第8話 VS MITSUME
参ノ国に向けて行進する『陸獣』。
名を「ミツメ」。
相も変わらずこちらも巨躯な風貌であったが、その姿は少々、いやかなり歪であった。
まずはじめに、眼は三つ。左右対象の二対の眼とは別に、額には第三の眼が浮かんでいる。
三つの瞳孔は、各々のリズムで上下左右に忙しなく動いており、息の合っていないその様は何とも言えない気味の悪さを演出していた。
次に体勢。四足の「ヒトツメ」、二足の「フタツメ」と違い、「ミツメ」に足らしきモノは見当たらない。
大きな体を引き摺るようにして、地面を這いながらゆっくりと進んでいる。
それから、耳。頭の上部から生える耳はメガホンのような形をしており、どんなに小さな音も聞き逃さない、という意思が聞こえてきそうである。
最後に、口。こちらは逆に一切の音を発する気がないようだ。歯の間にファスナーのようなモノが付いており、文字通り口にチャックがされている状態だ。
行進に合わせて、ファスナーが不気味に揺れている。
目に耳に口。特殊なパーツを備えた顔は、肢体を隠すほどに巨大だ。
地を這うような可笑しな体勢も、頭の重さに耐えかねた結果なのかもしれない。
「───・・」
ミツメは、待ち構える参ノ国代表を嘲笑うように、閉ざされた口の端を僅かに上げた。
正面に構える参ノ国代表から見れば、「ミツメ」は只の巨大な顔であった。
「力試しには丁度良さそうだな。怪物」
「すごい音だね。建物が動いてるみたいだ」
「腕が鳴るね!大きな波ほど乗り甲斐があるってものだ!」
「これだけ大きいと弱点もデカそうやんなあ」
「あれじゃあ、いきなりは無理そうだな」
「YO!ボルテージ上げてくYO!」
横一列に並ぶ参ノ国代表。向かって左から、エドワー・ド・ワニュー、ゲー・レ・マーチ、フィート・ミ・アイデー、ロス・ファ・ルーマ、アイ・ソ・ヴァーン、キンペー・ラ・セッシャー、の六人だ。
そこにテー・シ・デルタの姿はない。彼もまた、陸獣戦の前に突如姿を消したのだった。
「・・これは俺の手には負えんやんなあ」
「ミツメ」を対象とし、才『パンチライン』を発動したルーマ。
指を鳴らす彼に授けられた才の解に、ルーマは何やら不服そうだ。
「・・クオリティ高めで頼む」
その横で、ヴァーンはスプーンを握る手に力を込めた。
先陣を切ったのはワニューだった。
「さあ、みんな!バイブス満タンでいくぞ!!」
懐からマイクを取り出し、叫ぶようにして口にする。
テンションを操作する才『バイブス』の効果が、声に乗って仲間に伝わる。
『TEENAGE STRUGGLE』で平吉と闘った時とは違い、テンションを上げる効力だ。
テンションはパフォーマンスに直結する。参ノ国代表の面々に全体バフがかかった。
「あれだけ大きな耳なら、低音もよく聞き取れそうだ」
マーチが小さな口を開く。
音を操る能力『サウンド』で、低周波音攻撃を仕掛ける構えだ。
「僕も一肌脱ぐよ!」
と、アイデーが『フロウ』を発動。
起こる音の波が、龍のように形を変えて動き、マーチの口と「ミツメ」の耳を繋ぐ。
「───!!」
「ミツメ」は巨大な顔を苦痛に歪めた。
アイデーの音の波に乗せて、マーチの低周波音が直接耳に届いたのだ。
どうやら大きな図体にも効果はあったようだ。
「これはアイデーが持つべきやんなあ。預けておくやんなあ」
音の波を生み出すアイデーに、ルーマが長い棒状のモノを手渡す。
先ほど「ミツメ」を対象とした『パンチライン』で、生み出されたモノだ。
釣り針のように曲がった棒の先は、何かを引っ掛けるのにぴったりなように思えた。
「バフの効果か。大したもんだな」
ヴァーンが握るスプーンは一回り、いや二回りほど大きくなっていた。
ワニューの『バイブス』によって、テンションが上がった結果だ。
「これでお前のバカでかい顔に橋をかけてやるよ。使うのは箸じゃなくて、スプーンだけどな」
ニヤリと笑い、ヴァーンは『ライム』を発動する。
「生み出すは蜂と蝶。これでお前は立ち往生だ」
出現したのは、大きな蜂と大きな蝶。
ひと一人なら、難なく乗れる大きさだ。
「YO!拙者はこっちにするYO!」
『ボルテージ』により熱を放射。
強熱によって体が発光するセッシャーは、意気揚々と蜂の背に乗り込んだ。
「ちょっと待つやんなあ」
蜂の背に乗り飛び立ったセッシャーを追いかける、ルーマの声。
蝶の背に乗って追いかけてきたのだ。
ルーマを乗せた蝶は、そのまま蜂の横に並んだ。
「その熱。利用させて貰うやんなあ」
蝶の上で、ルーマは指を鳴らした。
直後。ルーマの体からは、冷気が発生した。
弱点を突く武器を与える才、『パンチライン』。
今回の対象者はセッシャー。「熱の弱点は冷」というわけだ。
「───??」
眼前を飛び回る蜂と蝶に、「ミツメ」が困惑する。
が、特に反撃はしてこない。マーチによる低周波音の攻撃は続いており、体の自由が効いていないのだ。
「YO!拙者が運転者!」「ゴリゴリくんな。このデカヅラが」
蜂と蝶。セッシャーとルーマを乗せた二匹が、それぞれ「ミツメ」の二対の眼に迫る。
「───!!」
熱と冷。二種の拳を右と左の眼に同時に撃ち込まれ、「ミツメ」が狼狽る。
額に開いた第三の眼が、ひん剥かれた。
「テンション300パーセントォォォ!!!」
