第11話 VS MUTSUME


陸ノ国に向けて行進する『陸獣』。

名を「ムツメ」。


その見た目は、一言で表すなら「箱」であった。

上空を浮遊する立方体。各面に張り付いた眼が、360度余すことなく辺りを見回す。


「ムツメ」を覆うように存在するは、薄い膜のようなモノ。

シャボン玉のような光沢が見られるその膜は、地面を擦るようにして進んでいる。


膜の強度は見た目より高いらしく、ゆっくりと行進する「ムツメ」の後ろには、まっさらな土地が出来上がっていた。


「ムウウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!」


六つの面からスピーカーのように響く鳴き声が、待ち構える陸ノ国代表と六匹の竜の鼓膜を震わせた。




「まずはあの膜を突破しないとだな・・」


愛竜の背上にて、陸ノ国代表ダイルが呟く。


「シオン!」


主人の呟きに応えるように、ダイルを乗せる竜が鳴き声を上げた。


さて、陸ノ国代表の面々だが、それぞれ愛竜の背に乗っていた。

ダイル、パオ、ラフ、チッタ、ラビ。五人の姿は確認できるが、将であるゴーラの顔は見えない。


彼もまた、他国の一部の代表と同様、陸獣戦を前に姿を消した一人であった。



「・・なんだ?」


次いでダイルの口から漏れたのは、戸惑いの声。


その目前には、「ムツメ」の例の膜があった。

彼は、愛竜との一撃で「ムツメ」を覆う膜に一度穴を空けたのだが、その穴はすぐさま塞がってしまったのだ。


メスを入れてもすぐに塞がる膜。その内側に入り込むには、蘇生が追いつかない程素早いスピードで切り込みを入れる必要があると思われた。


「ここは俺っち達に任せるっしょ!」

「まさに私たちの出番ね!」


そんな風に声を上げるのは、チッタとラビの二人。


言うや否や、二人は愛竜の背上で姿を変えた。

長い尻尾を生やしたチッタと、長い耳を生やしたラビ。図体も肥大化した二人は、それぞれの愛竜の背から跳んだ。


横と縦。スピードに定評のある二人が、それぞれ得意とする方向に高速移動。

「ムツメ」を覆う膜に、十字形の切れ目が入った。


「今のうちに中に入るっしょ!」

「さあ、はやく!」

「よくやった!」


ダイルを先頭に、十字に開いた切れ目から、陸ノ国代表の面々は膜の内部に侵攻を開始した。


「ネオン!」「ミオン!」


チッタとラビをそれぞれの愛竜が背でキャッチし、二人も内部に攻め入る。


「このまま本体まで突っ切るっしょ!」

「そうね!速攻で決めるわよ!」


素早い動作で一行を追い抜き、上部を浮遊する「箱」に近づくチッタとラビ。


「むっ!」「うっ!」


が、そこには見えざるナニカが。


ぶつかった衝撃にバランスを崩し、チッタとラビは竜の背から落下した。



「おっと」「大丈夫か」


チッタとラビの体を捕まえたのは、パオとラフ。

二人は筋肉質な腕で、チッタとラビの体をそれぞれ引き上げた。


「助かったっしょ」「ありがとう」


パオとラフの愛竜の背に乗せられ、チッタとラビが息を吐く。

一行の位置は、地面から随分と離れている。そのまま落下していれば、ただでは済まなかったことだろう。


「ネォン・・」「ミォン・・」


そこにチッタとラビの愛竜が近づく。

申し訳なさそうにやってきた愛竜に、チッタとラビが飛び乗る。


「突っ走って悪かったっしょ」

「また悪いところが出たわ。ごめんね」


主人に頭を撫でられ、チッタとラビの愛竜は嬉しそうに目を細めた。


さて、チッタとラビの行く手を阻んだ、ナニカ。

その正体は、透明な膜であった。


「・・風船、みたいだな」


膜に触れるダイルが感想を漏らす。

風船、それはこの膜の性質を簡潔に、かつ的確に表現していた。


膜はぶよぶよとしたゴムのような材質で出来ており、強い衝撃を与えても吸収されてしまう。

この膜を破るには、鋭利な針状のモノで貫通する、もしくは握り潰すようにして破裂させるしかないと思われた。


「これは俺たちの出番だな」

「ああ。ここは任せろ」


頼もしい言葉を吐くのはパオとラフ。

次いで二人の体の一部が伸びる。鼻と首だ。


パオの鼻は縦に、ラフの首は横に、それぞれ膜を縛り上げる。

加えられる力に合わせ、透明な膜がギチギチと悲鳴を上げる。


パンッ!!


