第4話 SECOND


弐ノ国。それはゲームの国。


トランプや麻雀、双六に将棋にチェスなどなど。

あらゆるゲームが、国の各所で老若男女問わずに繰り広げられている。


むろん金銭のやり取りが発生することもあるが、国はこれを公には認めていない。

そのため、賭博場と呼べる建物はないのだが、知る人ぞ知る実質的な施設はいくつかあった。


その一つが寺院だ。


国の中央にある寺院に法は及ばない。

故に、いつからか寺院は博徒の溜まり場となっていた。





「お!今日はやけに盛り上がってるな!」


寺院にやってきた男が、顔なじみを見つけて声をかけた。

片手には缶ビールが握られている。既に酔っているようだ。


男の言葉通り、寺院内の中央に設置された卓には人集りができており、異様な熱気に包まれていた。


「『天使と悪魔』をやってるんだが、随分と長期戦になってるようだぜ!」


声をかけられた男は、高揚した表情で振り返った。


「天使と悪魔?これまた随分と古いゲームだな。どんなルールだったか」

「天使を取り合うゲームだよ」


天使と悪魔。それは4枚のカードを使用するシンプルなゲームだ。


その内訳は天使が2枚と悪魔が2枚。

プレイ人数は2人であり、天使と悪魔のカードをそれぞれ1枚ずつ所持した状態でスタートする。


その後、先攻後攻を決め、先攻が後攻の手札を一枚引く。次はその逆。

これを繰り返し、先に天使を2枚集めると勝利。といった具合だ。


「おう、そうだそうだ。それでプレイヤーは誰なんだ」

「一人はスートだ。もう一人は見ない顔だな」

「新入りか?珍しいな。スートのゲームが長引くのも珍しい」

「ああ。よほどの豪運か、それとも・・・」


二人は観客を掻き分けて卓に近づいていった。




「まーた天使を取られた!これじゃあいつまで経っても防戦一方じゃ!」


あちゃー、というように手を額に当てる男。

もう片方の手には1枚のカードが握られている。悪魔のカードだ。


男の顔は案内人達と同じであった。他の案内人と比べると大柄で、態度も大きい。

彼が零ノ国案内人弐ノ国代表担当ソーヤであることを知る人物は、この場には居なかった。


「どうやら今日はツイてるみたいだ。天使が微笑んで見える」


相対する人物。色白で長身の男は、手札を滑らかにシャッフルしながら言った。それから相手に絵柄が見えないように体の前で広げると、挑発するようにニヤリと笑んだ。


彼の手中のカードには、3つの絵柄が並んでいる。

次はソーヤがカードを引く番だが、天使を引けば試合続行、悪魔を引けばソーヤの敗北となる。


ソーヤは1枚、また1枚と何かを確認するようにカードの上部を指で挟んでいく。

3度繰り返すと、ソーヤはニヤッと口角を上げ、迷いのない動きで1枚に手をかけた。


と、その時。


寺院を衝撃と轟音が襲った。



「・・・いったた」


李空は尻を摩りながら呟いた。

周りには平吉に架純にセイにマテナ。他の調査班の姿もあった。


大地の回転に合わせて参ノ国を後にした一行であったが、出発地点が高所であった為、回転の後、真っ逆さまに落下したのだった。


「何してくれとんじゃあ!」


一行に向けて怒号が飛ぶ。そちらに視線を向ければ、各国の案内人達とよく似た顔の男の姿があった。ソーヤである。


物凄い剣幕だが、調査班の面々は何がどうなっているのか分からず、一様に困惑した表情を浮かべた。


「一攫千金のチャンスが水の泡じゃろうが!」


ソーヤは声を荒げて言った。

建物を壊してしまったことを怒っているのだろうか、と李空は推察したが、どうやらそういうわけではないらしい。


「その怒りはお門違いって奴だよ。君に天使はもういないんだから」


一人の男が言い放った。ソーヤとゲームをしていた男だ。


何を言ってるんだ、と自分の手札を見たソーヤは目を剥いた。

手にした2枚のカード。その中で、2匹の悪魔が笑っていたのだ。


「・・どういうことじゃ」


激昂から一転。声を潜めたソーヤが男に問う。


「どうもこうも、君が悪魔を引いてしまっただけの話だよ。それとも何かな、飼い慣らしたはずの天使が悪魔に化けて、驚きを隠せないといったところかな」

「・・・全てお見通しというわけじゃな」


いやらしい笑みを浮かべる男に、ソーヤは両手を挙げて応じた。


2枚の悪魔のカードがひらひらと舞った。



「一体どういうトリックじゃ?せめてもの情けに教えてくれ」

「種明かしは趣味じゃないんだけどね。まあいいよ」


男はピエロのように表情を変えながら話を始めた。


「君が用いた必勝法はマーキングだ。天使のカードに印をつけ、それを頼りに引くカードを選択していた。違うかい?」

「・・正解じゃ。弐ノ国名産の豆、ピンズを、視覚できない程細かくした粉を天使のカードに付けたんじゃ。粉は見えない上に匂いもない。普通の人間であれば、付着していることにはまず気づかんじゃろう。そこで活躍するのが俺の才。触覚を超人化した能力じゃ」

