年はひどく醜い姿であったが、この時だけは神秘的に映った。


まるで「世界」がそこだけ切り抜かれたような光景に、多くの者は呼吸することすら忘れていた。


アムダは最後にアンを抱きしめると、ゆっくりと寝かせた。


「終わりにしよう」


その声に、周りを囲む者は思い出したように呼吸を再開した。


今のアムダの感情は、自分でも驚くほどに凪いでいた。

自分が歴史に終止符を打つ。使命感にも似た想いに突き動かされ、アムダは力を行使した。


アムダは自分の所為でアンは死んだと思っていた。

自分の存在を知ってしまったから、口を封じる為に殺されたのだと。


それは勘違いであったが、人類の勝手な都合でアンの命が奪われたことについては合っていた。


「皆の者。何をしておる!」

「彼の子を捕らえよ!」


我に返った『クモリ』と『ヒル』の当主は、怒号のような指示を飛ばした。


が、指示の実現はおろか、返事すらなかった。


アムダの力は、文字通り次元が違った。


一度の瞬きを許すか許さないかといった、刹那の時間。


二人の少年少女を囲むようにして、死体の山は築かれた。




数日後。四国の王は招かれた。

月に一度開かれる会談と聞かされていた王達は、二家の様子がいつもと違うことに眉根を寄せた。


小さな円形の領地は、異様な程に静かだった。

まるで人が全て消えたようだ。


集会場に足を踏み入れると、異臭が王達を襲った。


「来たな。偽りの王達よ」


建物内部の中央には、一つの立派な椅子が拵えられていた。

そこには、立派な衣服を身に纏った男が座っていた。


異様に整ったその服装は、王達の目には歪に映った。


「これはどういうことだ」


一人の王が声を上げる。

代表して疑問を呈したその男は、何の因果かアムダの実父であった。


何を隠そう、集められし四人の王は、アムダとアンの産みの親である。

皮肉なことに、その事実に気づいた者は、ここには誰一人として居なかったが。


「ご覧の通り、二家は滅んだ。して、貴様らには王の座を降りてもらう」


淡々としたアムダの宣告に、四人の王は一瞬呆け、次いで目に怒りを宿らせた。


「テキトーなこと言わないで」


今度はアムダの実母が声を荒げる。


その答えを予測していたのか。アムダはやれやれと首を振ると、片手を後方に向けた。


向かい合う王達とは逆側。アムダの掌が向けられた方向に、眩い閃光が走る。


次いで乾いた破裂音。

四人の王が思わず閉じた瞼を開くと、そこには建物に見知らぬ大きな穴が開いた光景があった。


その先に、一切の人が消えた街並みが見える。


「もう一度だけ言う。玉座を降りろ」


到底人のモノとは思えぬ力を前にし、四人の王は順々にひれ伏した。


床に頭をつける元王を見下ろし、アムダは無表情のまま告げた。


「貴様らはこれより共犯者だ。四家を名乗り、命に従え」


王。改め四家は、頭を下げたまま服従の意を示した。


「世界」の歴史が動いた瞬間であった。




まず初めにアムダが下した命は「各国の子どもを集会場に集めること」であった。


四国の元王は従順に動き、『ハレ』『アメ』『アサ』『ヨル』『クモリ』『ヒル』の子ども達は、大陸中央の集会場に召集された。

ただし、歳は10代のみ。これもアムダの指示であった。


「これで全員か」


そこでアムダが行ったこと。それは「選抜」であった。


目的は「世界」を理想の形にすること。

アムダが理想とする世界。それは「零の世界」だ。


真の平和を生み出すのは、真の平等である。

暗い穴底で、一人の少年が導き出した答えがこれだ。


持ち合わせたモノに差があるから争いが生まれる。

裏を返せば、全てのプラスとマイナスが零となれば、争いは生まれない。


真の平等を。真の平和を実現するには、プラスとマイナスを清算しなければならない、というわけだ。


この持論に従い、アムダはオーディションを開いた。

「神ノ力」を得るに足る、新たな王を決める為のオーディションを。


彼の者は、若者でなくてはならない。

大人と比べ、若者は持たざる者であるからだ。


彼の者は、弱き者でなくてはならない。

強き者に与えたところで、零にはならないからだ。


彼の者は、悲惨な過去を持つ者でなければならない。

そのマイナスを零とするのが、神の役目だからだ。



「選ばれし者達よ。お前達は、たった今から王となる」


オーディションが終わり、アムダの前には「選抜」された若者が並んでいた。

