第5話 DICE


───「央」跡地。


六国同盟『サイコロ』の本拠地である天幕の直ぐ側に、光の球体が発生した。


「よう。お迎えご苦労さん」


球体から姿を見せた六下は、出迎えた女性に向けて手を挙げた。


「ご苦労さん、じゃないわよ。無駄話はいいからさっさと説明しなさい。何か分かったんでしょ」


その女性。三上は目を吊り上げて言った。その奥にはキャスタの姿もある。


「そうですよ。ちゃんと説明してください」


球体を閉じた美波が言う。彼女もまた、六下から何も聞かされていないのだ。

貴方も苦労してるのね、と六下に振り回され慣れている三上は同情の念を抱いた。


「まあ、そう慌てるな。話はメンツが揃ってからだ」


そう六下が口にした時、一行の周辺が急激に暗くなった。

その現象に空を見上げれば、そこには六匹の竜が浮いていた。


その竜たちは段々と高度を下げ、六下らを囲むように着地した。


「何事です!?」


巻き起こる風と音に、天幕から一人の青年が顔を出した。零ノ国案内人壱ノ国代表担当、コーヤである。

彼はまず竜に驚き、次いでその背に乗っていた者達の姿に驚いた。


「みんな!久しぶり!」


ブンブンと手を振るコーヤ。竜の背上には、各国担当の案内人達の姿があったのだ。


「久しぶり、だね。みんな元気そうで何より」

「ちっ。聖堂でゆっくり休んでたってのに」

「私はタイミングが良かった。皆さんに紅茶を振る舞った後でしたから」

「僕も!迎えが丁度「ラ」に居る時で良かった!」

「俺もじゃ。博打の後で良かったわ。勝ちゲームなら尚のこと良かったんじゃがの」


案内人達は口々に言い、竜の背から降りた。


「言われた通り集めてきたぞ」


竜の背上からそんなふうに呼びかけるのは、陸ノ国代表ゴーラである。

六匹の竜には、陸ノ国代表の面々がそれぞれ乗っていた。彼らは各国を巡り、案内人達をここまで運んできたのだ。


「どうやら新しい局面を迎えたようだな」

「なんだ?随分と入れ替わりがあったようだな」

「コロコロと代表が変わって悪いな。今回は俺だ」


運んできたのは案内人達だけではなかった。

ワン、ヴァーン、ポセイドゥン。三人の代表も一緒だ。


これで、各国の代表と案内人が揃った事になる。

壱ノ国からは六下と三上、それから美波が代表というわけだ。


「揃ったな。それじゃあ始めようか」


六下は面々を見回して言った。


「大陸、いや人類防衛作戦。『リバース・エンジニアリング』の準備を」




───場所は戻って弐ノ国。


街の外れにある寺院には、調査班の他に弐ノ国代表の姿もあった。何でも騒ぎを嗅ぎつけてやってきた、という話であった。


場を賑やかしていた博徒達は、散り散りになっていた。天井に穴が空いたのだから当然といえば当然だ。


「ついさっきまでここでスートがゲームをしていたそうだな」

「神を愚弄するような、あの人のゲームスタイルはあまり好みではありません」

「同感です。あの変態は紳士とは真逆に位置しますからね」

「僕はスートのことあまり知らないんだよね。それより、久しぶりだね。お姉さん達」


集まった弐ノ国代表は、ソー、ハク、ハツ、チュンの四人だ。

ここまで来る過程で、ワンとソーヤは竜に拾われて離脱したそうだ。


そのあたりの話については、六下から報告を受けている。

つい先ほど、平吉は六下と連絡を取り合っていた。


「あの男が弐ノ国代表、本当の将やったとはな。言われてみれば、見かけた記憶がうっすらあるわ」


記憶を辿るように平吉が言う。


弐ノ国代表達の話によれば、先ほど寺院にてソーヤとゲームに興じていた色白の男、名をスートこそが、弐ノ国代表の将だというのだ。

ワンは弐ノ国代表将代理。が、どうやら人望はワンの方に軍配が上がるようだ。代表たちの口からはスートのマイナスの印象ばかりが出てくる。


中でも、紳士でお馴染みのハツは、スートに対する不満をたくさん抱えているようだ。


