第12話 NULL


六体の『陸獣』が、行進を止めた。


「やったか・・・」


壱ノ国から三上が呟く。

訪れる沈黙が、各地で繰り広げられた激戦の余韻を物語っていた。


最悪な災厄として語られる、『陸獣』。

六つの国を蹂躙すべく行進を始めた六体の獣は、目的を達する前に敗れた。


それぞれ風貌に大きな違いがあるが、皆共通して異質を放っていた六体。

彼らは人間相手に敗北を喫したのだ。



「・・・母様。がきます」


不安そうな顔を浮かべ、翼が三上の袖を引く。


「ナニカ?」


怪訝な顔を浮かべ、娘が見る方向に三上も目を向ける。


その刻。「央」跡地に異変が起きた。


ソレは、一度の瞬きの間に出現した。


一瞬。その言葉がピッタリの間隔で、生まれた。


出現位置は、六国同盟『サイコロ』の本拠地があった場所。


その一所に、が現れたのだ。


「何よ、アレ・・・」


三上が口をポカンと開ける。


天を衝く程に高いその「カタマリ」は、圧倒的な存在感を放っていた。


見る者に得体の知れない恐怖を植え付ける、どす黒い色。

地面に接する「カタマリ」の下部は、氷塊が溶けるようにして、どす黒い影を周囲に伸ばしていた。


「アンタ何か知ってるんじゃ・・って、あれ?」


六下に話しかけたつもりの三上であったが、彼の姿はいつの間にかなくなっていた。




───「央」跡地。


「ありがとう。貴方は命の恩人だ」

「いえいえ。間に合って良かった」


そんな会話を交わすのは、墨桜次郎と六下の二人である。


墨桜次郎をはじめとする央の貴族は、巨大な檻に収容されていた。

その位置は央跡地。すなわち、先刻巨大な「カタマリ」が出現した場所である。


しかし、檻の中の人間達は全員無事であった。

そんな奇跡の救出劇を演出したのは、他の誰でもない六下であった。


六下は、事前の調査から、この地点に危機が迫る可能性を見出していた。

故に、その地点に檻が出現したのを認め、「ヒトツメ」を攻略した直後に、こうして馳せ参じたわけだ。


移動には美波の『ウォードライビング』を利用した。

座標としたのは、墨桜次郎と墨桜住子の反応であった。


美波は二人と面識があった。

それは『TEENAGE STRUGGLE』第一試合の後。『ウォードライビング』の回数制限を発端に、壱ノ国代表一行は墨桜邸にお世話になった。


急遽押しかける形となった壱ノ国代表の面々を、次郎と住子は快く招き入れてくれた。

想い人の身内であることもあり、美波は二人の才の反応を覚えていたのだ。


そして今回、六下に頼まれ、『ウォードライビング』を発動する運びになった美波。

その際に、この二人の反応を檻の中に検知したのだから、それは慌てたものだ。


移動した先。二人を収容する檻には鍵がかけられていたが、これには六下の『ロック』が役立った。

彼はこの才で檻ぴったりの「鍵」を生成し、解錠したのだった。


繰り上がりを繰り返した才で生成された「鍵」は少々歪であったが、檻を解錠するには十分であった。



「一体、何なんだ。このカタマリは」


空を見上げ、オーヤが呟く。


一行は、六下の指示で「カタマリ」から一定の距離を取っていた。

「カタマリ」は溶けるように、また地面を這うように影を伸ばしており、ゆっくりと大陸を侵食している。


「あのまま檻の中に居たら、あのカタマリの一部になっていたでしょうね」


同じく見上げ、感想を漏らすのはミトだ。


貴族達を収容していた檻と、檻を挟むようにして存在していた二つの像『偽ノ王像』は何処にもない。

どうやら巨大な「カタマリ」に呑みこまれてしまったようだ。


「一体何がどうなってるんでごわす・・・」


オクターは現実から目を背けるように、両目を固く閉ざした。



「まるで山だな」


「カタマリ」を視界に収め、六下が呟く。


こうしている間にも、「カタマリ」の下部から溶けるようにして伸びる影は、大陸を侵食している。

既に侵された地面は、正気を吸われたように枯れ果てていた。


「大陸を我が物にしようなど、とんだ不届き者じゃのう」


六下の背後から聞こえる声。

その声に振り向けば、そこには陸仙人の姿があった。


「これぞまさに厄災じゃな」

「空も泣いておるわい」


その両隣には、海仙人、空仙人の姿も。