と、叫ぶワニューが、蜂と蝶の間をすり抜ける。
彼は『バイブス』で自身のテンションを最大まで上げ、自らの跳躍力で目一杯跳んだのだ。
その高さは蜂と蝶の標高を超え、「ミツメ」の第三の眼まで到達した。
「誰に許可を得て開眼してやがる。『参』は俺たちの数字だ!」
ワニューは、両の拳を第三の眼に打ち込んだ。
「───!!!」
音にならない声を上げ、「ミツメ」が悶える。
三つの眼、それぞれに与えられた衝撃は確かに効いたようだ。
「今やんなあ」
蝶の背から地上を見下ろし、ルーマが呟く。
「こういうことだよね!ルーマ」
地上では高波が発生していた。そこでは、サーフボードに乗ったアイデーが、波乗りをしている様子があった。
その手に握るは、長い棒。ルーマから渡された棒の先を、アイデーは「ミツメ」の口に付いたファスナーに引っ掛けた。
「さあ!声を聞かせてよ!!」
音の高波に乗り、アイデーの体は「ミツメ」の正面を横断する。
その動きに合わせ、「ミツメ」の口を閉ざしていたチャックが開かれた。
「ミイイイイイイィィィィィィ」
開かれた口から飛び出たのは、甲高い鳴き声であった。
「良い声、持ってるじゃねえか」
「ミツメ」の眼前まで来ていたヴァーンは、不敵に笑うと、握るスプーンのつぼにかけられた風呂敷のようなモノを剥ぎ取った。
そこには、7つの黒い球体が載っていた。
この球体は、ワープ用のゲートを開く代物であった。
6つの層で構成される参ノ国。彼の国で、縦に連なる層の移動方法として確立されているワープは、その昔一人の男の才によって作られたモノであった。
その男の名は、オー・シ・ロー。
その名から判るように「シ族」。何を隠そう、テー・シ・デルタの祖先である。
彼の才は『エリア』。参ノ国のワープは、全てこの才によって生み出されたモノだ。
”同じ階に2つ以上のゲートを開くことはできない”
「一つ上の層」と「一つ下の層」にしか移動ができない不便なワープの仕組みを、ルーマはこう説明していた。
”3つ目を開いた暁には未知の場所と繋がってしまい、潜ったら最後、二度と帰っては来れないらしい”
参ノ国に伝わるこの俗説の真実は、「出口を定めずにワープを開くと未知の場所に通じる」というモノであった。
つまり、ゲートを開く際には、必ず入口と出口をセットで設置しなければならないわけだ。
この、使い方によっては凶悪な特性と、国の交通手段を確立したという功績から、オー・シ・ローは「三重塔」に住むことを許されたのだった。
オー・シ・ローは生前、『エリア』の能力を付与した「サイアイテム」を「ド」から「シ」各地に残した。
ビー玉サイズの市販されている「サイワープ」とは訳が違う。片手で持つのは難しいサイズの球体。
オー・シ・ローは、この「サイアイテム」について、以下のような文言を残している。
”7つの地区に納められし球体。これを一所に集め、衝撃を与えし時。黄泉の階段は現れるだろう”
そして現在。ヴァーンが持つスプーンには、例の7つの球体が収まっていた。
「ようやく試せるな」
伝承をぶつける。これが、「ミツメ」攻略の為にヴァーンが用意した最大の策であった。
球体に伝わる文言通りなら、『黄泉の階段』とやらで「ミツメ」を未知の領域に送ることができるのではないか、と考えたわけだ。
しかし、その扱いには注意が必要だ。チャンスは恐らく一度きり。
仮にゲートを開くことに成功したとして、「ミツメ」を引き込まなければ意味がない。仲間を巻き込んでしまってもダメだ。
そこで思案した策は、「ミツメ」の体内で起動する、というものだった。
が、「ミツメ」の口には、文字通りチャックがされていた。
これでは策を遂行できない。「ミツメ」の口にファスナーを確認するや否や、ヴァーンは球体を一度仕舞った。
ファスナーを外し、「ミツメ」の口を開ける。
参ノ国代表の面々はこれを第一の目的として定め、策を遂行するために動いていたのだ。
ちなみに、球体を仕舞うのに使用した風呂敷は、ヴァーンが『ライム』で生み出したモノだ。
”クオリティ高めで頼む”
「クオリティ」と「風呂敷」で韻を踏んでいたのだった。
「ダイナマイト。これが俺らの意志、みたいな回答だ」
スプーンのつぼに、新たに「ダイナマイト」が発生。
7つの球体と共に、「ミツメ」の口内に突っ込まれる。
「ミイイイぃぃぃ・・・」
爆発音が響いたと思った直後。「ミツメ」の巨躯をすっぽり覆う、漆黒のゲートが出現。「ミツメ」の体を呑み、その姿は初めから存在しなかったかのように綺麗さっぱり消えた。
ヴァーンが握るスプーンの先もゲートに呑まれ、柄の部分だけになってしまっていた。
「公開処刑って奴だ。人間を甘くみたこと、あの世で後悔しとけ」
ヴァーンは、只の棒となったスプーンの残骸を、地面に刺した。
「ミツメ」が存在した場所には、螺旋状の影が出来上がっていた。
それは螺旋階段のようにも見えた。言い伝えにあった『黄泉の階段』とは、きっとこのことだろう。
「デルタ。どこにいるのか知らないが、お前は戻ってこいよ」
終わりも始まりも解らぬ螺旋を眺め、ヴァーンは友に言葉を贈った。
『陸獣』ミツメ、攻略完了。
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