「あの男には責任感という概念がまるでない。力はあっても、将の器ではないです」

「そんな言い方はないじゃないか。よ」


その声に、ハツが振り返り、一行の視線が集まる。

そこには例の男、スートが、いやらしい笑みを浮かべて立っていた。


「まあ、そう構えないでよ。僕はマイエンジェルを取り戻しに来ただけだからさ」


スートは嘲るように一行の目の前を進むと、カードを拾い上げた。

それは天使のカードだった。どうやら、先ほどのゲームでトリックに使用した、自前のカードを回収に来ただけのようだ。


「あ、そうだ」


スートはそのまま立ち去ろうとしたが、何かを思い出したように立ち止まり、ハツに顔を向けた。


「ハツ。どうやら面白いモノを発明したそうじゃないか。ほら、ピンズの奴。アレ、僕にも頂戴よ」

「・・生憎、今は持ち合わせてない」

「ふーん。それじゃあ、コレはハツのじゃないんだ」


スートの手には、いつの間にか小瓶が握られていた。

一見、中には何も入っていないように見える。


ハツはその小瓶がスートの手中にあることに驚くと、自身のズボンのポケットを弄り、「ない・・」と呟いた。


「変わってないね。嘘をつく時にメガネを押し上げる癖も、大事なモノは全部右のポケットに仕舞う癖も。全部昔のままだ」


小瓶を手中で弄びながら、スートが言う。


「詰めが甘いんだよ、ゲームも闘いも。だから二撃目を当てきれない。まあ、僕にはもう関係のないことだけどね」


「ハツのじゃないなら貰っていっても問題ないよね」と、最後に意地の悪い笑みを浮かべて、今度こそ立ち去ろうとするスート。


「ちょっと待った」


その背中を、二人のやりとりを見ていた平吉が呼び止めた。


「お前強いんやろ。力、貸してくれへんか」

「・・・ふーん。君、強いね」


振り返ったスートは、平吉の全身を値踏みするように睨めつけると、ニヤリと口角を上げた。


「でも闘いは辞めたんだ。快楽を感じなくなったから。ごめんね」


スートはペロッと舌を出すと、軽やかな足取りで寺院を後にした。




「それじゃあ、宜しく頼むぞ」


集まった各国代表に何やら手渡して回った六下は、最後に頭を下げた。


「それじゃあ、堀川。もう一度頼む」

「ちょっと待て」


用は済んだと、自国に帰ろうとする六下を呼び止める声。

振り返った先に佇むキャスタの手中には、透明な液体が入ったポーションのようなモノがあった。


「入場チケットだ。ありがたく受け取りな」

「おっと」


こちらに向けてキャスタが放ったポーションを、六下が慌ててキャッチする。


「入場チケット・・ふっ、そういうことか」


真意に気づいたらしい六下がニヤリと笑う。

キャスタはポケットからもう一つポーションを取り出すと、三上にも手渡した。


「効果は一度きりだ。いざという時に飲むんだな」

「わかった。感謝する」


六下と三上は礼を述べると、美波の『ウォードライビング』でその場を後にした。



六下の口によって説明が為された人類防衛作戦。『リバース・エンジニアリング』の内容に沿って、動き始めた各国代表。


「ところで絶対王者の容体はどうなんだ。肆ノ国代表」


ポセイドゥンに向け、そんな質問を投げかけたのは、弐ノ国代表ワンだ。


「聞いた話では、ようやく目を覚ましたそうじゃないか」

「なんだ、そうなのか」 


隣で話を聞いていたヴァーンが口を挟む。

二人してポセイドゥンの顔を見つめると、彼は苦い表情を浮かべた。


「ああ。それなんだが・・」




「セウズ様。これはどうですか」


ユノはセウズの目の前に一冊の本を差し出した。

古びれた表紙のその本は、以前セウズが読んでいた本だ。


読んでいた、と言っても全てを知るセウズが頁をめくることはなかった。

物語の結末を知っているのだがら当然といえば当然だ。


「・・いや、知らないな」


セウズは弱々しい声で言った。