選抜に漏れた者達は、既に集会場を後にしている。


「ちょっと待て!」


選抜者の一人。ヤンキー風の男が、声を荒げた。


「何処の馬の骨かも知らねえ奴にいきなり王だなんだと言われて、ああそうですかって従うとでも思ってんのか?」


男の言い分に、他の選抜者の目にも怪訝の色が浮かぶ。

身元不詳の者に王となるように命じられたところで、現実感がないのが実際だった。


「いいだろう。まずは現実をみせてやる」


アムダが指を鳴らすと、彼の後方に四家の当主が四人、跪いた状態で姿を見せた。


「国王!?」


その者達の登場に、選抜者の中から驚きの声が上がる。

四家の当主は、四国の元王。彼の者達が玉座を降りたことを、国民はまだ知らなかった。


「これだけでも十分だろうが。特別に力も見せておこう」


アムダが体の前で拳を握る。

と、彼の命に従うように、建物が揺れ始めた。


次の瞬間には、集会場を構築していたモノが玩具のブロックのように外れ、アムダの手中に次々と収まった。


やがて集会場の全ては、アムダの拳一つに収まった。

握られた拳を開くと、僅かな塵がさらりと落ちた。


「「「・・・・・・」」」


圧巻の光景を前に、選抜者達は言葉を失った。


人の拳一つに建物の全てが収まる。

本来は決してあり得ない事象を目の当たりにし、本能が告げた。


彼は上位の種であると。


「お前たちはこれより、人の王であり、神ノ手足。『ドゥオデキム』だ」


静かに告げられた新たな名に。横一列に並んだ王達は、一斉に頭を下げた。


「発言を宜しいですか?」


今度は大人しそうな男がおずおずと手を上げる。


「許可する。何だ?」

「貴方様のことは何と呼べばよろしいでしょうか?」

「そうだな・・・」


アムダは少し考える素振りを見せた。


「N番目の王であり、神ノ脳。『N王』とでも呼ぶがよい」


新たな王達は、より深く頭を垂れた。




次にN王ことアムダが行ったこと。それは、「世界」の整備であった。


まずは、民。

説明なしに国の王が変わるとあっては、民が黙ってはいないだろう。


アムダはこの問題を、『神ノ力』でクリアした。

具体的には、新たな王がまるで最初からそうであったように、催眠をかけたのだ。


と、同時に。アムダは国を六つに分けた。

して、これらの国に、新たに「王」となった『ドゥオデキム』をそれぞれ二人ずつ配置した。


王を二人制にしたのには、むろん意味があった。

それは力を分散し、暴走を防ぐためだ。


更にアムダは、この組み合わせを男と女に限定した。

それは元王の過ちを知ってのことか。真実のところは分からない。


アムダは二人の王に、それぞれ「知」と「信」の名を与えた。

アムダが理想とする世界。「零の世界」には、この二つの拠り所が必要である。という考えの元だ。


アムダは、『ドゥオデキム』に姿を秘匿するよう命令した。

民には必要最小限の情報だけを与え、理想の王をそれぞれの民に想像させるためだ。


民に何事かを伝える必要があれば、四家を通じて指示を出すように。

アムダは『ドゥオデキム』に、こう言い渡した。


六つに分けられた国には、それぞれ別々の環境が与えられた。

これもアムダの『神ノ力』によるモノだ。


それは一種の実験であった。

各国に王の存在はあるも、直接命を下すような真似はしない。


各国の大きな違いは、環境だけ。

この条件下で、人類はどのような営みを行い、どう変化するのか。


神の代理者となったアムダは、六つの「箱」を用意したのだ。


今は無き『クモリ』と『ヒル』の領地であった円形の地形は、実験に不必要な者達の収容所として活用された。

その者達とは、『ハレ』『アメ』『アサ』『ヨル』の四つの国で生活をしていた者の内、「零の世界」には必要ないと思われる者達だ。


彼らは「自分たちは高貴な存在である」という催眠をかけられ、小さな円の中に閉じ込められた。

その円には強固な城壁が敷かれ、『央』と名が付けられた。四家についてもここに住む運びとなった。


一通りの作業を終えたアムダは、『ドゥオデキム』を地下に召集した。

ついこの間まで、自分の「世界」であった穴底に。



「表を上げよ」


アムダが短く言い放つと、十二の王は一斉に顔を上げた。


そこに彼らが見たのは、立派な『樹』であった。

生命の力を感じるその樹には、いくつかの果実が生っていた。


その色は様々で、「金」や「銀」のモノもあった。


「少し遅くなったが、お前たちにも『神ノ力』の一部を与える。選ぶが良い」