「間に合ったようですね。秘密兵器」


六下が安堵と企みの混じった笑みを溢す。


六下の視線の先。三仙人の後方には、更にもう二つの人影があった。


「山と海。因縁の対決だっぺな」

「死山での修行の成果。見せてやるっぺな」


その正体を、海千矛道と海千盾昌。


壱ノ国の秘密兵器こと、海千兄弟。満を持して参戦である。




三仙人の指示のもと、海千兄弟以外の人物達は、「カタマリ」から更に距離をとった。


「あのねえ。あんたは相変わらず急なのよ」

「すまんすまん。一刻を争う緊急事態だったんだよ」


三上の言い分に、六下が困り顔で答える。


三上を始めとし、各国の代表達も「カタマリ」の周囲に集まっていた。

『陸獣』を攻略した直後に、大陸の中央部に明確な、しかも不吉な変化があったのだから当然だ。


して、こうして多くの手練れを引き寄せた「カタマリ」であるが、現在は外観を秘匿していた。

「カタマリ」の四方を囲むは、メラメラと燃え盛る壁。その壁の建築には、三人の代表が携わっていた。


「さあ。六下が言う秘密兵器とやらの威力を試させてもらうかな」


まずは伍ノ国代表のキャスタ。彼女の『サイカベ』が、この壁の基盤となっている。


『サイカベ』によって生み出される石壁には特殊な能力が付与されており、才の効果を通さない。

得体の知れない「カタマリ」を閉じ込めるには、最適だといえるだろう。


「緑の使い方としては不本意だが、今回は目を瞑ることにしよう」


次に弐ノ国代表のソー。彼の『緑一色』によって生み出される太い蔦は、壁を緑一色にする程、サイカベの外側に無数に絡みついていた。


「出力最大マックス!!!」


最後に壱ノ国代表の炎天下太一。彼の『ファイアウォール』は、壁の外側に炎を宿した。絡みついた蔦により、威力はいつもの倍以上である。

この炎により、壁はより強固で巨大に。壁の内と外とを完全に乖離する働きをしている。


太一の掛け声にもあったように、三人共に出力は最大。

天を衝く程に高い「カタマリ」を完全に隠す程、壁の高さは高層だ。


「アレの正体は分からず終いだが、このままでは恐らく大陸全土が侵食される。被害を最小限に抑えるにはこの壁の中で決着をつけるしかない。頼んだぞ」


壁の下から漏れ出すように伸びる黒い影を眺め、六下は呟いた。




───壁内部。


「これだけ厚い壁があれば安心だっぺな」

「んだべ。厚いうえに熱くて暑いっぺな」


海千兄弟と「カタマリ」を閉じ込める炎の壁。

四方から発せられる高熱に、海千兄弟の額に汗が浮かぶ。


唯一の外との繋がりである上空には、太陽がありありと浮かんでいた。


「さっさと終わらせるっぺな」

「だべ。全部片つけて皆で宴会を開くべ」


ふくよかな体型と細身の体型。

顔は同じ二人が、縦一列に陣取る。矛道、盾昌、「カタマリ」の順だ。


「『ブロードキャスト』」


片方が口遊み、壁の内部に眩い閃光が走る。


「『リフレクション』」


その閃光は、片方の身に一直線に注がれた。


強力な矛を生み出す矛道の『ブロードキャスト』と、それを跳ね返す盾昌の盾『リフレクション』。合わさることで最強の矛と盾となる二人の才。


そんな兄弟の見分け方は、真逆の体型である。

海千兄弟は、ふくよかな体型と細身の体型の組み合わせであるが、今回矛を生み出したのは前者で、盾となったのは後者であった。


詰まるところ、二人の体型は三仙人との生活を経て、そっくりそのまま逆転していた。

その証拠に、小さい音を大きくしてくれるサイアイテム『サイカクセイキ』は、細身となった盾昌の首にぶら下がっている。


さて、二人のこの変化であるが、三仙人の思惑通りであった。


強力な攻撃の矛先が自分にも向いてしまう『ブロードキャスト』。

発動すると、その場から一歩も動けなくなる『リフレクション』。


ある意味矛盾している、大きすぎる欠陥を抱えた二人の才に、三仙人は一つの解を提示した。


それが、体型のチェンジだ。


矛道の増量は、矛の出力を上げ、一本に纏める役割を。

盾昌の減量は、盾の機動力を上げ、更には威力を貯蓄・倍増する役割を。


体型を逆転させることで、海千兄弟は最強の矛と盾に。更なる進化を遂げたのだ。


「海の千と山の千。二つの千を知るおで達は、真の強か者だっぺな」


