第9話 VS YOTSUME
肆ノ国に向けて行進する『陸獣』。
名を「ヨツメ」。
その名の通り、大きな丸顔には四つの眼が浮かぶ。
二対の眼が上下に二組。四つの眼を結ぶと正方形になる配置だ。
して、何よりの特徴は、その歩き方にあった。
前傾姿勢で、前肢の指関節を地面につけて進む四足歩行。「ナックルウォーク」などと呼ばれるその動きには、一種の貫禄さえ感じられた。
まさしく、獣。
その姿には「陸の支配者」といった言葉がよく似合う。
「ヨオオオオオオォォォォォォ!!」
待ち構える二人の男を煽るように、「ヨツメ」は咆哮を上げた。
「絶対王者の国が聞いて呆れるな。俺らの国はいつからこんな人手不足になったんだ?」
「連続優勝も途絶えた今、絶対勝利も過去の栄光。柱を失い一度落ちた都は、そう簡単には建て直せないものだ」
「ヨツメ」の前方。
語るは、肆ノ国代表ポセイドゥンとハテスの二人である。
先刻まではマテナの姿もあったのだが、彼女もまた突如行方を晦ましたのであった。
「ところでハテス。お前、あの日以降、扉が開けないという話だったな」
「・・ああ。どうやら奴に奪われたらしい」
それは肆ノ国の闘技場にて行われた大会でのこと。
みちるとのペア、東の剣闘士『地獄の番犬』としてこの大会に出場していたハテスは、決勝で当たった北の剣闘士『変幻自在の残火』こと李空とセイに対し、『冥府の扉』を発動した。
しかし、その扉は第三者の手によって閉ざされた。いや、奪われたのだ。
彼の男、エイプリル=アリエスは、どうやら才の一部を奪う術を持ち合わせているらしい。
詳細は不明だが、セウズの「全知」、マテナの「ランス」共に、アリエスが黒い杖を当てただけで消失している。
奇しくも、肆ノ国『知の王』を名乗るこの男の標的となったのは、肆ノ国代表のメンバーばかりであった。
その影響もあり、今この場に居る肆ノ国代表は、ポセイドゥンとハテスの二人のみ。
かつては『TEENAGE STRUGGLE』で9年連続優勝を果たし、最強と謳われた肆ノ国だが、王冠を被った色濃い影はすっかり鳴りを潜めていた。
「よし。今回は俺に任せておけ。前回は軒坂のおかげで消化不良だったからな」
ぶんぶんと腕を回し、ポセイドゥンが一歩歩み出る。
同じく、肆ノ国の闘技場にて行われた大会でのこと。
西の剣闘士『海神の一撃』として出場したポセイドゥンは、ペアであった軒坂平吉の敗北宣言により、トーナメント表から名前を消すことになったのだった。
「アレをするつもりだな」
心得顔で頷くハテス。
「それなら俺は影になろう」
ハテスは一歩退いた。
「海の神よ。我に力を貸したまえ」
相棒の「トライデント」を太陽に掲げ、ポセイドゥンは化身を呼び出した。
浮かび上がる巨大な影。歪な形の王冠を被る「海神」は、掌に主人を載せると、「ヨツメ」の眼前へと運んだ。
「こうして見ると中々の迫力だな」
『陸獣』と相対する「海神」。
「ヨツメ」の四つの眼が、その中心に位置するポセイドゥンをギロリと睨む。
「一つ問おう」
ポセイドゥンは怯むことなく、指を一つ立てた。
「陸と海。そこに優劣は存在すると思うか」
「ヨオオオォォォ??」
言葉を理解しているのか、いないのか。鳴き声と共に首を捻る「ヨツメ」。
その反応に満足がいったように、ポセイドゥンがコクリと頷く。
「回答はいらない。暗黙の了解という奴だ」
意味ありげに笑むと、ポセイドゥンは握るトライデントを天高く投げた。
「ヨオオオォォォ??」
その直後、「ヨツメ」を強い揺れが襲った。
浮かぶ四つの眼が、グルグルと回る。
「どうした?仮にも陸を名乗るモノが、地震に恐れを為しているのか?」
「海神」の掌の上から、戸惑う「ヨツメ」を嘲るように眺めるポセイドゥン。
それから、静かに合掌。空気中の酸素を全て取り込むように、大きく息を吸い込むと。
「『領海』」
一言残し、口を固く閉ざした。
───気が付くと、そこは海の底であった。
「ここは文字通り俺の領域。すまないが詳しく説明している暇はない。いくぞ」
口早に言うと、ポセイドゥンは右の掌を前に突き出した。
「ヨオオオォォォ!?」
その動きに呼応して生まれるは、衝撃の波。
有無を言わさない、抗うことを許さない激しい海流に呑まれ、「ヨツメ」の巨躯は遥か後方に飛ばされていく。
その先に待ち構えるは、謎の建造物。
肆ノ国の神殿とよく似たその建物に、巨大な図体が直撃する。
「おっと、勢い余ったな。ここでは力の加減が難しい」
海底に沈んだ神殿の外装を破り、内部に転がり込んだ「ヨツメ」。
仰向けに横たわる巨躯を見下ろし、ポセイドゥンが首を鳴らす。
一体何が起きたのか。「ヨツメ」は状態が飲み込めず、混乱している様子だ。