知らない、全知全能の男が口にするはずのない言葉だ。


肆ノ国『知の王』を名乗るエイプリル=アリエスの手によって、昏睡状態に陥っていたセウズ。その後、意識を回復するも、彼は記憶を失っていた。

所謂、記憶喪失。いや、彼の場合は元が「全知」であり、失われたのは記憶だけではない。詰まるところ、『全知全能』の「全知」、才の半分が奪われたのだ。


『全知全能』の「全能」は無事と思われた。

それは、ここ数日ユノ主導で行ってきた、様々な検証の成果であった。


無事といっても、その威力や精度は著しく落ちていた。

というのも、才の精度は精神状態と強くリンクしている。「全知」を失い精神が不安定な今、「全能」で引き出す能力には大きなムラがあった。

暴走気味になることも少なくなく、その度にユノが鎮圧していた。


「そうですか・・」


ユノはため息を溢しながら、本を仕舞った。


相手の才の一部を奪う。果たしてそのようなことが可能なのか。仮にありえたとして回復する術はあるのか。今は何も見えない暗闇の状態だ。


「・・・あ」


と、その時。

セウズが身につける、一枚の白い布を器用に巻いたような服から、一枚の写真がひらりと落ちた。


ユノはその写真を知っていた。

セウズが直々に闘いに出る日に限って、朝早くに眺めている写真だ。


「落としましたよ」


写真を拾い、手渡すユノ。

セウズはそれを受け取り、視線を落とすと、動きをピタリと止めた。


「うっ・・・・」

「セウズ様!?」


何やら苦しみ始めたセウズ。


写真には、こちらに視線を寄越す仏頂面の男性と、その息子と思われる子どもがとびきりの笑顔を浮かべている姿が写っていた。




───零ノ国、跡地。


央跡地の地下では、ミト、オクター、墨桜次郎、墨桜住子の四人が、地上に戻る術を探していた。


「もう疲れたでごわす。少し休むでごわすよ」

「何言ってるんです。例の揺れの間隔が段々と早くなってる。きっと地上で何かが始まってるんですよ。分かったらさっさと歩いてください」


ハキハキと喋るミトに、オクターは渋々付き従った。


「・・ん?あそこ誰か居るな」

「本当ですね」


一所に目を向け、次郎と住子が言う。

そこには、一人の男の姿があった。各国担当の案内人の顔を混ぜ合わせて一つにしたような顔の男である。


彼らは知る由もないが、この男は案内人達の長男に当たる男であった。

20歳を迎えた事で引退したが、元は零ノ国案内人の役を務めており、壱ノ国を担当していた。


今更言及することでもないかもしれないが、案内人達は皆兄弟である。


「あっ。もしかして、色々調査してる人達って君達?」


案内人長男。オーヤは、主にミトに視線を合わせて声を上げた。

最年長とあって、他の案内人より大人びた印象を受ける。


「そうですけど───」


話を聞くと、彼もまた地上に戻る術を探していたそうだ。

その途中で貴族達から彼女達の話を聞きつけ、探していたらしい。


「同行しても良いだろうか」

「ええ。勿論です」


こうして5人に増えた一行であるが、地下での探索は突如終わりを迎えることになる。


「あれ?今、揺れたよう・・な・・・・」


口を開いたミトの言葉が途切れた。


小さな揺れを感じたが最後。


一行の意識は段々と薄れていった。




───再構築かその逆か。未来が決まる運命の日。


その一日は、昇る朝日と小さな揺れから始まった。


「来たな」 


双眼鏡を覗き込む六下が小さく呟く。


その先。六国同盟『サイコロ』の本拠地である天幕が設置されていた場所。すなわち央の跡地には、が出現していた。


その正体は獣。この六体の獣こそ、最悪の災厄と恐れられる『陸獣』であった。

じゅるじゅると涎を垂らす陸獣の一体は、ゆったりとした所作で体を振り、絡みついていた鎖を粉砕した。その拍子に、『サイコロ』の本拠地であった天幕が、紙切れのように軽く宙を舞った。



