第6話

大学を卒業した俺は一流企業に勤めるようになる。待遇もいいし、給料もいい。期待の新人として会社で重宝されるようになった。大学を卒業してから彼女や後輩がどうなったかは知らない。もし今会ったら、彼らに胸を張って自慢げに俺の会社の良さを語るだろう。女社員にもモテるようになって、俺はスターになった気分だ。ざまあみろと思った。

しかし最近、後輩の言葉が頭を過ぎるようになっている。怖いわけではない。ただ、疑念が晴れないだけなんだ。

会社が入って数ヶ月が経った。最近全てがつまらなく感じてきた。全部単純な作業で、ありきたりなゲームに過ぎないんだ。

そうだ、きっとこの会社が俺に合わないんだ。というかもう自分で会社作ってしまえばいいじゃないか。何人か引き抜いてその人たちと会社を作ろう。それなら絶対におもろしろいはずだ。俺はそう思い色んな人に声をかけて、説得してこちらに来てもらえるようにしてもらった。本来ならあり得ないが、俺のカリスマに惹かれたようでどんどん人は集まっていく。女なんて簡単に尻尾を振るんだ。そのように会社を作って、最終的には前の会社と同じくらいの一流企業に成長したのだ。

俺は社長室で座り心地の良い腰掛けに座り寛いでいた。ああ、ここの席はとても心地がいいはずだ。腰掛けはふわふわだし、社長の椅子というだけで格がある。秘書もいるから最高の環境だ。

それなのに何故か不満が募る。最初は楽しかったけど途中で飽きてきてしまった。ことがうまく行き過ぎてつまらなすぎる。巷では起業家として一躍有名になっていた。そうしてくると記者が俺の記事を書くためにやってくるのだ。俺はそれに対して快く受け入れた。元から断る理由はない。

「今まで苦労した経験はありますか?」


「特にないね」


「本当ですか? すごいですね!」


記者はすごいと感嘆したが、それとは裏腹に俺の心の中は焦っていた。今まで苦労した経験がないなんてあり得ないはずだ。それなのに何ひとつ思いつかない。そうして、質問に答えていくうちに俺には達成感という奴が全くないことに気づいた。自分で手に入れてないそれで何をしても満たされない。

そう思っていると、自分を見てくる社員は羨望の眼差しが俺に対して向けられているのではなく、違う何かに向けられているようだった。秘書の見る目線でさえ、嘘っぽく感じた。「素晴らしい」「すごい」とかはもう聞き飽きた。彼らは皆、俺を見ていない。別の誰かを見ているんだ。それを考えると俺は自分って何なのだろうと考えるようになっていた。

結果も実績もある。でも空っぽなのだ。

これは別に俺でなくても他の誰かで出来るのではないか。

例えば俺と同じようにあの美容院で性格を変えてもらい、躍進したとすればその人だって俺と同じことが出来るはずだ。

俺は俺である必要はない。俺は俺を失った人形と言ってもいい。


それってつまり空っぽってことですよ。


今になってようやく後輩の言葉の意味が理解できた。俺には何もない。自分を捨てたものに充実した生活など無理に決まってる。

そうだ、取り戻そう。

俺はすぐさまあの美容院へと向かった。


「元に戻してほしい?」


「ええ、可能でしょうか?」


「はい、可能ですが、本当によろしいのでしょうか?」


「構いませんよ。もう一度やり直そうと思っているのです。」


「そうですか。構いませんけど」


「?」


「戻ってもあなたは嫌いな自分に元に戻るだけですよ」


「いや、いいんだ。これでいいんだ。そこから自分を徐々に変えていくようにするよ」


「…わかりました。値段は高くつきますが、構いませんね」


「ああ、勿論だとも」


俺はそう言って目を瞑った。

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