第7話 VS FUTATSUME


弐ノ国に向けて行進する『陸獣』。

名を「フタツメ」。


図体はヒトツメと同じく巨躯だが、その風貌には明らかな違いがあった。

「フタツメ」は、ヒトと同じように二足で歩行しているのだ。


眼も、ヒトと同じく二つ。

その動作は鈍く、歩幅も小さい。さながら巨人といった見た目の「フタツメ」がゆっくりと迫ってくる光景は、待ち構える弐ノ国代表に、なんとも言い難い畏怖を植えつけた。



「スートはやはり来ないか・・」


弐ノ国代表将代理、ワンはため息混じりに呟いた。


「あの男のことは考えるだけ無駄です。作戦Aでいきましょう」


ハツはメガネを押し上げながら言った。



「フタツメ」の前方。そこには、不自然に生えた一本の樹があった。


「ここは居心地が良い。天気が良いのも最高だ」


樹の幹の隙間から、緑の男の目が覗く。弐ノ国代表ソーの目だ。

彼は今、樹の内部に居る。むろん樹の正体は、彼の才『緑一色』によって生み出されたモノである。


「俺も前に出たいところだが、今回は団体戦。大人しくサポートに徹することにしよう」


樹の幹が回転するように動き、完全にソーの顔を隠す。

その動きがリミッターの解除動作であったかのように、うねうねと樹が肥大化していく。躍動感のあるその動きは、地面にひび割れを起こさせた。


続いて、割れた地面から四本の巨大な根が同時に顔を出す。


「頼んだぞ。お前たち」


その巨大な根は、四人の仲間の元へと伸びていった。



「フタツメ」を囲むように、4つの方角から根が迫る。


「ごめんあそばせ。猛獣さん」

「間近で見ると大きいな」

「これは腕が鳴る。倒し甲斐があるってもんだ」

「作戦Aで終わらせる。紳士らしくスマートにいきましょう」


東、南、西、北。

4本の巨大な根にそれぞれ載っかっているのは、ハク、チュン、ワン、ハツの4人だ。


「フウウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!」


「フタツメ」の片腕が、ハクを載せた根に迫る。


「私を狙うとは。平和を乱す者に神の鉄槌を」


ハクの才『平和』が発動。

迫る「フタツメ」の拳に雷が注ぐ。


「フウウウゥゥゥ!!」


多少は効いたようであるが、「フタツメ」の動きを止めるまではいかなかった。

ゆっくりと迫る巨大な拳。短調なその動きに合わせ、ハクを載せた根が動く。


「・・助かりました。感謝します。ソー」


「フタツメ」の拳を躱したハクが、根の上で両手を握り合わせた。


「今度はこちらの番ですよ」


キツネ目を光らせ、ハツが呟く。

「フタツメ」とハクの攻防の裏で、ハツを載せた根は「フタツメ」の懐に滑り込むように移動していた。


ハツは、そのまま「フタツメ」の胸部に左手で触れた。

ハツの才『立直』が発動し、「フタツメ」の胸部に花の紋章のようなモノが広がっていく。


「フウウウゥゥゥ??」


「フタツメ」は自分の胸部に広がる紋章を見下ろし、鳴き声を上げた。語尾が僅かに上がったように聞こえたが、真意の程はわからない。


やがてじわじわと広がっていた紋章の動きは止まり、綺麗な魔法陣のようなモノが完成した。


「これで終わりです」


もう一度ハツが紋章に触れれば、『立直』の真の効果、二撃必殺が作用する。


伸びるハツの左手が「フタツメ」の胸部に触れようとした、その時。


「フウウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!!」

「な、なんです!?」


「フタツメ」の胸部に、突然鱗のようなモノが生えた。

円を描く花弁のように生えたその鱗たちは、中心部分に向かって次々と折れ、浮かび上がった紋章をきれいさっぱり隠してしまった。


「くっ!」


鱗の上からノックするように左の拳を打ち付けるハツであったが、鱗は想像より硬く、びくともしない。


「失敗、ですか・・」


項垂れるハツ。


ハツの『立直』は、やり直しがきかない。

二撃必殺を達成するためには、鱗の下の紋章にもう一度触れるしかない。


”変わってないね” ”全部昔のままだ”


