第2話


とは言ったものの、まずどこで切ろうかを決めていなかった。散髪屋か美容院かも決めていないノープランである。

俺の友人Sがとある美容院を薦めてきた。


「あそこの美容院、いいんだよね。」


彼が言うには自らの要望を全て受け入れてくれるのはもちろんのこと。その美容院はその個々人の髪質に対してどのような髪型にすればいいかを決めてくるようだ。指名したい店員さんがいるなら、指名することができるらしい。あとシャワーが気持ちいいとか、その店員が話しやすいetcとか語ってくれた。


「あとあそこはね。髪型だけじゃないんだ。人格も変えてくれるんだよ」


「へ? 今なんて?」


俺はつい驚いて聞き返してしまった。


「人格だよ。性格とも言うね。とにかく自分がなりたい自分になれるんだよ。」


聞き返したが、冗談でもファンタジーでもないらしい。


「おいおい、冗談だろ?」


「冗談じゃないさ、僕もその一人だろ?」


「いやいや、そんな・・・あ」


「ね?心当たりがあるよね?」


「お前が急に論文を発表したいとか言い出したり、先生の指摘に対して堂々と返答が出来てたのって・・・」


「そうだよ。僕はこの美容院のおかげで生まれ変わることが出来たんだ。」


「裏とか無いのかよ」


「いや、無いね。倍の料金を支払わされたぐらいでそれ以外何も。それに性格を変えてもらうだけだから、これぐらいの値段ならむしろ安いくらいだよ」


「やっぱり金かよ。まあ、俺はやらないことにするわ」


ただでさえカットだけでも3000円取られるのだ。その倍近く取られるなんてもって他である。


「まあ、それもいいんじゃないかな?それは個人の自由だよ。でもさ、君さ、この前自分のこと嫌いって言ってなかったか?」


「そ、それは…」


確かにこの前、俺はそんな馬鹿みたいなことをこの友人に自慢げに言った記憶がある。

そうだとも、俺はこの情けない性格が大嫌いだ。優柔不断で、責任感もない。俺にリーダーを任された時に俺が適当な決断をしたせいで学校の催し物がぐちゃぐちゃになったこともある。我慢強さも無いから何かを成し遂げたことがなく、そのせいで自信がない。

こんな自分、変えられるなら変えたいさ。

でも、


「そういうのは自分でやるべきだろ?」


まず、自分でどこがだめで、どこがいけないのかを調査するんだ。次にそれを無くすために色々試す。試した後、失敗したらどうして失敗したのか考えて次に繋げる。

まさしく、トライアンドエラー。

これが正しい在り方なんだ。

でもあれじゃまるで薬を渡されるみたいだよ。

それを受け取ってもその仮初の力は絶対に自分の身を滅ぼすに決まっている。


「だから、俺はたぶんやんないよ」


「そっか、それは残念だ。それにしても、よくそんなイタイ台詞言えるよね」


「…俺も、ちょっと恥ずかしかった。」


俺たちはクスクスと笑いあった。

こうは言ったものの、俺はその美容院に行かないという選択肢をとらなかった。理由としてはやっぱり友人Sのその美容院の評判があまりにも良かったからだ。別に、その人格改変しなければいいだけだ。美容院まで変えるする必要はないだろう。

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