第16話 FALSE
───「円卓の間」。
それが存在するは、『ヌルポイント』。
ナンバリングされた国の何れにも属さないこの場所は、言うなれば「虚無の国」といったところか。
選抜者が集められたその場所で、ジャヌアリ=カプリコーンとエイプリル=アリエスの二人は、冷徹な顔に僅かな動揺を浮かべていた。
「『偽』を攻略しましたか。クニオトシとは、お見逸れしました」
「あれだけの人間達が手を取り合うとは、想定外でしたね」
薄闇に浮かぶ二つの片眼鏡の奥で、二人の片目が細まった。
「さて、まだ余裕もありますし、『偽』攻略の褒美に少し話でもしましょうか」
そう言うと、アリエスは例の黒い杖を李空に向けた。
「・・あれ。喋れる?」
直後。李空の口に自由が与えられた。
しかし、動かせるようになったのは口だけ。体は椅子に引っ付いて離れない。
「そうですね。せっかくですから質問を受け付けましょう。一つだけ、何でも答えますよ」
何かを試すような、カプリコーンの目。
「真夏は無事か!」
李空は反射的に声を荒げていた。
カプリコーンが残念そうに首を振る。
「一つだけと言ったのに、『鍵』の安否確認ですか。勿論無事ですよ。あの鍵は我々にとっても必要なパーツですから」
「・・・・・・」
李空は唇を噛んだ。
それは、真夏を道具のように呼ぶ男に心底腹が立ったからだ。
それでも口に出さなかったのは、仲間を人質に取られているから。
男達の力は未知数な上に、身動きが取れないこの状況は圧倒的に不利。
自分だけならともかく、円卓の他の席に仲間の姿を確認している以上、無闇なことはできない。
怒りに我を失いそうになりながらも、李空の冷静な部分は理性を保っていた。
「これだけではどうも味気ない。どうです?『鍵』のついでに『TEENAGE STRUGGLE』の秘密を教えては」
そんな事を言い出したのは、アリエスだ。
「それは良いですね。そうしましょう」
カプリコーンは頷き、勿体をつけるように咳払いをした。
「『TEENAGE STRUGGLE』が最強を決める為の大会というのは偽り。真の目的は別にあるのです」
カプリコーンは淡々と語り始めた。
『TEENAGE STRUGGLE』
それは、一年に一度。各国から精鋭を招集し、零ノ国にて開かれる最強を決める大会。
その大会の存在を知る、数少ない者達の認識はこれだった。
しかし、真実は違った。
いや、出場する選手や、観戦する央の貴族や、零ノ国の民といった者達の意識。表向きの概要はそうである為、ある意味では事実であるのだが、裏は違った。
裏。すなわち歴史。
『TEENAGE STRUGGLE』が開かれるようになった理由は、『リ・エンジニアリング』を起こす為であった。
首謀者は六国の「王」。
六国に二人ずつ。すなわち十二の王は、『リ・エンジニアリング』またの名を、人類再構築計画の準備段階として、『TEENAGE STRUGGLE』を開催したのだ。
最初こそ「王」が主催していたこの大会であるが、その内「央」の貴族が手掛けるようになった。
それは「央」が奪ったのではなく、「王」が命じたのだ。
「王」と「央」。
六国、ひいては大陸の平穏を実現する役を担うこの二つの「おう」には、明確な力の差があった。
国民には姿を見せない王達であるが、その実態は「央」を束ねる者。
貴族の中でも特に位が高い、四代貴族と称される四家に直接命を下すことができる、唯一の存在であった。
全ての外交の中継役となり、また諸国の監視役を担うことで六国の平和を保ち、均衡を維持する役割をこなす、大陸中央に位置する「央」。
この地域を実質的な支配下としている「王」にとって、大陸全土は自分達の領地のようなもの。
全ては、「王」の掌の上であったわけだ。
して、『TEENAGE STRUGGLE』と『リ・エンジニアリング』の繋がりであるが、それは「エネルギー」であった。
『リ・エンジニアリング』にはエネルギーが必要となる。大陸を回転させる程の膨大なエネルギーだ。
このエネルギーを生み出すモノ。それは他でもない。「才」である。
大陸の地中。そこには、エネルギーを収集する装置が埋め込まれている。
これを利用し、「王」は地上の者達を対象に、日頃からエネルギーを集めているのだ。
しかし、コレだけでは『リ・エンジニアリング』を起こすには到底足りない。
そこで開催されるようになったのが、『TEENAGE STRUGGLE』というわけだ。
各国の精鋭達の衝突によって生み出される膨大なエネルギーは、知らず知らずの内に、この装置によって収集されていたわけだ。
才によるエネルギー。「サイエネルギー」の収集装置は、全部で七つ。壱から陸と零。ナンバリングされた国の数と同じだ。
これらは管で繋がっており、これまで貯蓄された「サイエネルギー」が、此度の『リ・エンジニアリング』の原動力となっていた。
年々貯蓄されていたこの「サイエネルギー」であるが、『リ・エンジニアリング』を起こすまでには足りていなかった。
しかし、こうして人類再構築計画は進んでいる。
その「鍵」となったのは、晴乃智真夏であった。
真夏の才は『リピータ』。能力は「増幅」だ。
「王」の一人がこの事実に気づき、真夏を攫った。
この才があれば、「サイエネルギー」を増やすことが可能であるからだ。
真夏の才『リピータ』の能力は、感情の起伏によって作用する。
「正・負」問わず、激しい感情に呼応して引き起こされるのだ。
この結論に至った「王」は、真夏の感情の昂りを図った。
『リ・エンジニアリング』によって大地が回転する途中、何人かの「王」が調査班を襲った理由もこれだ。
調査班と「王」が相対する様子を、真夏はモニター経由で見せられていたのだ。
仲間のピンチを映した映像に、真夏の負の感情は溢れ、『リピータ』が作用。
「王」の思惑通り、「サイエネルギー」は順調に増えていった。
これにより、『リ・エンジニアリング』はここまで順調に進んできた。
最悪の災厄こと、陸獣との闘い。
それは終わりであり、始まり。
『リ・エンジニアリング』は、ネクストフェーズへと移行する。
「少々話し過ぎましたね」
カプリコーンは薄い笑みを浮かべて言った。
並べられた事実の数々に、選抜者は困惑の表情を浮かべていた。
それは李空も同様。
口に出して訴えようとするが、思うように発声できない。どうやら、再び自由を奪われたようだ。
「何か話したい様子ですね。もう一度だけ好機を与えましょう」
アリエスは黒い杖を李空に向けた。
与えられたチャンスは一度だけ。
今回はじっくり考える間をもって、李空はゆっくりと口を開いた。
「京夜。俺はお前を信じてるからな」
「・・・・・・・」
カプリコーンとアリエスに挟まれるようにして立つは、墨桜京夜。
その目を真っ直ぐに見据える李空であったが、京夜から答えが返ってくることはなかった。
「時間ですね。それでは『真』を始めますか」
カプリコーンが口を開く。
「我々十二の王と選抜者との闘い。神ノ手足こと『ドゥオデキム』相手にどこまで抗えるか。楽しみにしてますよ」
アリエスは、興奮を抑えるようにして言った
円卓の中央。薄暗い空間の一点に煌る、強くも淡い一つの灯。
まるで生命を具現化しているかのような、安らぎと不安を同時に覚える不思議な灯が、ふっと消えた。
それと、同時に。
二人の王と選抜者は、一斉に姿を消した。
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