「まあ、今回に関しては加減する必要もないか」
独り言のように語るポセイドゥンの背に、化身が浮かび上がる。
そのままポセイドゥンの体を包むように重なり、文字通り一体となった。
「これだけデカイのを投げるのは初めてだな」
ポセイドゥンが腰を落として構えると、一体化した「海神」も同じく構える。
静かな動作で片足を踏み込み、体を半回転。何かを担ぐようにして、上体を倒す。
「『海鼎・一本背負』」
ポセイドゥンの動きに呼応する「海神」の動作に合わせ、周囲の海水が動き出す。
「ヨオオォォ!?」
滑らかな潮の流れは「ヨツメ」の体を軽々と持ち上げ、そのまま無慈悲に地面に打ち付けた。
「ヨオオオォォォ・・・」
巨躯を襲った衝撃に、四つの眼を回す「ヨツメ」。
その威力を証明するように、神殿を支える柱が折れ、瓦解が始まる。
「おっと、そろそろ時間だな」
ポセイドゥンは呟くと、「最後に一つだけ言っておく」と付け加えた。
「陸獣、だったな。誰の許可を得て陸の名を語る。海と陸は俺の支配下だぞ」
───再び気が付くと、そこは陸の上であった。
「・・ぷはぁ!」
水中から顔を出したように、荒い呼吸を繰り返すポセイドゥン。
先ほどまでポセイドゥンと「ヨツメ」が対峙していた海底は、ポセイドゥンの領域。それは比喩表現などではなく、ポセイドゥンだけの世界。所謂、精神の中での話であった。
相手の精神を自身の精神世界に引き込む技、『領海』。
現実世界で息を止めている間、この領域への滞在を相手に強制できる。
この技に、相手に許可を取るような工程はない。
暗黙の了解、というわけだ。
「・・・ヨオオォォ!?」
意識が戻ったらしい「ヨツメ」が、上二つの眼で頭上を視認し、驚愕の声を上げる。
それも無理はない。現実世界の「ヨツメ」の首は二本の柱の間にあった。頭上には鋭く尖った刃。
すなわち、断首台。所謂、ギロチンにかけられた状態であったのだ。
「決したようだな」
囁く声は「ヨツメ」の直ぐ隣から。
そこには、化身「死神」と一体となった、ハテスの姿があった。
「ヨツメ」の下二つの瞳孔が、揃って下を向く。
「死神」が手にする、あと少しで円を描こうかといった形の大鎌は、「ヨツメ」の首を下から捉えていた。
「『二刃二死』」
さながら処刑執行人といった立場のハテスが、腕を水平に振る。
その動きに合わせ、上からはギロチンの刃が、下からは死神の鎌が、同時に「ヨツメ」の首に迫る。
「ヨオオオォォォ・・・」
甲高い金属音が鳴り、「ヨツメ」の声は途絶えた。
「相変わらず消耗が激しいようだな」
「・・ああ。脳が揺れてるみたいだ」
耳に入った海水を取り除く時のように、片足立ちで頭を振るポセイドゥン。
相手の精神を自身の領域に強制収監する、『領海』。
一見、非常に強力な技に思えるが、その性質には幾つかの欠点があった。
一つは、発動中のダメージは現実世界に引き継がれないこと。
『領海』内での攻防はあくまで精神世界の話であるため、現実に影響はない。記憶は残るため精神的なダメージは期待できるが、それは相手の力量次第である。
上記に加えてもう一つ。『領海』発動中、術者は身動きが一切取れない。
更に、この技は相当の体力を必要とするため、発動後のパフォーマンスは著しく低下する。
つまり、『領海』の真の力を発揮するためには、もう一人協力者が必要というわけだ。
その役を今回担ったのが、ハテス。
ポセイドゥンが『領海』発動中。精神を収監され、行進を止めた「ヨツメ」を、ハテスは一人断首台に載せていたのだった。
「最後の大仕事にしては呆気なかったな」
冗談めかした顔で、ポセイドゥンが言う。
息も大分整い、その顔には余裕が戻りつつあった。
「そうだな。全てが終わったら、改めて決着を付けよう」
「それは良い。俺とお前で引退試合というわけだな!」
ハテスとポセイドゥン。二人には「繰り上がり」の刻が近づいていた。
「繰り上がり」を起こせば、とてもじゃないが第一線では闘えない。
その刻は、二人の現役引退の刻でもあった。
「ああ。二人でセウズに挑むのも良い。今は無理かもしれないが、アイツなら直に調子を戻すだろう」
「だな。そうなると、ユノが黙っていないかもしれないが」
時間は平等。それは絶対王者と謳われたセウズにしても同じことであった。
ハテスとポセイドゥン。二人の会話は、自然と「繰り上がり」後の話にシフトしていく。
「引退後は指導役に回るのもいいな。可愛い弟子もできたことだし」
「憎らしい後輩もな」
二人は視線を交差させ、どちらからともなく笑い合った。
『陸獣』ヨツメ、攻略完了。
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