ハツの脳内に、スートの言葉が蘇る。


「変わってしまった貴方の方が、正しいというんですか・・」


ハツは弱々しく呟いた。




───3年前。


「兄さん!遂にキングを倒したって本当!?」


ハツは珍しく興奮した様子で尋ねた。


「ああ、本当だよ」


そっけなく答えるのは、現在より若い印象を受ける、スートである。


彼が倒したキングというのは、この時の弐ノ国代表将を務めていた男であった。


この頃、スートやハツは既に弐ノ国代表であった。

が、『TEENAGE STRUGGLE』の出場経験はどちらもなかった。


というのも、キングを始めとした当時の年長組はなかなかの実力者揃いで、スートの代より下に出番が回ってくることはなかったのだ。


だが、スートはそれでよかった。

身近に強者が居る状況。各国の強者が揃うという『TEENAGE STRUGGLE』に出るのは、彼らを攻略した後で良い。そんな風に考えていたのだ。


スートは、ことあるごとに代表の年長組に闘いを挑んだ。最初こそ軽くあしらわれていたが、数を重ねる毎に力の差は埋まり、遂に一人に敗北を認めさせた。

それに満足することなく、また次の相手。勝利を収め、また次の相手。これを繰り返し、スートは遂に当時の年長組全員から勝利を奪うことに成功したのだった。


「なんとか間に合って良かったよ」


それは、年長組が「繰り上がり」を起こす間近のことであった。



程なくしてキングらが引退し、新たな代表将を決める動きがあった。

スートとキングらの間に代表はいなかったため、将はスートの代から選出されることになった。


同じ代といえばもう一人。ワンも代表入りを果たしていたが、キングら全員に勝利を収めたということもあり、自然とスートが将になる運びとなった。

ワンも異論は唱えず、将の引継ぎはスムーズに行われた。


「私も負けていられませんね」


晴れて国の代表将となった兄に、ハツは憧れの眼差しを向けた。


「兄さん。今日も稽古を願えますか」


兄さんのように強い男になりたい。

ハツは、兄への憧れと理想の自分を重ねた「紳士道」を進むことを決めた。


「ああ。構わないよ」


優しい兄。強い兄。紳士な兄。

遥か遠くを走る兄の背中を、ハツは必死に追いかけた。


だが、ある日。


「どうして・・・」


その背中は急に見えなくなった。




その年の『TEENAGE STRUGGLE』開催期間中のある日。


「闘いはもう辞めることにするよ」


スートは突然、引退を宣言した。


「何を言ってるんだ!?お前は将なんだぞ!」


声を荒げるのはワンだ。その場に居るのはワンとスートの二人であった。

話がある、とスートがワンを呼び出したのだ。


「今日の闘いで悟ったんだよ。あそこに僕の求めるモノはないってね」


スートは淡々とした口調で告げた。


今日の闘い。スート率いる弐ノ国のこの日の相手は、肆ノ国であった。

それすなわち絶対王者の国。スートはセウズ相手に惨敗を喫していた。


「ワン。君は闘いにナニを求めている?」

「なんだと?」


突然の問いかけに、ワンは返す言葉が見つからなかった。


「僕は、快楽。僕が闘いに求めていたものは快楽それのみだ」


ワンを見据えるスートの目は、どこか寂しげであった。


「だけどアイツとの闘いでは決してそれを得られない。なんせ、後出しが許されてるジャンケンみたいなものだからね。イカサマは嫌いじゃないけど、そこにはリスクがないとダメだ。そうじゃなきゃ、する方もされる方も興奮できない」


スートの言いたいことが理解できず、ワンは当惑した表情を浮かべたままだ。


「アイツが最強として居座り続ける限り、他の闘いにおいてもアイツの影がちらつく。そこに真の快楽はない。それなら闘う意味もない。理解できないかもしれないけど、僕にはそれが全てなんだ」