アムダの言葉に、『ドゥオデキム』はそれぞれ果実を手にした。

二人で一つの双子の王については、半分こをして口にした。


「これは・・・」


『ドゥオデキム』の面々は、自身を襲った変化に驚いた。


身体の底から溢れ出る、圧倒的エネルギー。

今なら何でもできる。そんな全能感に包まれた。


それにしても、アムダとの差が埋まった感覚は一切なかった。

いや、力を得たことで、アムダのソレは桁が違うことを思い知らされた。


まさに底無し。

アムダに異を唱えようとする者は、一人としていなかった。


『ドゥオデキム』の全員が果実を口にしたことを確認し、アムダは改めて口を開いた。


「これより我は最後の任にあたる。お前達は引き続き各国を観察するように」

「最後の任とは。訊いても宜しいですか」


『ドゥオデキム』の一人が、恭しく口を開く。


アムダは顎に手を当てた。


「そうだな。これから100年続くことになる新世界を、限りなく零に近づける為の準備。とでもいっておこうか」


アムダの言葉を理解したのかどうか。『ドゥオデキム』の一人は頷いた。


「尚、この任を終え次第、我は眠ることになるだろう。我が次に起きる時、それは実験が失敗に終わった時だ。100年後。実験が成功していれば、我はそのまま眠り続けることになる。この道を我は歓迎する。それは我の望む理想の世界。零の世界が完成したことを意味するからだ」


淡々と言葉を紡ぎながら、アムダの視線が『ドゥオデキム』の一人一人に注がれる。


「実験は成功であったか、失敗であったか。また、我を起こすべきか否か。判断はお前達に一任する」


十二の王は頭を下げ、承知の意を示した。

アムダは頷き、言葉を続ける。


「最後に一つ。実験が失敗し、我を起こす場合に備え、エネルギーの収集方法を確立しておくように。力がぶつかり合う場所を用意するのも一つの手だな。力には矛先が必要だ。この方法についても一任する。今のお前達なら可能の範囲だろう」


「では、解散」と、アムダが言えば、『ドゥオデキム』は一斉に姿を消した。




それからアムダは、一人黙々と「像」を造った。

「像」の建立は、『神ノ力』を行使すれば一瞬であったかもしれないが、アムダは自力で建てることにした。


「正」の祈りを込めて、アムダは一心不乱に作業した。


「・・・・よし。完成だ」


相応の時間を掛け「像」が完成すると、アムダはその真上に大きな穴を開けた。

地上と地下を繋ぐ大穴は、「像」に明かりを届けた。


それからアムダは、「像」と「大穴」にそれぞれ「力」と「制約」を与えた。


「大穴」に課せられた制約は二つ。

それはどちらも「時」に関するモノであった。


一つは、「大穴」自体の保存期間について。


『ドゥオデキム』が判断を下す100年後。

判決が成功であれば、大穴はそのまま。失敗であれば、大穴は真逆の位置に開かれる。


もう一つは、穴を通過するモノの有効期間について。


このモノには、「一定の期間毎に力が半減していく法則」が適応されることとなった。

これは、心体の成長と与えられし力のバランスを取り、零に近づけるためのモノであった。


「力」は不安定であるため、一部例外も生まれることだろうが、それもまた一つの実験。アムダはこう考えていた。


また、実験の失敗と共に開くことになっている「大穴」には、全く逆の制約が付与された。

これは、大陸全体の力のバランスを零とするための処置であった。


して、「像」に与えられし「力」。


それは、『梯子』であった。


同じ「箱」にありながら、決して交わることのない二つの「世界」。

別々の「世界」に在る者の「過去」を参照し、「未来」が零となるように照合。


選ばれし二者の間に、『梯子』を架ける。

コレが「像」に与えられた命であった。


これにより、「力」は真に必要とする者の元へ。


「世界」は最適化され、「零」となる。


その果てに、アムダが理想とする「零の世界」はあるのだ。



「アン。君の世界も見てみたかった」


アムダは穴底から地上を見上げて呟いた。


そこに少女の姿はない。

切り取られた空には、太陽がありありと浮かんでいるだけだった。



実験が上手くいくことを。

第二の自分やアンが生まれぬことを。


このまま目覚めることがないことを祈って。


アムダは100年の眠りについた。

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