第5話
それからというもの、俺は劇的に変わった。特に物怖じすることがなくなり、迷うことがなくなった。友達に一緒に課題をしようと積極的に誘えるようになったし、講義の発表の回数も増えた。
「髪の毛切った?」とか「すっきりしたね、格好いいよ」の他に、「明るくなったね」とか「何か前と違ってエネルギーを感じたよ」とか言われるようになって俺はつい嬉しくなってしまった。
それに一番嬉しかったのは自分の好きな人に声をかけられたことだ。たまたま、俺たち二人だけが食堂にいたときがあり、俺は気づいてすぐに話しかけて楽しく会話をした。もしかしたら、引かれるかもしれないと危惧したが相手は快く相槌を打ってくれたので、楽しくなってLINEまで交換したんだ。こんなことができるなんてあの美容院様々だよ。
でも、一抹の不満が残った。主体的になって自分からああだこうだ言えるようになったのはいいけど、その分だけ失敗をすることが多くなってしまった。言うだけ言ってそれに責任を持たないなんてザラにある。また、我慢強さがないから長続きしない。挑戦しようする意気込みはいいけど、すぐに飽きてしまう。
そのようにして、俺は
そうだ! せっかくならもっと自分の性格をアレンジしよう!
と考えていくようになる。より『我慢強く』なって、『責任感』も持てるようにして、あとせっかくだから『コミュ力』も増やそう。それに空気を読めないことで白い目で見られたこともあるから『空気が読める』ようにしよう。
俺は足繁くその美容院に通うようになった。店員さんに「こんにちは」と言って挨拶をして、貴重品を預けて、アンケートを書き、髪を洗い、打ち合わせをして、目を瞑る。目を瞑ったあと目を覚まして起き上がり貴重品をもらい会計して店を出る。そんなことを二、三回くらいやった。そうして、見事に母親に小言頂戴されたが、俺は軽薄に笑いながら「母さん、俺もう大学生なんだから、そんなあれこれ言わないでよ。それに、ほら。俺、結構男前になったしょ?」
母さんはムスッとした顔して「まぁね」と渋々、了承しているようだった。
やったー。母さんを説得できた。今までなら小言をうんざりしながら聞いていたのに。
これも俺にとって美容院に行って嬉しかったことの一つだ。母親に言い負かされなくなったのだ。
いやあ、いいねいいね!いいね!!いいね!!!
楽しくなってきたよぉ!!!!
今の俺なら何でも出来る。大企業にも勤められるだろうし、小説家になる夢だってきっと叶うはず。
いや、そんな陳腐なものなんてならなくても俳優だとか医者とかひいては総理大臣だってイケるんじゃ・・・。
まあ、でもなる気ないけどね。俺の夢はそれじゃないもん。
そうだ。そんなことはどうでもいい。
あの子だ。あの子に告白しよう。最近、よく話すようになって、趣味も合うことがわかったんだ。きっと彼女なら受け入れてくれてるはずだ。
そうして、俺は彼女に告白をした。すると彼女は
「あのう…誰ですか?」
という返事が返ってきた。俺は咄嗟に
「いや、俺だよ!俺」
と返す。
「ああ、〇〇くん。随分と変わったね…」
俺はあまり気にしなかったが、彼女はまるで俺のことを物の怪みたいに見ていたような気がする。それでも俺は
「そうだな。俺、ものすごく変わったと思うんだ。だから俺と付き合わないか」
そうして、彼女は少し考えたあと、
「お断りします」
と丁重に断られた。俺は彼女が何を言っているのか分からなかった。そんなはずはないと思った。そこから彼女に渾身を込めた精一杯の説得をした。
けれども、彼女は
「しつこいよ」
と素気無くいうのだ。
それもまたかわ…じゃなかった。
その後も、必死の説得をしたが結局ダメだった。
その日は俺でも少し落ち込んだ。でもよおく考えてみれば、あんな女にうつつを抜かしてた俺は馬鹿だと思うようになっていた。きっと俺が有名人や実力者になれば必然的に男は寄ってくるはず。
だから、俺は気にしないことにした。
そして、またある日のことだ。
部活の後輩が髪を切りたいと言っていたので、あの美容院を勧めたら彼はキッパリと断った。
「なぜだ? 勿体無い。君だって自分のことはあまり好きではないと言ってたじゃないか」
「そうですね」
「だろう? だったら」
「でもね、先輩、それってつまり空っぽってことですよ。」
「は?」
「先輩は何も手にしていないわけじゃないですか。他人から譲り受けたもので私はどうにも満足できるとは思えない。いや、いつか破綻する時が来るはずだ。まるで自分が自分じゃないみたいな。だから、私はその美容院は行きませんよ。それに美容院って柄じゃないんですよ。」
「ふん、あーあ、勿体無い」
と言って俺はそのあと上から目線の小言と、いかにあの美容院が素晴らしいかを語ってやった。彼はムスッとした顔していたが、俺の語りに反抗することはなかった。
それが彼が我慢強い性格だからか、それか単に反抗できない性格なのかは知らないが、俺は言い知れない優越感を感じ、彼を憐んでいた。
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