ごめんね、と最後に詫びを入れ、スートがワンの前を立ち去る。


「というわけだ」

「・・気付いていましたか」


二人の会話を影から聞いていたハツに近づき、スートが耳打ちをする。


「良い機会だ。何のために闘うのか、お前も自分の頭で考えると良いよ」


スートは敗北の悔しさを感じさせぬ軽やかな足取りで、ハツの元を去っていった。




───現在。


「・・・・は・つ・・ハツ!」

「はっ!」


自分を呼ぶ声に気づき、意識が現実に引き戻される。


ハツの目前には、「フタツメ」の拳を素手で受け止めるワンの姿があった。

ただでさえ体格に恵まれているワンの体は、更に巨大化していた。彼の才『国士無双』を発動したものと思われる。


それも、かなりギアを上げた状態。どうやら、最強レベルの「ツモ」を宣言したようだ

その巨体を支えるソーの根は、ワンの重量に何とか耐えているように見えた。


「フウウウゥゥゥ!!」

「ぬおおおぉぉぉ!!」


人間とは比べ物にならない程巨大な「フタツメ」と、互角な力比べを繰り広げるワン。

いや、僅かにワンの方が押しているようにも見えた。


「・・スートのことでも考えていたか」


「フタツメ」の方を向いたまま、後方に投げかけられた言葉に、ハツの肩がビクッと震える。


「あれから俺も色々考えた。闘う意味、って奴をな」


その反応を知ってか知らずか、ワンは視線を前方に向けたまま続ける。


「そして気づいた。俺は、対戦相手と己、どちらが強いか、ということにしか興味がないことに。国がどうとかは二の次。俺もスートと同じく将の器ではなかったというわけだ」


自嘲の笑みを浮かべ、ワンは尚も続ける。


「今ならスートの言い分も多少は理解できる。闘いに意味を見出すことは重要だ。意味を理解していない行動は脆い。載っかる感情が弱いからな」


ワンの両腕に血管が浮かび上がり、「フタツメ」の拳が段々と押し戻されていく。


「ハツ、お前も自分で決めろ!人間、思考を止めたらおしまいだ!!」


目一杯の力が込められたワンの両腕は、「フタツメ」の拳を完全に跳ね返した。


「フウウウゥゥゥ!?」


ワンの力により、拳と共に上体が僅かに後方に傾いた「フタツメ」。

その両腕に、が絡みついた。


「流石、俺たちの将だ」


樹の中からソーが呟く。

「フタツメ」の両腕に絡み付いた蔦は、この樹から伸びていた。


蔦が「フタツメ」の体を後方に引く。「フタツメ」の両腕は、その巨軀の背に回った。

そのまま地面に倒すまでの力はないように見えたが、蔦が絡まった腕が進む先には、ハクを載せた根があった。


「神の怒りを受けなさい」


祈るように両の手を握るハク。

直後。「フタツメ」の両腕に、最大威力の雷が落ちた。


「フウウウゥゥゥ!!!」


雷は「フタツメ」の両腕に直撃。

「フタツメ」の巨軀が、仰向けの状態で倒れていく。


どすん、と地面に倒れ込んだ「フタツメ」の胸部に、一つの根が近づいた。


「ようやく僕の出番だね」


根から飛び降りたチュンは、ポケットからを取り出した。



弐ノ国代表最年少、チュン。


才、『天和』。

パーソナルスペースに侵入した者を問答無用で爆破する、凶悪な才。


図らずも無慈悲な力を授かったチュンを待ち構えていたのは、圧倒的な不幸であった。



───2年前。


「ごめんなさい・・ごめんなさい・・・・」


膝に顔を埋めるようにして座り、すすり泣きをするチュン。


彼の周りには、突然主人が爆ぜたように、上下セットとなった衣類が散乱していた。



「なに?近づく者が爆ぜる才だと?」


怪訝な顔つきでワンが言う。


「ああ。もう10人以上がやられたらしい」


ソーは厳しい顔つきで答えた。


スートが将を降り、将代理となったワンの元に届いた急報。

話を持ち込んできたソーによれば、新たに才を授かった少年の能力で、多大な犠牲が出ているそうだ。


被害者の数は10人以上。目撃者の証言によれば、身につける衣類のみを残して、体が水風船のように爆ぜた、とのことだった。


「それは大変だな。よし、案内してくれ」


ソーの案内で、ワンは現場に向かった。



現場である寺院には、ハクが居た。


「ああ、神よ。彼の少年に救いを」


衣類に囲まれたチュンに向かって祈りを捧げている。