「なるほどねえ。その才があって初めて認識できるわけだ。それにしても、ピンズをそんなふうに使うとは驚きだね。自分で作ったのかい?」

「いや、ハツに貰った」

「ふっ。アイツも暇人だねえ」


男はどこか嬉しそうだ。

対照的に、ソーヤの表情は段々とイラついているように見えた。


「こっちの種明かしは終わった。早くそっちのトリックを教えてくれんか」

「良いけど面白くないと思うよ。手品は不思議を楽しむものだ」


男は話したくなさそうだったが、ソーヤの真っ直ぐな視線に参ったのか、肩をすくめ、口を開いた。


「さっきのターン。僕の手札には使が居たのさ」


男の話は以下の通りであった。


ソーヤが何らかの理由で天使の位置を補足していることを悟った男は、細工を仕掛けた。その細工とは、使ことだった。


ソーヤが指先で天使を探知していることはわかっていた。その仕掛けがカードの表側にあることも大方予測がついた。それは、カードの上部を指で摘むソーヤが見せる些細な違和感から、男が導き出した一つの解であった。


そこで、男は一枚の悪魔のカードに天使のカードを一枚重ねた。

仕掛けが天使のカードの表側という予想が正しければ、ソーヤはこれを天使のカードと認識するはずだ。


ただし、これをすると見かけ上の男の手札は2枚になってしまう。

そこで自前の天使のカードを1枚、手札に滑り込ませた。男は『天使と悪魔』を日頃から好んでプレイしており、自前のカードを携帯しているのだ。


と、これにより、男の手札は3種類の天使となった。

借り物の天使、マーキングされた天使、マーキングされつつも内に悪魔を飼った天使、の3種だ。


ソーヤの視点ではマーキング済みの二つの天使のどちらを引くかの2択であったわけだが、運悪く「内に悪魔を飼った天使」の方を引いてしまったわけだ。


天使と悪魔が2枚重なった手札を引くソーヤに違和感を与えなかったのは、男の技量だ。男は手先が器用であった。


「するとなんじゃ。手札を勝手に増やしたわけか」

「おっと。責められる筋合いはないよ。なんせ増やしたカードは天使。天使を引く確率は増えたんだからね。それに邪魔が入った。今回の賭けは、特別になかったことにしてあげるよ」


話は済んだと、男は腰を上げた。


「天使に唾をつけるなんて悪趣味なことをするからバチが当たったんだ。天使は愛する者にだけ微笑むものさ」


男は天使のカードに接吻すると、そのまま放った。


ひらひらと舞うカードを背に、男は寺院を後にした。




「・・・何だったんだ」


調査班の面々は、一様に呆けた顔をしていた。


落下した先で案内人達と同じ顔の男に怒鳴られたかと思えば、もう一人の男が知らないゲームの解説を始めたのだから当然だ。

おそらくは弐ノ国担当の案内人だろう男が罠に嵌められたことと、ゲームの結果が無効になったことだけは辛うじて分かった。


それ以外の事は全くだ。


「声を荒げてすまんかったの。兄ちゃん達大丈夫か?」


ソーヤは落ち着いた口調で言った。

完全な敗北が、沸騰した彼の頭を冷やしたようだ。


李空達は事情を説明した。

案の定、彼が案内人の一人であることを知った一行は、弐ノ国代表の居場所を尋ねた。ここが弐ノ国であることも確認済みだ。


ソーヤの回答は「詳しくは知らない」だった。

何でも彼はこの国に来るなり博打にハマり、連日寺院に通い詰めていて、ここ最近は弐ノ国代表の面々と顔を合わせていないらしい。


「李空、アレ見てみ」


と、ここまで話を聞いたところで、平吉が何かに気づいたらしく声をかけてきた。

李空が目を向けると、そこには石版があった。間違いない、調査班が探し回っている例の石板である。


これまで様々な苦労をして捜索してきた石板が、こんなにも簡単に見つかってしまうのは少々味気ないものがあったが、見つかるに越した事はない。

李空は例の準備をし、石板に近づいた。


「七菜。また頼めるか」

「もう見つかったのですか!任せてください」


こんなにも早く見つかるとは思っていなかったのだろう。携帯電話越しに七菜の驚いた声が聞こえてくる。


程なくして翻訳結果が届いた。


「『主ハ脳。拾弐ノ手足ト共ニ世界ヲ再構築スル』とのことです」




「・・やはりそうか」


イチノクニ学院隠し書庫にて、六下は一冊の本を手にした状態で呟いた。

本のタイトルは『リ・エンジニアリング』となっている。


書庫の隅では七菜が李空と電話と繋ぎ、その横では翼が聞き耳を立てていた。


「堀川。すまんがちょっと出してくれ」


六下は、何やら慌てた様子で美波に声をかけた。


「またですか。良いですけど、次は何処です?」

「『央』だ」


六下に言われるがまま、美波は『ウォードライビング』を発動した。

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