乾いた破裂音と共に道が拓け、一行は「ムツメ」へと一歩進んだ。



「ムウウウゥゥゥ!!」


近づく一行を拒絶するような、「ムツメ」の鳴き声が鳴る。


「なんだ!」


危険を察知し、動きを止めるダイル。


と、六つの眼が張り付いた「箱」の周りに、新たな膜が貼られた。


「・・これは、硬いな」


ノックするように膜に触れ、ダイルが呟く。


危険信号を発するかのように赤く、デコボコとした表面が目立つ膜。

分厚い膜は見た目通り頑丈で、よほどの衝撃を与えなければヒビすら入らないように思われた。


「よし。ここは俺が・・」


続いてダイルが姿を変える。特筆すべきは、大きな口。

中央の金歯と銀歯とがぶつかり、口を開閉する度に金属音が鳴る。


「誰か。金と銀のどちらかを押してくれ」


そう呼びかけ、ダイルが大口をあんぐりと開く。


「わかったわ!」

「任せておけ」


反応したのは、両隣を並走していたラビとラフ。

二人は、金歯と銀歯をほぼ同時に押し込んだ。


「「あ・・」」


それは意図してのことではなかった。

ラビとラフは、それぞれ自分の意思で歯を選び、押し込んだのだ。


結果的に両方の歯を押してしまったのは、ある意味事故であった。


「金と銀。二つ選んだ時って確か・・」


恐る恐るといった様子で、ラビがラフの顔を覗く。


「・・ああ。一歩間違えば大惨事。『パニパニワニック』発動だ」


ゴクリと、ラフが唾を飲み込む。


ダイルの金歯と銀歯は、それぞれ感情のトリガーとなっている。

銀歯を押せば感情が爆発し、体が真っ赤に。金歯を押せば感情が凪の状態になり、体が真っ青に変化する。


才の威力や精度は感情と大きくリンクしており、これらの変化はいずれも大きくプラスに働く。

パニック状態は威力を倍増させ、ひどく冷静な状態は精度を底上げするわけだ。


それならば両方押すのがベストと思われがちだが、そう上手くはいかない。

パニックと冷静。同居し得ない二つを両立させるのは、シーソーの両極を最も高い位置で維持するように、本来は不可能な話なのだ。


勝った一方が出るか、相殺してしまうか、はたまた暴走するか。

吉とでるか凶とでるか、発動するまで分からない。それが『パニパニワニック』である。


「・・・・・・」


不穏な沈黙が過ぎ、ダイルの体は徐々にに染まっていった。


変化する色と共に、みるみる巨大化する体。


「シォン・・」


重さに絶えかねたように、ダイルの体を支えていた愛竜が独立。

ダイルは咄嗟に「ムツメ」を覆う膜に齧り付いた。


「ムウウウゥゥゥ!?」


自身を呑み込んでしまいそうな大きな口を前に、「ムツメ」が声を上げる。


「グルルルㇽㇽㇽ」


キリキリと力が込められるダイルの強靭な顎。大きく開かれた上顎と下顎が段々と近づき、「ムツメ」を守る頑丈な膜は、ついに粉砕した。


「ムウウウゥゥゥ!!!」


六つの眼を見開く「ムツメ」。


その様を眺め、ダイルが満足気にふっと笑う。


「自然の恐ろしさに慄いたか」


落下するダイルの巨体と逆行し、五匹の竜が一気に高度を上げる。


「俺のことは構うな。行け」

「シオン!」


その中には、ダイルの愛竜の姿もあった。

パオ、ラフ、チッタ、ラビ。四人を乗せた竜も、ぐんぐんと空に近づいていく。


「クオオオオォォォン!!!!!!」


更にもう一匹。

「ムツメ」の頭上には、ゴーラの愛竜クオンの姿が。


翻す大翼が太陽と重なり、羽に反射する陽光がキラリと煌めいた。


クオンを含めた六匹の竜が、上空から睨みを利かす。


「ムウウウゥゥゥ・・・」


膜を剥がされ、裸一貫となった「ムツメ」は、ブルブルと震えている。

その感情は恐らく恐怖。圧倒的な自然の力を前に、「ムツメ」は怯えているのだ。


「「グハハハハアアアァァ!!!」」


弱肉強食の自然の世界を叩き込むように、六匹の竜が「ムツメ」を襲う。


手も足も出ないとはまさにこのこと。

外観は「箱」である「ムツメ」に為す術などなく、真っ逆さまに地面へと落ちていく。


「いろんな天候を見てきたが、空からサイコロが降ってくるのを見るのは流石に初めてだな」


先に着陸していたダイルが、空を見上げて呟く。

待ち構えるダイルのすぐ側に、「ムツメ」はドスンと大きな音を立てて不時着した。


「ムウウゥゥ・・」


六つの面に眼が張り付いた「箱」は、地面をコロコロと転がり、やがてピタリと止まった。


「・・・・・・」


上を向いた面に浮かぶ一つの眼は、一時空を睨み、やがてゆっくりと瞼を閉じた。



『陸獣』ムツメ、攻略完了。

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