「ごめんなさい・・・」


その先で、チュンはすすり泣きを続けていた。


「なんで凶悪な才だ」

「悪魔の子、って奴だな」


どうやら話は既に広がっているようで、チュンの周りにはぞろぞろと人が集まっていた。

近づくと爆ぜるという話が出回っているため、距離は十二分に離れている。


「通してくれ」


人混みを掻き分け、ワンがチュンに近づく。

「ちょっと、危ないよ!」と、ワンを心配する声が響いた。


「・・ダメ、こないで!」


こちらに近づくワンに気づいたらしいチュンが、顔を上げて叫ぶ。その小さな瞳には、大粒の涙が溜まっていた。


が、ワンは何も気にしていない様子で、ずかずかと歩み寄ってくる。

その顔に恐怖の色はなく、むしろわくわくを隠せないような高揚感が滲み出ていた。


「ひぃ・・」


パンッ、と乾いた音が響き、チュンは再び目を伏せた。


「・・なんだ。この程度か」

「・・・・・え?」


恐る恐る目を開けるチュン。

そこには、体を何倍にも膨れ上げさせたワンが立っていた。


チュンの才は確かに作用した。しかし、ワンは無事。

それが示すのは、ワンの才がチュンの才を上回ったという事実である。


「もう大丈夫だ」


ワンはチュンを見下ろして言った。


「力の使い方を教えてやる。ついてこい」




───現在。


「残念だったね、猛獣。これは、ゲームオーバーから始まるクソゲーなんだ」


「フタツメ」の胸部の上で、チュンは取り出したゲーム機の電源を入れた。


「フウウウゥゥゥ!!!」


それと同時に、「フタツメ」の胸部を覆っていた鱗が爆ぜた。

チュンの才『天和』が発動したのだ。



チュンが携帯するゲーム機は、『天和』を制御する役割を担っている。

といっても最初からそうだったわけではなく、ワンとの修行の末に物にした制御方法だ。


「意図せず人を傷つける力は力に非ず」。ワンの教えのもと、チュンは能力のコントロールができるようになった。

ゲーム機の電源で能力の「ON」と「OFF」を。コマンド操作で威力の調整などもできる。


「RESET」コマンドでは、爆ぜた者を元に戻すことも可能だ。

この能力により、2年前に寺院で爆ぜた人達も全員無事に回復した。


やり直しができるという事実は安心を、制御できるという事実は自信を、それぞれチュンに与えた。


「今回はRESETの必要はないね。後はよろしく。ハツ」

「確かに、頼まれました」


チュンの元に近寄る、もう一つの根。

その上に載るハツが、「フタツメ」の胸部に颯爽と飛び降りる。


「ゲーム終了です」


鱗が爆ぜ、露わとなった紋章に、ハツの左手が触れる。


「フウウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!!」


「フタツメ」は暫しもがいた後、ピタリと動かなくなった。


「クリアしたようですね」

「終わったな・・」


ハツとチュンの元に、ハクとワンが近づく。

ワンの方は体が縮んでおり、筋肉が枯れたようにヨボヨボになっていた。『国士無双』発動後の反作用である。


時を同じくして、4人を載せていた根がしゅるしゅると引っ込んでいった。

その先のソーが、勝利を確認して才を解除したものと思われる。



「詰めが甘い、ですか」


動かなくなった「フタツメ」の上で、ハツはスートの言葉を思い出していた。


”変わってないね。嘘をつく時にメガネを押し上げる癖も、大事なモノは全部右のポケットに仕舞う癖も。全部昔のままだ”


スートはこうも言っていた。


「よくもまあ、そんなことまで覚えてましたね」


ハツはふっと笑うと、小さな丸ぶちのメガネを外し、布でレンズを拭いた。

それから左手に黒い手袋を嵌めると、に手を入れた。


「多少の芝居も紳士の嗜みです」


ハツがポケットから取り出したのは、小瓶であった。

それは細分化に成功したピンズを入れた小瓶。スートがハツの右ポケットから盗んだのは、何も入っていない空の小瓶であったのだ。


「もうあの頃の自分とは違うんですよ。兄さん」


小瓶を太陽にかざし、ハツは眩しそうに目を細めた。



『陸獣』フタツメ、攻略完了。

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