さて、そんな地獄の始まりのような光景を眺めるのは、歴戦の猛者、六国同盟『サイコロ』のメンバーである。


彼らは央跡地を囲むように陣取っていた。距離はそこそこ離れており、以前「央」を囲むように存在していた巨大な城壁をなぞるような位置取りだ。

それぞれ自国を背にし、陸獣を迎え撃つ構えを取っている。


「いよいよやな」


壱ノ国を背にするのは、軒坂平吉を筆頭とする壱ノ国代表。

各国を回っていた調査班も、皆それぞれ配置についており、準備は万全だ。


「人類の生き残りを賭けたゲーム。必ず勝つぞ」と、ワン。

「人間様が築き上げてきた文化。簡単に踏みつぶせると思うなよ」と、ヴァーン。

「セウズが出るまでもない。俺たちで片をつける」と、ポセイドゥン。

「今日で全てを精算する」と、バッカーサ。

「獣との闘いは慣れている。倒すぞ」と、ゴーラ。


弐ノ国、参ノ国、肆ノ国、伍ノ国、陸ノ国。

それぞれの代表達も意気込みは十分だ。


「「「グオオオオオオォォォォォォ」」」


終末を想起させる雄叫びと共に、陸獣はのっそりと行進を始めた。




───未知の領域。『ヌルポイント』。


「さあ、止められるものなら止めてみなさい」


壱ノ国『知の王』を名乗る片眼鏡の男。ジャヌアリ=カプリコーンが呟く。


「いよいよ始まりましたね。ところで、はもう済んだのですか?」


横に並ぶもう一人の男。逆の目に片眼鏡をかけたアリエスが問いかける。


「ええ。たった今、終えたところです。出番があるかは不明ですけどね。真まで辿り着くかどうか・・」

「私としてはどちらでも構いませんけどね。辿り着けなかったのなら、所詮それまでの種族だったというだけのことです」

「同感です。所詮我々は。神の命に従うのみです」


暗がりに二種の片眼鏡が不気味に光った。


「「全てはNの望みのままに・・」」




───イチノクニ学院。『アンダーフローホール』。


「有難うございました」


剛堂は三人の仙人に深々と頭を下げていた。

そこは大穴の上。剛堂は、たった今繰り上がり解除の儀式を終えたのだ。


剛堂は、己の身体の内から、膨大なエネルギーが湧き出るのを感じていた。

どうやら、儀式は成功したようだ。


「我々の分まで頼んだぞ」


陸仙人が激励し、海仙人、空仙人が両肩に手を置く。

剛堂は深く頷くと、背中を向け、確かな足取りで歩き出した。


が、その途中。剛堂の姿はふっと消えた。

足を早めたとか、何かの影に隠れたとか、そういうわけではない。


神隠しにあったかのように、剛堂は忽然と姿を消したのだ。


「「「・・・消えた?」」」


三仙人は揃って顔を見合わせた。



「六下先生大変です!平吉さんが消えました!」

「なに!?」


壱ノ国を背に、双眼鏡で『陸獣』の動向を観察していた六下が、珍しく素っ頓狂な声を上げた。

振り返ると、サイストラグル部部長の滝壺が、顔に焦燥の色を浮かべていた。


サイストラグル部の部員もまた、対『陸獣』の為に待ち構えているのだ。


「李空もです!目の前で突然消えたっす!」


太一が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「架純ちゃんとみちるくんも消えました!どうなってるんでしょうか」


美波まで似たようなことを言い出した。確かに名前が挙がった人物達の姿は見えない。


「一体どうなってるのよ!」

「・・・・・・」


責めるような口調で言う三上に、六下は何やら考え込む素振りを見せた。



六国それぞれに向かって行進を始めた六体の獣。『陸獣』。

その始点となる位置。『サイコロ』の天幕があった場所には、巨大な檻が出現していた。


また、収容する者達を監視するかのように、檻を挟むようにして二つの像が向かい合っていた。

零ノ国に存在していた『偽ノ王像』である。


「・・な、なんだコレは!?」


檻の中に居る者達は、央に住んでいた貴族達であった。

彼らは気を失っていたようだが、一人また一人と意識を取り戻し、目前の光景に怯えていた。


「・・・ここは、地上?」

「気がついたか」


その中には、ミト一行の姿もあった。

目を覚ましたミトに、オーヤが声をかける。


「どうやら、一難去ってまた一難。地上には出れたが、今度は檻の中らしい」


オーヤはやれやれと首を振りながら言った。

その横で、オクターは現実逃避をするように耳を塞いでいる。


「住子。私は遂に可笑しくなったのかな」


そんな中、同じく檻の中の次郎が、妻である住子に向けて口を開いた。


「どうしたんです?」


住子が聞き返す。


「こんな状況なのに、あの子達なら何とかしてくれるような気がするんだ。大人としては情けない話だけどね」


次郎の言葉に、住子は微笑を湛えた。


「そうですね。私もそう思います」




(ここは・・・?)


気づくと、李空は別の場所に居た。

つい先ほどまで、壱ノ国代表として『陸獣』を迎え撃つ準備をしていたはずだが、気づくと知らない場所に来ていた。


李空は円卓の一席に座っていた。

薄暗い空間であるが、円卓の中央に煌る灯のおかげで辺りがうっすらと見える


(・・平吉さん!みんな!)


生命を具現化しているかのような、安らぎと不安を同時に覚える不思議な灯が照らす人影は、見覚えのある顔ばかりだった。


平吉、架純、みちる、セイ、マテナ。認識できる席に座る人物達は、一様に戸惑いの表情を浮かべていた。

しかし、感情が共有されることはない。発声しようとしても、何故か声にならないのだ。


「久しぶりだな。皆」


と、そこに一人の男が姿を見せた。

その人物の登場に、李空らは目を剥いた。


(京夜!!)


何を隠そう、その人物は墨桜京夜その人であったのだ。

京夜の声は聞こえるが、李空の声は届かない。京夜のポーカーフェイスからは、感情も読み取れそうになかった。


「ここに集められたのは選抜された者達だ。これより『リ・エンジニアリング』の説明を始める。まずはこれを見てくれ」


京夜はあくまで淡々と言葉を紡ぎ始めた。

十二の席の空間上に、それぞれ同様の映像が映し出される。それは『陸獣』が行進を始めた、現在の央跡地の映像だった。


「大地が回転したことで『陸獣』の鎖は解かれた。『陸獣』は眼の数がバラバラで、それぞれその特徴に合わせた名が与えられている。奴らは大陸の中央から端に行進し、それから踵を返す。往路で大陸を更地にし、復路で人を食い尽くす。行進が終わった時、それが人類滅亡の時だ」


京夜は最悪の未来を宣告した。

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