呟く矛道の目前。

盾昌に注いでいた閃光が、細身になった一身に集約する。


「二人分の千。食らうっぺな」


眩い光に身を包み、盾昌が跳躍。

宙で拳を構えると、全身を包んでいた光が掌に集中した。


「「『アンプサウザンド』」」


二人の声が上と下で重なり、矛道から盾昌に伝わった矛が、「カタマリ」に打ち込まれる。


「・・・・・・」


一瞬の静寂の後、張り詰めた空気を震わす鋭い音が鳴る。


少しして、土砂崩れが起きたかのような激しい音が轟いた。


二人の才を最高の形で掛け合わせた最大威力の一撃は、天を衝く程に高い「カタマリ」を粉々に粉砕したのだった。



「カタマリ」を閉じ込めていた巨大な壁は、海千兄弟の大技『アンプサウザンド』の衝撃を以って、木っ端微塵となった。


圧倒的な衝撃を前に崩れた壁であるが、その功績は大きかった。

『アンプサウザンド』の衝撃をその内に留め、吸収する役割を果たしたのだ。


おかげで周りを囲んでいた各国の代表達は全員無事であった。

この壁がなければ、周囲には甚大な被害が広がっていたことだろう。


海千兄弟の矛と盾は、それ程に強力なモノであった。


「今度こそ終わった、のか・・・」


粉々に砕けた「カタマリ」の残骸を眺め、キャスタが呟く。

彼女の碧眼には、「カタマリ」から伸びていた大陸を侵食せんとする影が、段々と引いていく様が映っていた。


「先生。アレは結局何だったんですか?」


瓦礫の山となった「カタマリ」に目を向け、美波が疑問を呈する。


「さあな。事前の調査で、ここに危機が迫ることは予見できたが、それ以外のことはさっぱりだ」


六下は困り顔で呟いた。


天を衝く程に高い、どす黒い「カタマリ」。

央跡地に突如出現したソレの正体は、一体何だったのか。


ただでさえ口を利けない「カタマリ」である。

瓦礫となった今は、尚更答え合わせなどできるはずもなかった。


「・・おっと。危なかったです」


ナニカに躓き、七菜が転びそうになる。

閉ざされた瞳を足元に向けると、そこには「カタマリ」の破片が転がっていた。


その事実を、頭部に装着したカチューシャ『サイノメ』で認識し、手に取る。

誰かが同じように躓かないように、という七菜の優しさが促した行動であった。


「っ!」


途端、七菜の身体を衝撃が襲った。

雷に打たれたかのような、鋭く激しい衝撃だ。


「な、なんだ!?」

「まだ終わっていないのか!?」


時を同じくして、代表達の間から次々と声が上がった。


一同の視線は、一所に集中している。


その視線の先。

そこには、海千兄弟の活躍により一度は粉砕した「カタマリ」の破片が、再び集結している様があった。


まさに再構築。

破片は一つに結合し、みるみる大きさを取り戻していく。


「くうにいさま・・・」


七菜は小さな身体から絞り出したかのような小さき声で、兄の名前を口にした。




───『ヌルポイント』の一所。「円卓の間」。


選抜された者達が集められたこの場所に、新たに二人の男が加わった。


「カタマリを破壊するとは、中々の衝撃でしたね」

「ええ。あの威力は少々脅威ですね」


右と左にそれぞれ片眼鏡を掛けた男。

壱ノ国『知の王』を名乗るジャヌアリ=カプリコーンと、肆ノ国『知の王』を名乗るエイプリル=アリエスである。


「なんだ。こっちに来たのか」


二人の登場に、京夜が声を上げる。


「真に辿り着く可能性が出てきたので、選抜者に挨拶をと思いましてね」

「というわけです」


二人は墨桜京夜を挟むように陣取ると、円卓を囲む者達に向けて語り始めた。


「あのカタマリは、一度破壊され、再構築することで最悪となる災厄」

「名をフリダシ。積み上げた戦果を振り出しに戻し、絶望を与える。陸獣、最後の一体です」


十二の席の空間上に、同様の映像が映し出される。

「央」跡地の映像だ。


(((!!??)))


その映像に、席に着く者達は目を剥いた。


(・・無事で居てくれよ。七菜、みんな)


円卓の一席に着く李空が、心の中で呟く。


映像の中には、体中に無数の眼を浮かび上がらせた、巨大な一体の獣の姿があった。

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